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4.6.12


 ティナの元へと駆け寄る。

 右腕は、肘から先が綺麗に斬り落とされていた。

 出血が酷いが、もしかしたら、見た目ほど痛くないかもしれない。


 意識が混濁ぎみのようだが、ティナは両目を開けて、オレの顔を見ていた。


「デバイスは左腕だよな?」


 ティナの左腕を掴む。

 手のひらをこじ開けて、その手でティナのほっぺを3回叩いた。


 ログインデバイスが出現した。


「よかったな、左腕にしといてよ」


「……」

「ん? なんだ?」


「触るな……ボケ」


「フッ……フフ、わかったよ。あとは自分でやれ。ほら文字見えるか?」


 ティナの腕を掴んだまま、ログインデバイスをティナの顔に向けた。

 ティナが画面に視線を落とし、親指の先を震わせながら、文字の上に運んでいく。


「ソウジ……」

「なんだよ」


「 .....Fuck you bitch...... 」


 ティナの顔が、笑っている。

 操作を終えたのか、中指を突き立てている。

 その体勢のまま、ティナの全身から力が抜けた。


「そりゃ、おまえのことだろが」



 ログアウトしたティナを地面に残し、オレは土手を駆けあがった。


 戦闘は、終わっていた。

 動くウィルコープスはもういない。


 周囲を見渡すと、弓兵だったプレイヤーがあちこちに転がっている。

 致命傷のまま、地力でログアウトしたプレイヤーもいるようだが、何人かは即死だったようだ。


「ソウジ、無事か」

 振り向くとリュウジ。その後ろにロン。

 ゲート周辺でも、戦闘があったようで、ふたりとも返り血で顔や衣服が汚れていた。


 戦闘に参加したのは14人。

 退場者が4人。

 負傷者のログアウトが3人。


 死傷したのは、塀の上にいた射手だけだった。

 前に出て武器を振り回した連中は全員無事。

 なんともいえない戦果だった。


 動ける人員で、後片付けを始めた。

 装備を剥ぎ取り、死体を積み上げていく。

 片付けが終わりかけた頃に、ウィリアムが現れた。


 惨状を見て、ウィリアムは頭を抱えた。

 ログアウトしたプレイヤーは、6時間後に復帰するからいい。

 しかし、オレが把握しているだけでも、この数日で戦闘員を5人失っている。


 状況は、オレでもわかる。

 一刻も早く、人員の補充が必要だ。



 戦闘後の後片付けが終わり、数人の見張りを残して解散した。

 ウィリアムから、当面、メモリアへは行かず、基地内で寝起きしろと言われた。


 オレは無視して、おやしろにもどって寝た。




 翌朝。


 ストームカレンダー30日目。 


 おやしろで目を覚まし酒場へ向かう。

 酒場の営業時間は昼からだ。

 今朝も、マスターに文句を言われながら、昨日の残りのパンとエールを出してもらった。

 そういや、この店の朝食で代金を払ったことがないかもしれない。

 今朝も「常連へのサービス」だと言われ、代金は渡していない。

 営業時間外の矜持かなにかだろうか。



 食事を済ませたあと、オレは、雑貨屋へ向かう。

 木をくりぬいた、小さな筒をふたつ買う。

 木筒の中は、樹脂でコーティングされていて、プラスチックの表面のようにツルツルとしている。


 木筒のひとつに獣脂を入れてもらい、もうひとつには油を入れてもらう。

 それを、腰のポーチにしまう。

 剣と鞘の整備道具だ。

 これからも、毎日続けていく。



 買い物を済ませてから、おやしろにもどり、前哨基地へと飛んだ。



 そろそろ、昼に近い時間だった。

 なにもすることがない。

 ベンチに座り、早速、サンダーソニアの手入れを始める。


 鞘から剣を抜き、まずは鞘の手入れ。

 それが済むと、油を含ませた布で、刀身を磨く。


 昨日は、何人斬ったんだっけ。

 最後のウィルコープスは、強かった。

 馬鹿正直な奴じゃなかったら、勝ち目はなかっただろうな。

 毎度のことだが、いつ死んでもおかしくない。

 この世界は、すぐそこに死が転がっている。

 次は、もう少し自重しよう。

 あぶないところに、首を突っ込むのをやめよう。


 ザッと足音が左側で止まった。


「おい、ソウジ」

「うん?」


 ちらっと顔を向けると、ティナが立っていた。

 右腕は元に戻っている。


「これ、アンタのだろ」


 ティナが右腕を出して、手を広げた。

 その上にあったのは、コユルギから貰ったブローチ。


「あれ……落としてたのか」

「塀の上におっこちてたんだよ。大事なもんだろ」


 ほんとだ。

 左胸にブローチがついてなかった。

 いつ落としたんだろうか。


「ほら」

「……」


 剣を鞘に戻し、ブローチを受け取る。

 左胸につけなおそうとしたが、そういや、ブローチの付け方がわからない。


「なんだよ……つけらんねーのか? ちょっと貸してみろ」


 ティナが腰を落として、オレの手からブローチを奪う。

 目線をオレの胸元まで落とし、両手でブローチを付け始めた。


 オレの胸元に、ティナの頭頂部。

 スコッチ樽のような油っぽい木の匂いと、汗の匂い。


「取れないように、ガチガチにつけてやった。ッハハハ」

「……ありがとう。ティナ」


「え……お、おぅ」


 最初に見たときは、顔中、煤と泥がこびりついていたが、今日はそうでもないみたいだ。

 ログアウトは便利だな。

 なんだか少し顔が赤いが、熱でもあるのか。


 ぼーっと、ティナの顔を眺めていたら、ティナの口が開いた。


「これでチャラだ。貸し借りはなし」


 ッフ……


「そうだな……貸し借りは無しだ」


 ティナが立ち去った。



 その後は、本当になにもすることがなかった。

 ベンチに寝そべり、ただ空を眺めていただけ。


 夕方になる前に森の方へ行き、枯れ木を拾って焚火の近くに積み上げた。

 

 そして、ストームカレンダー30日目の夜。

 約束の夜だ。


 少し早いかもしれないが、いいだろう。

 日没と同時に、おやしろに戻る。


 現実世界に戻るっていうのに、なんだか、休暇にいくような気分を感じていた。



 オレはベッドに横になり、ログアウトした。




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