4.6.6 - 菜の花の酒
サンダーソニアの白刃に、べっとりと血がこびりついている。
そのまま、鞘に納めたくない。
とりあえず、剣を振って、血を払い落とす。
オレも、啓介みたいに、懐に油紙でも入れておこうかな。
などと考えていると、ウィリアム達が、ゲートの前に集まっていた。
そこに転がっているのは、斧のウィルコープスと少年。
少年のログアウトは間に合わず、カウント24から退場した。
それからオレ達は、ウィルコープスの死体を1か所に集め、装備を剥いでから死体を燃やした。
布切れを持っていたウィルコープスがいたので、サンダーソニアの血を拭って、鞘に納めた。
戦利品の装備は回収して、基地内に運び入れる。
東ゲートの近くに、守備隊の詰所と呼ばれる小さなバラックが立っていた。
そこに、剣や斧が山積みにされていた。
守備隊に給料は出ないが、欲しいものがあったら、好きに持ち去っていいらしい。
「アンタ、なかなかやるじゃない」
顔を向けると、ティナだった。
「オレに構ってる暇あったら、おまえはもう少し練習しろよ」
「しょうがないでしょ、弓なんて使ったことないんだから」
「じゃあ、なにを使ってきたんだ」
「ライフルとかハンドガンよ。せめてグロックでもあれば。アンタなんか1秒で殺してやるわ」
「グロック? なんだそりゃ」
「知らないの? ああ、アンタも終戦期のヒト?」
「……」
「ちょっと待ちなよ」
オレは無視して、その場を立ち去った。
「あん? おめぇソウジか? なんだおめぇ、生きてたのか」
日本語だ。
久しぶりに聞いた。
顔を向けると、そこに立ってたのは、三十代の日本人の男。
肌は浅黒く、ボサボサの髪。
眉の上の分厚い皮膚。
左頬に目立つ切り傷があり、厳つい印象だが、穏やかな眼。
この男は……
「リュウジ……おまえこそ、生きてたのかよ」
「おぅ、なんだか、見ねぇうちに貫禄がついたか? あん? 少しは男になったみてぇだな」
リュウジ。
日本のヤクザ。
歳はたしか二十代後半。
腹にはサラシ。武器は匕首。
仮想世界だっつーのに、両肩に派手な入れ墨刺してウロつく男。
「おまえは。どこにいたんだ。しばらく基地にいなかったろ」
「おぅ、偵察兼狩りだ。見てみろ」
リュウジのうしろに、もうひとりの男。
オレと年齢は変わらなさそうだ。
日本人のようにも見えるが、違うかもしれない。
その男が、背中に抱えている薄茶色の毛皮の物体。
「シカか?」
「そうだ。うまそうだろ」
「いや……シカそのものを見ても、うまそうには見えないよ」
「ハッハハ、まぁいい。久しぶりにツラ合わせたんだ。一杯やろうぜ」
「まぁ……そうだな」
この基地に、ウィリアム以外の見知った顔がいた。
なんだか、少し、ほっとした。
それから、食糧庫と呼ばれる場所へ行きシカを降ろす。
リュウジに促されて近くのバラックへ。
そこが、リュウジの家らしい。
そういや、前にも1度見たな、この家。
「こいつは、俺の舎弟だ」
リュウジがそう紹介した男は、台湾人だった。
台湾語と英語。それと日本語も話すことができるようだ。
「ウッス。ロンです。アニキにはいつもお世話になってます」
「どうだ。ソウジも俺の舎弟にならねぇか?」
「お断りだ」
「ッハッハハハ」
リュウジがバラックから、木の筒を持ち出し、栓を抜いた。
ロンがコップを用意し、そこに黄色っぽい液体を注いでいく。
「これは……」
「まぁ飲んでみろ」
飲む……?
大丈夫だ。アンモニアの匂いではない。
たぶん酒だ。
突き刺さる唐辛子のような酒の匂い。
オレは、慎重にその液体に口をつけた。
「ッ……ブッハッ」
ぜんぶ吐き出した。
タバコとマスタードを泥水で溶かして酒で割ったら、こんな味になるかもしれない。
高校生の罰ゲームのような味だった。
「ガッハハハハ」
「なんだよこれ……」
「菜の花酒だ。慣れればうめぇぞ。原料はそこらへんに無限にある」
リュウジもその液体を舌に絡める。
顔を下に向けて、酒の辛みを楽しんでいるように見えなくもない。
「で、ソウジはココで何してんだ? 未希の嬢ちゃんはどうした? リュウタは? 元気か?」
質問が多い。
ひとつひとつ、かいつまんで説明した。
オレがここに住むことになったこと。
リュウタは、未希になついているし、かわいがっていること。
「そうか。そりゃよかった。で、ソウジが移住者第一号か。おまえもあいかわらず、流されっぱなしだなぁ」
……否定はしない。
流されて、巻き込まれっぱなしだ。
「守備隊になったんなら、俺と同僚だな。つっても、2、3日に1回くらい、はぐれたウィルコープスが迷い込んでくるだけで暇だけどよ」
「だから、肝心なときに不在の偵察と狩りか」
「ガッハハ、まぁそこでよ、この拠点、これから街になるんだろ? だから新しいシノギを考えたんだ。ソウジも一緒にやらねぇか?」
言いながら、リュウジがごそごそとポケットをまさぐる。
その手を広げると、3個の四角いものがのっていた。
その面には、炭でつけたような黒い点がポツポツと点けられている。
これは……
「サイコロ?」
「そうだ。賭場を開くんだ。
つっても、おれたちゃ魔法が使えねぇからな。
ジェノだかなんだかのこの世界のコインはうまく使えねぇ。
だから、カネじゃなくて、食糧を賭ける」
「……やだよ。だいたいオレは博打をしない」
「それでいいんだよソウジ。
シャブの売人がシャブ喰ってたら、仕事になんねぇだろ。
賭場の盆役も博打嫌いなほうが向いてんだよ」
「……」
「俺は胴元。ロンは壺振りだ」
「オレはなにをするんだ?」
「おまえは中盆。つっても性格的にそりゃムリか。オレと一緒に用心棒だな」
「用心棒って……」
「賭場ってのは、どうしても、暴れるやつが出てくるからな。
どうだ? やるか? 給料も出してやる。
つっても、支払うのは、豆とか野菜だけどな」
「……少し考えさせろ」
「おう。今日明日で始めるってわけでもねぇ。
どうせおめぇのことだ。暇で暇で、気が狂う前に俺んとこにくるだろうよ。
それまで、たっぷり暇を持て余せ」
リュウジらしい提案といてばそうだが、オレには興味のない話だった。
慣れれば美味いという、菜の花酒のコップに、また口を近づけた。
黄色い液体。
アンモニアの匂いはしてこない。
酒だ。
口に含んでみたが、オレはまた、ぜんぶ吐き出した。




