4.5.27
アルゲンタヴィスの死体は、そのまま放置した。
カイルが、食べたり近づいたりすることを、強く反対した。
「以前、オーロックスという牛に似た絶滅動物を食べたプレイヤーがいてね。
その結果、ペストに似た病気が大流行して、重篤な病だと知れる前に、多くのプレイヤーが退場した」
失われた動物は、失われた病原菌も持っている。
現代人の抗体で、対応できるかどうかもわからない。
その話を聞いて、アルゲンタヴィスの死体にはダレも近寄らなかった。
オレ達は、手早く焚火を片付け、荷物をまとめた。
出発前に、未希とソフィアでハンカチの魔法を使う。
最初に比べて、渦が小さい。
使うたびに、渦が小さくなっているのかもしれない。
それでも方角は分かる。
いままで、北をさしていた渦が、明確に西を示していた。
やや北だが西だ。
西北西。
山が近いのは東と北。これで登山の必要はなくなった。
続いて、未希がリュウタに魔法をかけ、意識のリンクをおこなう。
「未希。ハーストイーグルや、アルゲンタヴィスの気配は近くにあるか?」
「アルゲンタヴィスが離れたところに沢山飛んでる……すごく高いところ。
ずっとそこにいるから、こっちに興味はないと思うよ。
クマの気配もあるけど、すごく小さい」
「ウィルコープスの気配はどうだ?」
「集団の気配はすごく遠いところ。ひとりだけノロノロあるいてるのは近いと思うけど、距離はわかんない」
「方角は?」
未希は何も言わず、腕を伸ばして指を向けた。
ハンカチの渦と、ほぼ同じ方角だ。
カイルにとっては、残念な未来の暗示かもしれない。
「カイル……」
「ああ……いいんだ。覚悟はできている。ここまで連れて来てくれたことにも深く感謝している。この先でどんな結末を迎えたとしても、私はそれを受け入れるよ」
「じゃあ行こう。ここから先もミラーが先頭だけど、進む方角は、みきさんにお願いしていい?」
「うん」
オレ達は、出発した。
朝から歩き続けて、昼になる頃。
人工物を発見した。
焚火の跡だ。
浅い穴が掘られ、小ぶりな石が円形に並んでいる。
窪みの中央に、木の燃えカス。
火は完全に消えているが、窪みに草はまったく生えていない。
古い物ではないだろう。
ミラーの見立てでは、数日から数週間。
「ミラー。これはどういうことだ。ウィルコープスは、焚火も使うのか?」
「そんな話は聞いたことがねぇし、見たこともねぇ。ここで火にあたってたのはプレイヤーだろう」
ミラーが、焚火と周囲の地面を観察している。
「少し調べたい。丁度昼だぁ、ここで小休止でいいか?」
「んん」
未希やソフィアが腰を下ろそうとしたが、ミラーに止められた。
「まて、座るなら、そっちのほうにしてくれ」
オレ達は、焚火跡から離れた場所に腰を下ろした。
最初にストームが口を開く。
「みきさん、ノロノロの動きはどう?」
「近づいてるよ。みき達が追いついてるだけかもしれないけど……こっちに近づいてるかもしれない」
未希がリュウタを地面に下ろす。
未希の手を離れ、トコトコと焚火に向かって歩いていった。
そして、焚火の匂いを嗅いでいる。
「うっぷ……煤くさい。リュウタ、こっちおいで」
リュウタが振り向く。
トコトコと、戻ってくる。
未希がリュウタとのコミュニケーションを成立させている。
信じられないが、この光景をみたら、信じるより他ない。
リュウタが、ふっと、立ち止まり斜め後ろを振り向く。
未希もリュウタと同じ方向に顔を向けた。
その先で、ミラーが地面に這いつくばって、なにかを探している。
「匂い……くさい……微かだけど、近づいてる……」
「え、ウィルコープス?」
「うん……そうだと思う。たぶん近い」
「おい、ミラー」
「おう……オレも見つけたよ、アレだろ」
立ち上がって、ミラーの所へ。
未希はリュウタを抱き上げた。
ストームが、矢筒から矢を掴む。
ソフィアも砂を握り込む。
ミラーの方に近づき、指し示す方に視線を向けた。
まだ遠い。
数百メートル先だ。
木々の隙間で、ゆらゆらと何かが動いていた。
「小さくて、よく見えないな……なんだ?」
「ウィルコープスだな、1体だけだ」
「カイル、見えるか?」
「ああ、でもあれは……違うな」
ミラーが軽く拳を握りながら言った。
「どっちの手でもいいから、手を丸めて穴を作れ。その穴の隙間から見てみろ」
言われた通りに、やってみる。
そういや、テレビか何かでみたことあるな。
まさか実際に役立つとは思わなかった。
握りこぶしを作って、その穴の隙間から覗き込む。
すると、遠くて見えにくかったものが、ほんの少しだけ見えるようになった。
フラフラと、こちらに向かって歩いてくるのは、ウィルコープスだ。
それは間違いない。
しかし、女性ではなく男性のようだ。
小太りで、身に着けている衣服がかなり破けている。
ズボンは、泥だらけだ。
手には何も持っておらず、武器のようなものは身に着けていない。
「なるほど……あれは、違うな」
ひとまず、胸を撫でおろす。
歩いていたウィルコープスは、カイルの妻ではなかった。
ソフィアがつぶやいた。
「でもどうして? あんなところに1体だけ?」
ミラーが答える。
「ウィルコープスは、プレイヤーの匂いに敏感だ。たぶん俺達に引き寄せられてるんだろう」
オレが尋ねる。
「武器も持たずにか?」
「そういうのは関係ねぇ。あれはプレイヤーを襲うためだけに彷徨う動物みてぇなもんだ」
なるほどな。
「それとな……」
ミラーが言葉を続けた。
「ヒトが歩いた跡。それがふたつある。
ひとつは、擦るように歩いた跡。
もうひとつは歩幅がでけぇ。
窪みは浅いが、草を踏んだ跡がある。
脚がやたら長い男。もしくは女が走った跡だ。
どう思うよ?」
どう思うって……
ズルズルと歩くやつから、女性が走って逃げた……か?
ストームが答えた。
「カイルの奥さんがここにいて、アイツが現れたから逃げた?」
「おぅ、俺もそう思う。推測でしかねぇけどな」
「足跡は追跡できる?」
「あんまり自信はねぇが、やるだけやってみるよ。そうだ、リュウタも手伝ってくれるか?」
ミラーが、未希とリュウタに視線を向ける。
「うん、まかせて。リュウタもやる気になってるよ」
未希が頷く。
まぁ、そんなことより……
「あの1体は、どうするんだ」
普通に視認できる距離まで近づいている。
「やっちまおう。匂いの邪魔だよな?」
「うん……」
ストームが、掴んだ矢を握りしめ、眼を閉じる。
掴んだ矢が歪む。
その手が緩むと、握った手からスッと離れ、矢が飛翔した。
直進はせず、木々の隙間を縫うように、矢が飛んでいく。
ウィルコープスの頭に命中し、地面に倒れた。
「わたしはストーム……だいぶ上手くなった」
そのようだな……
アルゲンタヴィスに続き、ウィルコープスまであっさりと倒した。
もうオレ、いなくていいんじゃないのか?




