4.5.24 - 風の支配者
ストームが、ニコニコしている。
「なにが、そんなに嬉しいんだ」
「いい連携だった。みんな強い。楽しい」
昨日の惨劇を、もう忘れたのかよ。
どういうわけか、その後ろで、未希までクスクスと笑っている。
まさかコレも……再ログインによる、記憶圧縮の影響か。
「未希」
「うん?」
「リュウタとは繋いでないのか」
「うん、今日はまだだよ。繋いだ方がいい?」
「そうしてほしいが、同じ魔法の使い過ぎは、よくないんだよな」
「う~ん……どうだろ?」
今みたいなケースはマレだろうが、事前に察知できるならそれに越したことはない。
「使ってもいい? みきは、リュウタとお話できるから、使いたいよ」
「ストーム、いいか?」
「んん。その方がいいと思う……みきさん、お願いしていい?」
「うん」
未希がリュウタに魔法をかけた。
これでまた、オオカミの感覚が未希に宿る。
「未希。昨日の鳥、ハーストイーグルの気配はあるか?」
「うん、あるよ。でも近くじゃないよ。遠い場所」
「方角はどっちだ」
「こっち」
未希が指差す方角。
それを見たミラーが言った。
「北東だな。ハーストイーグルも、あの巨大な鳥も、巣は山にあるってこった」
「もうあの鳥には、懲りたわ。近寄りたくないわね」
「リュウタを地面に下ろして歩いてもらえば、もっと分かるんだけど、進むのが遅くなっちゃうよね」
言いながら、未希が抱えていたリュウタを地面に下ろす。
「近くになにか、危険な生物の気配はあるか?」
「うんとね……あっちに4本脚の重そうなのが3匹。あっちに軽そうなのが数匹。ぴょんぴょん跳ねるのは、あちこちに沢山」
意味のわからない未希の説明をミラーが言語化した。
「沢の方にクマの親子がいて、俺達の進む先にいるのはシカかなにかか。池があるかもしれねぇな。ぴょんぴょん飛んでるのはウサギじゃねぇか?」
「あ……人間っぽいのも。ノロノロと歩いてる。ゆっくりだからわかりにくいけど、何人もいるかも」
「どっちだ?」
「あっち、それとあっちも。あっちにもいるよ」
「ウィルコープスだろうな。こんなところにもいるんだなぁ」
「なんかね、ひとりだけで歩いてるのもいる」
「え、それってどっち」
質問したのはソフィア。
「こっち」
未希が示した方角。
オレ達の進行方向に近い。
「ねぇ、ミキ。そのひとりの歩き方はどんな感じ? ノロノロ?」
「ノロノロだね」
「未希、距離はわからないのか?」
「うーん……感じるのは、ほんとに少し。たぶんいちばん遠い」
まさかな……
しかし、可能性はゼロじゃない。
カイルの探し人が、ウィルコープスである可能性。
「とにかく……いきましょう」
「おぅ、そうだな」
「あら? ストームは?」
いつの間にか、ストームがいない。
見回すと、数十メートル離れた場所。
ストームは、弓を持っていたウィルコープスの死体を漁っていた。
なにをしているんだ。ストームは。
ミラーが大声で、ストームを呼んだ。
「隊長の嬢ちゃん! 出発しようぜ!」
その声に気が付いたストームがこちらを向く。
そして、駆け寄ってくる。
ストームは、背に、矢筒を背負っていた。
弓は持っていない。矢の入った矢筒だけだ。
オレ達のところへ戻ると、背中の矢筒に手をまわし、矢を2本抜き取った。
そのまま腕を交差させると、こう言った。
「わたしはストーム! 風の支配者! 稲妻の矢を導く者!」
( Call me Storm ! Master of the winds !
My arrows, guided by the Lightning Reaction ! )
……
「知ってるわよ私。日本語で『中二病』っていうのよね?」
「んん……なんとでも言って。やってみたかっただけだから……」
「おい、ソウジ。隊長をオマエと交代したほうがいいんじゃねぇか?」
「やだよオレは。おまえがやれよミラー」
「俺でいいのか。目的地が山の頂上に変更になるぞ。みんなで朝陽と共にパノラマを拝むのか?」
「さぁみんな、いくよ。ミラー先導して。わたしはストーム、風の支配者よ」
オレ達の会話を無視して、ストームが手を叩く。
叩き過ぎたストームの手から、ログインデバイスがはみ出していた。
「へいへい」
「……まゆさん、かっこいい」
それからしばらく歩いた。
未希の言う「ひとりで歩いているヒトっぽいもの」の方角へ向かった。
昼を過ぎてから休息を取る。
そしてまた歩き始める。
森の中をひたすら歩く。
木々の隙間からときおり覗く山肌。
その姿が、進行方向ではなく、右側に大きく偏っていることに気が付く。
どうやら、オレ達は、山の西側まで進んだようだ。
ときどきリュウタを地面に下ろし、未希が周囲の振動を探る。
リュウタの探知能力のおかげで、クマやウィルコープスを避けながら進むことができた。
やがて夕方になり、またキャンプの設営を始める。
ヒトっぽいものは、まだ何キロも先のようだが、動きを止めたらしい。
夜の森を動き回るのは危険だ。
ここで朝を待つ。
夕食の準備は、未希とソフィア。
その準備の最中に、未希がオレに近づいてきた。
「おにいちゃん、耳大丈夫?」
「え? ああ……耳の奥が傷むが、たいしたことは……」
未希が布をとりだし、オレの耳の下を拭った。
触れた部分の布が、緑がかった黄褐色に変色している。
実は、ときおり、耳の奥に猛烈な痛みが走っていた。
鼓膜の外ではなく、内側だと思う。
最初は、たまにだったが、今は数秒置きに傷む。
耳の中で、スタンガンを当てられるような鈍痛だ。
その痛みのせいか、こめかみのあたりも、ズキズキと痛む。
ふと、未希の顔を見ると、その顔が、ぐにゃりと歪んだ。
頭が痛い。
猛烈な痛み。
吐き気もある。
たまらず、地面に腰を下ろす。
横で、未希がなにか言っているが、よく聞こえない。
なんだ。
どうしたんだオレは。
なんだか、急激に眠い。
意識を保てない。




