4.5.28
ミラーが足跡を追跡する。
女性が走ったという足跡。
しかし、その足跡も途中でかき消えたらしい。
「このあたりで、走るのをやめたみてぇだ。
微かな足跡しか残ってねぇ。
リュウタ、いけるか?」
未希がリュウタを地面に下ろす。
「うんとね……匂いは沢山あるけど……どれかなぁ」
「これは使えないか?」
カイルが差し出したハンカチ。
そのハンカチを、リュウタの鼻に近づける。匂いを嗅がせる。
なんの訓練も受けていない、リュウタに追跡をさせることはできない。
だから、匂いの判別は未希がすればいい。
未希は、なにも言わず、辺りを見渡した。
「ハンカチを遠ざけて」
未希が言うので、カイルはハンカチをポケットに戻し、未希から離れた。
未希の表情が微かに変化する。
悲しんでいるようにも見えない。
嘆いているようにも見えない。
僅かばかりの微笑み。
それを浮かべた。
オレは未希のその顔を知っている。
これからウソをつこうとしている眼。
未希はなにかを見つけた。
そのままなにも言わず、腕を上げて、森の奥へ指を向けた。
「みつけたの?」
「うん……あっちだよ」
未希がリュウタを抱えたまま、駆け出していった。
その次の質問から逃れるように。
「まて、未希、ひとりで行くな」
オレ達も、未希を追いかける。
すぐにそれを見つけた。
洞窟。
大人が数人すれ違えるくらいのほら穴が、緩やかな窪みの下で口を開けていた。
「この中か?」
「うん……」
「危険な気配はあるか?」
「……いないよ。中は安全……」
ミラーが、足を踏み入れたが、入り口付近までだった。
「中は広そうだが……真っ暗だな」
「松明のようなものが必要か?」
「灯りは欲しいが、松明はダメだ。中は空気が動いてねぇ。この洞窟は行き止まりだ。一酸化炭素中毒で死ぬ」
「ならどうする」
「だれか、ランタン持ってねぇか?」
持ってるわけないだろ。
「これを使え」
カイルが、腰のポーチからふたつの小瓶を取り出した。
それは、鞘の手入れに使う、潤滑油と樹脂だった。
「おう、これがありゃ作れる……あとは……」
潤滑油と樹脂。それをミックスした粘り気のある油脂を作る。
ミラーが、革紐を取り出し、油脂を革紐に塗りつける。
木に生えていた枝を折り、その先端に、ギトギトになった革ひもを巻き付けた。
その間に、オレ達で小さな焚火を設営し、革紐の先端に火を引火させた。
見た目は松明だが、火は小さい。
ランタンのような小さな灯が、生木の先端で、ゆらめいていた。
「ソウジが持て」
松明はオレが左手で持ち、全員で洞窟の中へと踏み込んだ。
中は、静かだった。
背後の入り口から、さわさわと枝葉の揺れる音が聞こえてくるだけ。
小さな火の灯りを頼りに、暗闇の中へと進んでいく。
すぐに緩やかな斜面。
ゆっくりと下っていく。
広い空洞に出た。
小さな火では、満足に見渡すこともできないが、微かに見えるヒトのような形の物体。
灯りをかざすと、朽ちかけた女性が、岩壁を背にして座っていた。
「え……そんな……」
ソフィアが顔を覆った。
カイルが、女性に歩み寄っていく。
女性は、ひとりではなかった。
その両腕で、愛おしそうに、小さなもうひとつのカラダを抱きしめている。
女性の胸に顔を埋め、その表情を伺うことはできない。
ゆらめく灯が、女性の微笑みを照らしている。
ログアウト中ではない。
女性は死んでいる。
胸元で抱きかかえられている小さなカラダも、動き出すことは無かった。
カイルが、ふたりの傍で、膝をついた。
左手を伸ばし、最初に胸元の頭の髪を撫でる。
その後に、女性の後ろへ手を伸ばし、その首元に顔を寄せた。
カイルが、震えるような声を絞りだした。
「すまない……少しひとりにさせてくれないか」
最初にミラーが振り返った。
両腕を小さく広げ、戻ろうとジェスチャーする。
オレは持っていた松明を、地面に下ろしてから、後ろを振り向いた。
洞窟の入り口の光は、ここからでも見える。
戻るだけなら、灯りはいらない。
オレ達は、洞窟の入り口へ向かった。
予想していなかったわけじゃない。
なにもない森の中で、なんの理由があって、女性ひとりで踏み入ったのか。
女性だけならまだいい。もう慣れた。
だが、今日は……もっと見たくないものを見た。
なんの関係もない、オレですらそう感じるんだ。
カイルは今、どう感じているんだろうか。
どう、乗り越えようとしているんだろうか。
やめよう。
何も考えない。
考えたくもない。
オレはただ、未希とストームに付添い、依頼をこなしただけ。
手伝っただけだ。
それ以外の苦しみなんて、どうでもいい。
勝手にやってろ……
オレを巻き込まないでくれ……
ヒトの女性が抱きしめていた、小さな頭とカラダ。
どちらも、もう動かない。
いくら振り払おうとしても、また浮かんでくる。
やめてくれ……
あれは……
あの小さなカラダは……
ウィルコープスだ。




