4.6.3
メモリアへ渡ると、酒場の裏の畑だった。
そういやそうだった。
酒場のマスターの嫁さんが、畑の手入れをしていた。
あまり喋ったことはないが、面識はある。
マスターはクマだが、嫁さんはスラっとしていて美人だ。
突然現れたオレを見て、腰を抜かしそうなほどに驚いている。
「わ……わたしびとさん?」
「ああ、わるい。驚かせるつもりはなかった。マスターは?」
「え、ええ……呼んできます?」
「いや、いい。邪魔して悪かった。自分で行くよ」
店の正面へ回ると、何人かの客が、テーブルを囲んで食事をしている。
ここは酒場だが、村で唯一の飲食店だ。
昼でも営業している。
オレも、空いているテーブルのベンチに座った。
「あ、ソウジだ。いらっしゃい」
看板娘のヒミコ。
腰のコイン袋から、鉄コインを5枚抜く。
そろそろ、メモリアのカネも少なくなってきた。
働かないといけないかもしれない。
「エールと、昼飯をたのむ」
「おっけー。でも5枚も? 大盛で持ってくればいい?」
「手の空いてるときでいいから、マスターを呼んでくれ。頼みたいことがある。その迷惑料だ」
「わかった。まってて」
まもなく、エールと、食事が運ばれてきた。
なにかの肉と一緒に煮込まれた、緑色のシチュー。
いや、とろみが多いから、ポタージュかな。
なにで出来ているのかわからないが、豆のような風味が溶け込んだ、まろやかなポタージュだった。
くたくたになったタマネギや、キャベツがふんだんに入っている。
肉はウサギかなにかかな。
臭みは全くない。
噛み砕くと、パセリのようなヒリつく清涼感と、肉の食感。
美味い。
そして、それを流し込むエールの雑味。
エール単体だと、吐き出したくなるグズグズの泥水も、ポタージュのとろみと調和している。
ポタージュ、エール、ポタージュ。
とまらない。
やはり、ここのマスターは、料理の鉄人だ。
「なんの用だ。忙しいんだよこっちは」
声の方に振り向く。
でっぷりとした樽を覆うようなエプロン。
見上げると、その樽の上に、マスターの顔がついていた。
「頼みがある」
マスターに、軽く経緯を説明した。
しかし、オレの頼みは、すべて断られた。
家どころか、テントを建てる資材すらないと言われた。
「ここは酒場だって、なんど言やぁわかるんだ。そんなもんあるわけねぇだろ」
まぁ、そうだよな。
知ってたよ。
クラゲにでも聞いてみるか。
あいつは、たしか木こりだよな。
食事を済ませ、帰ろうかと立ち上がると、またマスターが出て来た。
右肩に丸太を担いでいる。
半分に割られた、片側だけの丸太だった。
「オマエにやるよ。薪にもならねぇし邪魔で困ってたから、カネはいい」
マスターがドンと、地面に丸太を突っ立てた。
上下に、カマボコを切ったような木材が取り付けられている。
ああ、これはベンチか。
丸太を割って、カマボコ型の脚を付けたベンチ。
よく見ると、その脚の片方にヒビが入っている。
ただ丸太を割ってカマボコをふたつ付けただけのベンチ。
それが壊れている。
オレは「いらない」と言おうとした。
それを貰うくらいなら、作り直したほうが早い。
だが、ヒグマのようなマスターの眼がそれを拒んでいた。
オレは、家を建てる資材を貰いに来たのに、廃材を押し付けられていた。
しかたなく、その丸太を持ち上げようと試みる。
重い……
50キロ、いや、60キロはあるかもしれない。
あのヒグマは、これを軽々と担いでいた。
オレには無理だ。
だがオレは、渡し人だ。
少し持ち上げるだけでいい。少しだ。
オレは、デバイスを出したまま、地面に突き立てられた丸太に腕を回し、抱え込むようにしてソレを持ち上げた。
しかしこの体勢では、デバイスが操作できない。
アゴだ。アゴを使え。
左手に浮かぶログインデバイスにアゴを突き出し、記憶の回廊ゲートを呼び出す。
オレは、酒場のテラスの真ん中で、丸太を抱えたまま、記憶の回廊へと渡った。
他の客が、眼を丸くしていたようだが、どうでもいい。
知ったことではない。
そして、記憶の回廊で、いちど降ろす。
呼吸を整え、両腕の筋繊維を回復させる。
もういちど、丸太を抱える。
ログインデバイスにアゴを突き出す。
眩しいので眼を閉じる。
眼を開けると、原っぱだった。
遠くに森が見える。
見知らぬ平原に飛ばされたのかと思ったが、振り返ると前哨基地がある。
だが、ここには何もない。誰もいない。
あるのはたったいま運び込んだ、壊れた丸太のベンチだけだった。
もしかして、このベンチを運び込まなかったら。
何もないままここを離れていたら。
2度と自分の敷地を発見できなかったんじゃないか。
そう思ったら少し肝が冷えた。
そして、どこからどこまでがオレの敷地なのか。
それすらもわからない。
わからないが、メモリアと行き来できたということは、いま立っている場所も敷地内のはずだ。
オレは、地面に聳え立つ丸太を押し倒した。
ドスンと音をたて、地面の上で少し跳ねた。
メキッという小さな異音。
ヒビの入っていた脚が完全に割れた。
原っぱの上に、丸太のベンチが鎮座した。
オレの家の最初の家具だった。
もう動かすことはないだろう。
重すぎる。
座ってみる。
脚が潰れて、少し斜めだが問題ない。
そもそも、地面が平坦ではない。
表面を手で触れてみると、妙に丁寧に磨かれていた。
廃材だと思ったが、座り心地は、悪くない。
ベンチに座ると、さっきまで木枯らしのように感じた風も、なんだか心地よかった。
少し汗ばんでいた上半身の熱を冷ましていく。
ふっと、空を見上げた。
空は晴れ渡っているが、今日は、雲が多いな。
丸太1本運び込むだけでこれか。
いや……先のことを考えるのはヤメよう。
風が心地よい。
今は、それだけでいい。




