4.5.22
ソフィアの容体は深刻だったが、死んではいない。
肩の出血は止まっている。
触れると手に血がつくし、傷口も見える。
にもかかわらず、ソフィアのカラダは、時間が止まったかのように静止している。
死体か、ログアウトかの違いは、硬直や腐敗があるかどうかだ。
ソフィアは、そのどちらも発生していない。
6時間後に再ログインして、目を覚ますだろう。
問題なのは、未希のほうだった。
両耳の鼓膜を損傷し、おそらく耳が聞こえていない。
なのに、未希は、やけに穏やかな顔をしている。
オレやストームに心配かけまいとしているのだろうか。
沢の周囲に荷物を下ろし、焚火を設営し、食事の準備を始めた。
ソフィアがログアウト中なので、未希がひとりで調理を担当した。
食糧袋から、腸詰めパウチを3つとりだし、鍋に入れて火にかけた。
あとは、乾パンをそのまま鍋にいれ、ぐずぐずになったところで、ボウルによそった。
夕べ、あれだけ美味しく感じた腸詰めパウチの野菜も、今夜は味が薄く感じる。
食事を終えて、夜が更けていくと、未希の容体が悪化した。
耳の周りが赤く腫れている。
片方の耳からは、黄ばんだ液体が流れ落ちていた。
頭が、ふらついているのだろうか。ふらふらと頭をゆらしている。
ときどきびくっと、カラダが震え、眼をぎゅっと閉じる。
暑くもないのに、顔から汗が滲んでいる。
どうみても痛みを堪えている。
見かねたカイルとミラーが、未希に歩み寄り、耳の状態を観察した。
医者ではないが、戦場で鼓膜が破れた戦友を大勢見てきたと言う。
「どうだ?」
「感染症を起こしているな。すぐに医者に見せた方がいい。このままだと脳にも影響が出るかもしれない」
「どうにかならないのか?」
「鼓膜というのは治癒力が高いが、思っているよりもデリケートだ。通常のケガとは違い、消毒も洗浄も得策ではなく、ほとんどの行為が耳の内部を悪化させる。この場でできることは何もない。一刻も早く森から出て、清潔な場所で安静にさせるべきだろう」
カイルの言葉に、ミラーも頷いた。
「未希の嬢ちゃんも、ログアウトさせてやれ。それでぜんぶ解決だ」
「……そうだな」
「ストーム」
「んん……」
「未希とふたりで、ログアウトしろ」
「うん……わかった。総司は?」
「オレは残る」
カイルとミラーが信用できないというわけじゃない。
オレまでログアウトしたら、野営の人員がふたりになってしまう。
いくらなんでも、無防備だ。
「おにいちゃん……」
「え?」
無言のままだった未希が声を出した。
「どうした? オレの声が聞こえるのか?」
「……うん? まって」
未希が左手でオレの右手を掴み上げた。
掴んだオレの手を、自分の頬に寄せる。
未希の頬の汗が、オレの手のひらに染みてくる。
「喋ってみて」
「……聞こえるか? 未希?」
「うん、聞こえるよ。耳からだと小さくて良く聞こえないけど、こうしていれば振動で聞こえる」
「耳は痛むか?」
「うん……少し」
嘘つけ……
痛いに決まってるだろう……
「みきの耳は聞こえないんだけど、リュウタの音がすごくよく伝わるんだよ。
みきが森の中にいるんじゃなくて、森がみきの中にいるみたい。
オオカミって、こんな世界で生きてるんだね」
未希の喋る言葉は、病人のうわごとのようだった。
未希の上半身が、明らかにふらついている。
目蓋もいまにも落ちそうだ。
顔から、脂汗が滲みだしている。
もう限界だ。
見ちゃいられない。
オレの腕を掴んでいる未希の左手を、掴み返す。
そのまま、未希の頬を、未希の左手で3回叩く。
トントントンと。
未希の左手から、ログインデバイスが出現した。
オレは、未希の腕を放し、右手を開いて未希の頬に触れた。
「ストームとふたりで、ログアウトしろ。いいな?」
未希が、こくりと頷いた。
「ストーム、あとは頼むぞ」
「うん。わかった」
未希とストームが、ログアウトした。
近くの岩影に、未希とストーム、それとソフィアを、マントに包んで横たわらせる。
リュウタもそこで丸まっている。
とにかくこれで解決だ。
明日になれば、すべて元に戻っている。
ログアウトせずに残ったのは3人。
ミラーとカイル、そしてオレだ。
3人で焚火を囲み、革水筒に残っていたワインを舐めながら、男だけで話をした。
「おまえ達は、どこも異常は無いのか?」
「俺は、問題ねぇよ」
「私は、そもそも、ログアウトできない。ログアウトしたら海の底だ」
ミラーが、下を向いて、笑い声をあげる。
「ッハハハ、冗談にしちゃ、笑えねぇな」
「構わないよ。私だって軍人のはしくれだ。死ぬ覚悟は兵士になったときからできている」
「おう。そうだな。墓はどこにあるんだ?」
「さぁな……私の死体はいつ発見されるんだろうな」
「なんだ、まだ発見されてねぇのか?」
「アーネストの年代、1952年でも、まだ行方不明らしい」
「そうかぁ。ソウジんとこはどうだ? なにか知ってるか?」
「いや、悪いがそんな話、聞いたこともないし、気にしたこともない」
「まぁそうだろうな。実は俺も知らねぇ」
「……ソウジ」
カイルがオレの顔を横から覗き込んでいる。
「なんだ?」
「君の右耳からも、なんか垂れてるぞ。負傷したのか?」
「ああ……そういえば、オレも右耳の鼓膜に穴が空いてたんだった。じつはよく聞こえていない」
「フ……フッハハハハ」
ミラーが腹をかかえて笑っている。
なにが、そんなにおかしいんだ。
「いや、すまん。気に入ったよソウジ。大した男だよおまえは。おまえならハイランダーにもなれる」
「いや……それはノーサンキューだ。日本人で満足だ」
「ダッハハハハハ」
思えば、男だけで焚火を囲む時間は久しぶりだった。
男だけで、どうでもいい会話をして、夜が更けていく時間を過ごした。
眠くなってきたので、野営の順番を決める。
前日2番だったミラーが1番、オレが3番。
カイルが2番だ。
あとはミラーに任せて寝よう。
オレは、岩陰で眠る未希達の近くで、毛布に包まり眼を閉じた。
沢の音は心地よいが、右耳はザーザーとうるさい。
明日、起きるころには閉じているだろう。
今夜だけの辛抱だ。
……




