4.5.21
右耳の滝の音がうるさい。
でも痛みはない。
だから、今はいい。
そのうちおさまるだろう。
まずは、ミラーとカイルに声をかける。
「ミラー、ソフィアを頼む。カイルも手伝ってやってくれ」
「おぅ」
カイルも、頷きながら、ソフィアに近づいた。
オレは未希のところへ歩み寄る。
ストームが布で、未希の頬を拭っていた。
耳から垂れ下がっていたのは、紐ではなかった。
未希は、両耳から血を流していた。
「未希」
声をかけたオレの顔を、未希は、ぼーっと眺めている。
オレは未希の胸元に視線を落とし、未希ではなくリュウタに語りかけた。
「未希、耳が痛いか?」
未希が笑顔を作る。
数秒の間を置いて、顔を横に振った。
ウソだ。
「オレの声は聞こえるか?」
また数秒してから、顔を横に振る。
「歩けるか?」
笑顔のまま、大きく頷いた。
「わかった。ソフィアの所へいってくるからな」
リュウタの頭を撫でた。
未希に触れたわけでもないのに、未希は眼をとじて、その感触を探そうとしている。
「ストーム、未希をたのむ」
「うん……」
ソフィアの所へ戻る。
カイルがソフィアのカラダを支え、ミラーがソフィアの腕を掴んでいる。
ソフィアの左手から、ログインデバイスが出現していた。
意識を失いそうなソフィアが、なにか言っている。
「離れなさい……ミラー、あんた臭いのよ……フフフ」
「それだけ言えりゃ上出来だ。俺の代わりに、しっかりシャワー浴びてこい」
「ええ……そうするわ……お土産いる?」
「俺の墓に、酒でもおいてきてくれ」
「いやよ……そんな山おく……まで」
ミラーがソフィアの右手の人差し指を、ソフィアのデバイスに当てた。
ソフィアは、糸が切れた人形のように力を失い、そのまま動かなくなった。
「ミラー」
「おぅ」
「安全な場所へ退避しよう。どこか宛てはあるか?」
「おそらくだが、このまま西に行けば沢があるはずだ。そこを目指そう」
沢か。行先は、そこでいいだろう。
「ミラー、悪いが、ソフィアを背負って先頭を歩いてくれ。他に背負えるやつがいない」
「おう。じゃあ、へんなとこ触っちゃおうかな」
「ッフフ、あとで半殺しにされてもいいなら、好きにしろ」
「そういや前に、ソフィアを怒らせて、頭からキノコを生やされたヤツがいたな……やめとこう」
それは見てみたいな。
カイルは片腕。オレは食糧を背負っている。
ソフィアを運べるのは、ミラーだけだ。
「行こう。ここから離れよう」
「おう。ミキの嬢ちゃんは大丈夫なのか」
「鼓膜が破れてるようだ」
「そうか……急ごう」
未希に視線を向ける。
リュウタと一緒に顔を上げて、高いところの枝葉を眺めていた。
妙に落ち着き払った顔をしている。
ミラーが、ソフィアを背負いあげて歩き出した。
「いくぞ、こっちだ」
カイルは、落下したハーストイーグルに近寄り、その体躯を眺めていた。
「まだ生きているのか?」
「首の骨が折れている。間もなく死ぬだろう」
「そうか……食べられそうか? それは?」
「いや……やめておいたほうがいい。なにが入ってるかわからない」
オレ達は、その場を離れた。
先頭はソフィアを背負うミラー。
その後ろにカイル。
オレの手前で、未希とストームが歩いている。
未希は、少し顔を上げながら歩き、ストームは俯いている。
オレは後ろを警戒しながら、最後尾で森の中を進んでいく。
右耳の滝の音はうるさいままだ。
これは以前にも経験したことがある。
ここまで、うるさくはなかったが、たぶん同じだ。
鼓膜に穴が空いている。
それから、だいぶ歩いた。
あと少しで夕暮れだろう。
いつのまにか、左耳からも水の流れる音。
その音がだんだん大きくなる。
地面から伸びる草の種類が変わっていく。
ところどころに花も咲いている。
よく見ると、リスのような小動物の影。
逃げる先を眼で追っていくと、目的地が視界に入った。
沢だ。
森に囲まれていて、薄暗い。
苔むした岩が、ゴツゴツと突き出ている。
その隙間を縫うように、さらさらと気持ちよく水が流れていた。
マイナスイオンてやつだろうか。
沢の周囲は、五感に直接響くような、ピリッとした空気が満ちていた。




