4.6.5 - 仕事
翌朝。
ストームカレンダー27日目。
焚火の横で目を開けた。
すぐ近くに、昨日設営したばかりの、簡易テントがある。
高さは1メートルもないので、生活できるようなテントではない。
しかし、寝るための風よけくらいにはなる。
夕べは、未希とストーム、それとソフィアがそのテントで一泊した。
今もテントの中で3人が寝ている。
おかげで、オレは野宿だった。
陽が昇りきる前に3人は起きた。
手早く装備を整えて、噴水広場へ帰還する集団に合流。
ストームが念を押した。
「ログアウトは30日の夜だよ。忘れないでね」
「ああ、わかったよ」
「おにいちゃん、風邪ひかないでね。お腹壊さないでね」
「……」
未希達が、噴水広場へと出発した。
一応、ゲートまで、見送りに出た。
ミラーと、ハートリーもそこに混ざっている。
30人以上いる。なんの心配もいらないだろう。
問題は、独り残されたオレだった。
やることが何もなかった。
仕方ないので、しばらくぼーっとしていた。
基地の人員は、オレを含めて二十人足らず。
また数百の大群に襲われたら、どうするつもりだろう。
まぁいいか。
オレはいつでもメモリアに逃げられる。
死にたい連中だけで、勝手に殺し合ってくれ。
ああ、そうか。
ここが全滅しても、移住者はメモリアに逃げて生き延びる。
戦闘が終わったころに戻ってくればいい。
オレはそういう役回りか。
なんだ、簡単じゃないか。
昼を過ぎた頃。
腹が減ったので酒場にでも行くか。
ベンチに腰を下ろし、デバイスを出そうとしたら、遠くから「おーい」とオンナの声が聞こえた。
見ると、そのオンナがこちらに駆けてくる。
歳は二十代前半。
背中に弓と矢筒を背負っている。
黒いタンクトップのようなシャツの上に、レザーの胸当てを身に着けていた。
浅黒い肌で、短いこげ茶色の髪はゴワゴワ。
整った顔立ちだが、頬やおでこに、煤やら泥がこびりついてる。
標準体型だが、筋肉質な腕。未希やストームとは大違いのゴツい女だ。
「アンタがソウジ?」
「……あ?」
「仕事だよ、ボサっとしてんなよ」
「……」
「ったく、こんな遠くまで走らせやがってよ」
「仕事ってなんだよ」
「アンタ、守備隊なんだろ? ウィルコープスが来てんだから早く来い」
「え?」
オレがいつ、どこの守備隊になったってんだよ……
立ち上がると、オンナは北東の方へと駆けていった。
しかたなく、オンナを追いかける。
オンナが走りながら、振り返らずに言った。
「アタシはティナ。よろしく」
「……ソウジだ」
「知ってるよ。今は走ってんだよ無駄に喋らせんな」
「……」
塀の上まで辿り着く。
オレ達以外にも、ふたりの弓兵が矢をつがえていた。
見下ろすと、20体くらいのウィルコープスが接近している。
距離はまだ、数百メートルある。
「アンタ、得物は?」
「剣だ」
「だったらゲート前に降りてろよ、ここにいてどうすんだよ」
「…………」
しかたなく、東のゲートに向かう。
「1匹も入れるんじゃないよ!」
なんなんだ、あのオンナは。
ゲート前にも、ふたりの剣士。
うち独りは、十代の少年だった。
弓が3人に、剣士が2人。
オレを入れて総勢6人で、3倍近い数のウィルコープスを撃退しろ?
ウソだろ。
見ると、少年の脚が、ぶるぶると震えている。
顔は青ざめているが、正気を保とうとしているのか、明後日の方角を睨みつけていた。
「出るぞ」
分厚い長剣を持った年配の男が言った。
ゲートを開けて、基地の外へ。
少年独りをゲートの前に残し、塀伝いにオッサンとふたりでウィルコープスが見える位置へと走った。
辿り着くと、ウィルコープスとの距離はそろそろ百メートルを切りそうだ。
矢はいつ発射されるんだ。
ストームなら、すでに3、4体は薙ぎ倒しているだろう。
ソフィアがいれば、半数の眼を潰して、転倒させているはずだ。
この状況を見る限り、もしかして?
ストームやソフィアって、プレイヤーと比較しても、ものすごく強いのかな。
距離が50歩を切ったあたりで、ようやく1射目の矢が飛んだ。
当たらねぇ……うそだろ。
当てたのはティナだけだった。命中したのは左の肩。
倒れない。
それどころか、応射の矢が飛来した。
ウィルコープスの前衛から、数十メートル離れた場所。
矢を放つウィルコープスは4体。
しかも、その矢が、塀の上の弓兵に命中。
腕や脚に刺さり、塀の上から見えなくなった。
残ったのはティナだけ。
おいおい……もうオレ達、3人しかいねぇぞ……
そのとき、塀の上から4人の男が飛び降りてきた。
塀の上にも、弓を持たずに矢だけもった女がひとり増えている。
魔法使いか。
飛び降りた男の独りは、ウィリアムだった。
他の3人も、みたことがある連中だ。
300体に襲われたとき、救護所の前で一緒に戦った男達だ。
ウィリアムが即座に指示を告げた。
「横に回って、弓のウィルコープスを叩く。おまえ達は左から回りこめ。ソウジは私と来い。残りはこの場所を保持」
「コォピィ」
コピー? なにを?
まぁいい。とにかくウィリアムについていく。
ウィリアムの参戦と指示で、反撃が始まった。
オレ達は、右側から回り込む。
近づく前に、1体がオレの方を向いて、矢を放った。
見える。
もう数年前のことのようにぼやけているが、その矢の軌道は、未希の父親の突きにくらべたら遥かに遅かった。
結局、あの突きを躱すことはできなかった。
あのときは、熟知したタイミングでカラダを捻っただけだ。
でも、いまオレに向かって飛んでくる矢。
よく見える。
コンマ数秒先の矢の未来までわかる。
だから、すこしカラダを傾けただけ。
ウィルコープスが4射目の体勢に入ったが、その前にオレが追いつき、右上からサンダーソニアを振り下ろした。
いつものことだが、斬った感触はない。
ウィルコープスの鎖骨から、左下の脇腹へ。
矢をつがえようとしているソイツの腕ごと、サンダーソニアの刃が吹き抜けた。
ウィリアムが、別のウィルコープスを斬り伏せてから叫んだ。
「このまま、前後で挟み撃ちをかけて殲滅する」
そのあと、指を丸めて唇に掛けると、高らかに口笛を吹いた。
塀の前で待機していたふたりは、正面から。
オレ達4人が背後から。
残ったウィルコープスに、6人で斬りかかった。
すでに、何体かのウィルコープスが、塀の上からの投射で倒れていた。
なんだ。楽しい。楽しいぞ。
ウィルコープスは、まだ倍くらい残っていたが、2体を斬り伏せるのは簡単な作業だった。
そして周囲から、動くウィルコープスがいなくなった頃。
東のゲートから、少年の叫び声のような怒号。
オレは、東のゲートへ走った。
ゲートが見えると、そこには、ウィルコープスが2体。
少年の剣が、1体の脇腹を抉っている。
同じように、少年の左肩に、ウィルコープスの斧が深々と斬り下ろされていた。
もう1体のウィルコープスの剣先が、少年の首筋に振り下ろされた。
オレは、走りながら眼を逸らした。
3つ数えて顔を上げた。
残った剣士のウィルコープスは、左半身を前に出して、左手で剣を構えている。
オレが辿り着くのを待っている。
すぐに感じた。
コイツは、普通と違うようだ。
未希の父親ほどではないが、異様な殺気と剣圧。
こんなヤツもいるんだな。
立ち止まって、呼吸を整える。
右脚をすり出し、オレは正眼に構えた。
こんな空気は、久しぶりだな。
考えろ。予測しろ。
相手をだしぬけ。
剣技ではなく、知恵でこいつを斬り伏せる。
相手の剣は、バックソードに似ている。
剣の重さは、オレと変わらないだろう。
だったらどうする。
考えていたら、先にウィルコープスが動いた。
オレの右側を狙って、剣先を振り上げながら脚を出した。
なんだよ。
それは、オレが記憶の回廊で何百回も繰り返したやつだ。
まぁな、フェイントかもしれないしな。
なにか仕掛けようとしているのかもしれない。
だから油断するつもりはない。
でもな。
そんなの届かねーんだよ。
おまえの右側。ガラ空きじゃねーか。
剣の速さは同じでも、切っ先が届く致命傷の距離がまるで違う。
オレは、少し前に飛んだだけ。
サンダーソニアを突き出しただけ。
それだけで、ウィルコープスの胸に、剣先が突き刺さる。
そのまま左脚を踏み込み、ウィルコープスの胸から脇腹までぶった斬った。
そうか……
いまやっと気がついた。
あの頃は、試練を通りこして、ただのイジメだと思っていた。
啓介は、オレを切り刻むだけの修羅だった。
いまわかった。
オレの剣の師匠は、未希の父親。
田心啓介だ。




