表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
230/248

4.5.28


 ミラーが足跡を追跡する。

 女性が走ったという足跡。


 しかし、その足跡も途中でかき消えたらしい。


「このあたりで、走るのをやめたみてぇだ。

 微かな足跡しか残ってねぇ。

 リュウタ、いけるか?」


 未希がリュウタを地面に下ろす。


「うんとね……匂いは沢山あるけど……どれかなぁ」


「これは使えないか?」


 カイルが差し出したハンカチ。

 そのハンカチを、リュウタの鼻に近づける。匂いを嗅がせる。


 なんの訓練も受けていない、リュウタに追跡をさせることはできない。

 だから、匂いの判別は未希がすればいい。

 未希は、なにも言わず、辺りを見渡した。


「ハンカチを遠ざけて」

 未希が言うので、カイルはハンカチをポケットに戻し、未希から離れた。


 未希の表情が微かに変化する。

 悲しんでいるようにも見えない。

 嘆いているようにも見えない。

 僅かばかりの微笑み。

 それを浮かべた。


 オレは未希のその顔を知っている。

 これからウソをつこうとしている眼。


 未希はなにかを見つけた。

 そのままなにも言わず、腕を上げて、森の奥へ指を向けた。


「みつけたの?」

「うん……あっちだよ」


 未希がリュウタを抱えたまま、駆け出していった。

 その次の質問から逃れるように。


「まて、未希、ひとりで行くな」


 オレ達も、未希を追いかける。


 すぐにそれを見つけた。



 洞窟。


 大人が数人すれ違えるくらいのほら穴が、緩やかな窪みの下で口を開けていた。


「この中か?」

「うん……」

「危険な気配はあるか?」

「……いないよ。中は安全……」


 ミラーが、足を踏み入れたが、入り口付近までだった。

「中は広そうだが……真っ暗だな」


「松明のようなものが必要か?」

「灯りは欲しいが、松明はダメだ。中は空気が動いてねぇ。この洞窟は行き止まりだ。一酸化炭素中毒で死ぬ」


「ならどうする」

「だれか、ランタン持ってねぇか?」


 持ってるわけないだろ。


「これを使え」

 カイルが、腰のポーチからふたつの小瓶を取り出した。

 それは、鞘の手入れに使う、潤滑油と樹脂だった。


「おう、これがありゃ作れる……あとは……」


 潤滑油と樹脂。それをミックスした粘り気のある油脂を作る。

 ミラーが、革紐を取り出し、油脂を革紐に塗りつける。

 木に生えていた枝を折り、その先端に、ギトギトになった革ひもを巻き付けた。


 その間に、オレ達で小さな焚火を設営し、革紐の先端に火を引火させた。

 見た目は松明だが、火は小さい。

 ランタンのような小さな灯が、生木の先端で、ゆらめいていた。


「ソウジが持て」


 松明はオレが左手で持ち、全員で洞窟の中へと踏み込んだ。

 


 中は、静かだった。

 背後の入り口から、さわさわと枝葉の揺れる音が聞こえてくるだけ。

 小さな火の灯りを頼りに、暗闇の中へと進んでいく。


 すぐに緩やかな斜面。

 ゆっくりと下っていく。


 広い空洞に出た。

 小さな火では、満足に見渡すこともできないが、微かに見えるヒトのような形の物体。


 灯りをかざすと、朽ちかけた女性が、岩壁を背にして座っていた。


「え……そんな……」

 ソフィアが顔を覆った。


 カイルが、女性に歩み寄っていく。


 女性は、ひとりではなかった。

 その両腕で、愛おしそうに、小さなもうひとつのカラダを抱きしめている。

 女性の胸に顔を埋め、その表情を伺うことはできない。


 ゆらめく灯が、女性の微笑みを照らしている。


 ログアウト中ではない。

 女性は死んでいる。

 胸元で抱きかかえられている小さなカラダも、動き出すことは無かった。


 カイルが、ふたりの傍で、膝をついた。

 左手を伸ばし、最初に胸元の頭の髪を撫でる。

 その後に、女性の後ろへ手を伸ばし、その首元に顔を寄せた。


 カイルが、震えるような声を絞りだした。

「すまない……少しひとりにさせてくれないか」


 最初にミラーが振り返った。

 両腕を小さく広げ、戻ろうとジェスチャーする。


 オレは持っていた松明を、地面に下ろしてから、後ろを振り向いた。

 洞窟の入り口の光は、ここからでも見える。

 戻るだけなら、灯りはいらない。


 オレ達は、洞窟の入り口へ向かった。


 予想していなかったわけじゃない。

 なにもない森の中で、なんの理由があって、女性ひとりで踏み入ったのか。


 女性だけならまだいい。もう慣れた。

 だが、今日は……もっと見たくないものを見た。


 なんの関係もない、オレですらそう感じるんだ。


 カイルは今、どう感じているんだろうか。

 どう、乗り越えようとしているんだろうか。


 やめよう。


 何も考えない。

 考えたくもない。


 オレはただ、未希とストームに付添い、依頼をこなしただけ。

 手伝っただけだ。


 それ以外の苦しみなんて、どうでもいい。


 勝手にやってろ……

 オレを巻き込まないでくれ……


 ヒトの女性が抱きしめていた、小さな頭とカラダ。

 どちらも、もう動かない。


 いくら振り払おうとしても、また浮かんでくる。

 やめてくれ……


 あれは……

 あの小さなカラダは……



 ウィルコープスだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ