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4.5.20 - 空から


 ストームがいつになく、緊張した顔をして森の中を歩いている。


 心配しなくていい。

 決断を促したのはオレだ。

 たとえ、途中で全滅したとしても、ストームにはなんの責任も無い。


「おにいちゃん……」

「どうした。リュウタが怖がってるのか」

「怖いのは、みきだよぅ。リュウタは、行くな、行くなって。そればっかり。みきもだんだん怖くなってきた」


「もう近いのか?」

「風の振動が伝わる。すごい強い風。同じような振動が空からも。それと匂い……気持ち悪い……」

「少し休むか……」


 ストームを呼び止めようと前を向き直した。


――プスッ


 先頭のミラーだ。

 稀に、懲役帰りのヤツも同じ合図を使う。

 声ではなく、口をすぼめて息を吹きつける音。


 ミラーは腰を落とし、手のひらを下に向けてあおいでいた。

 屈めと合図している。


 ミラーは左手でピースサインを作り、自分の目を差してから、その指を前方に向けた。

 指の方向を見ろと合図してる。


 オレの位置からでは、木や草に阻まれてよく見えない


「未希、ここで屈んでいろ。なにかあったら、大声を出せ」

「うん」


 ミラーの方へ、足音をたてないように、ゆっくりと近づく。

 他の連中も、木の陰から半身を出して、ミラーが指し示す方に視線を向けた。


 そこでオレ達が見たもの。


 距離は遠くない。

 百メートルより少し遠いくらいだ。


 鳥……あれは、ワシか?


 翼を広げ、バサバサと地面の落ち葉を巻き上げている。

 色味や、姿かたちは、ワシだ。

 しかし、オレ達が知るワシとは、明らかに異なる特徴があった。


 デカいのだ。

 翼を広げなくても人間並み。

 広げると人間よりも遥かにデカい。


 大きさがわかったのは、そのワシがついばんでるモノ。

 見た目は、プレイヤー。

 しかも十数体。

 森の中に倒れて散乱している。動く人影はひとつも無い。

 その死体に、複数の大きなワシがたかり、そのカラダをついばんでいた。


 ミラーが小さくつぶやいた。

「飯はウィルコープスかよ。まぁたしかに、あいつらにとっちゃ、ちょうどいいエサだな」


 ウィルコープス。

 前のカウントで退場したプレイヤー。魂が抜けたゾンビだ。


「あのバカでかいワシは、なんだ?」

「さぁな。あんなでけぇ鳥、俺の国でも見たことねぇよ」


「私は……見たことがある」

 少し離れたところからカイルが答え、言葉を続けた。


「博物館だがな。

 色は違うが、骨格から復元された姿かたちに酷似している。

 同じ生物であるならば、あの鳥は『ハーストイーグル』だ。翼幅は3メートル前後。

 百年くらい前まで、ニュージーランドに生息していた絶滅種だ」



 ハーストイーグル……


「なんであんなのが存在してるのよ。反則じゃない」

 ソフィアの少し怒気を含んだ声。


「まぁ……不思議なことはねぇだろ。

 だれかが見たことのある動物。

 それが生息してるのがニフィル・ロードだ。

 俺ぁふたつ前のカウントで、ジェヴォーダンの獣と戦ったことがあるぜ」


「それは興味深いので、じっくり話を聞きたいところだが……その前に、あれはどうする?」

 ハーストイーグルから視線を逸らしたカイルが、ストームの方を向いた。


「逃げるにきまってるでしょ。

 あんなのとは戦えないよ。

 ソラにもまだ何羽か飛んでるみたいだし。

 ミラー、方角を教えて。山はハーストイーグルが食事中の方角だよね?」


「ああ、そうだ」

「山を迂回するのに近いのは東と西でどっち?」

「風が乱れて、正確じゃねぇが……西、左だな」

「じゃあ、少し後退しながら、西へ向かおう。まずは西南西。あのワシの群れから距離をとる」

「了解、嬢ちゃん」


 オレ達は、そのまま下がる。未希のところまで戻る。

 そして、ミラーを先頭に、西南西へと進路を変えて、歩き出した。


「……え?」

 ソフィアが幽霊でも見たのかと思うような声を上げた。

 顔を向けているのは南。地面の何かを眼で追いかけていた。


 地面を這っていたのは、巨大な影。


 その影は、ローター音のしない、ヘリのようだった。

 それが、オレ達の足元をすり抜けていった。

 

 頭上の枝が大きくしなると、全身を地面に押さえつけられるような衝撃波。

 それが頭上から襲いかかった。


 だが、それも一瞬だ。

 紙吹雪のように葉が舞い始めると、衝撃波は通り過ぎていった。

 影の行く先で、ドミノ倒しのように樹上の枝がしなり、葉が舞い散っている。


 オレ達は棒立ちで影の動き眼で追った。

 ミラーが声をあげた。

「ったく……今度はなんだよっ」


 ギィィーッと、鼓膜が痺れそうなほどの、甲高い鳴き声があがる。

 ハーストイーグルが群れていた場所から。


 オレ達は、腰をおとしたまま、再びハーストイーグルの場所に視線を向けた。


 甲高い鳴き声は、ハーストイーグルだった。

 2羽のハーストイーグルがバサバサと飛び立ち、何度も甲高い鳴き声をあげる。

 ライブ会場の品の悪いハウリングよりも耳障りな音。それが連続で襲ってくる。


「なんだあれは……博物館でも見たことないぞ……」


 カイルがそうこぼしたのは、そこに襲い掛かった、もう1羽の鳥。


 あれを鳥と言っていいのか……


 それは、ハーストイーグルよりも遥かに巨大な鳥だった。


 鳴き声は、クマのようだった。

 グォッ、グォロッ……と、岩石が転がり落ちるような重低音。


 空飛ぶクマ。いや、それよりも遥かにデカい。

 強いていうなら、翼を生やしたダンプカーだ。


 そして、鳥の乱闘が始まった。

 しかし、決着は数秒でついた。


 巨大な鳥が、1羽のハーストイーグルに空中でのしかかる。

 バキバキと枝を折りながら落下し、そのままハーストイーグルを地面に叩きつけた。


 ハーストイーグルだってデカい。

 しかし、それよりも遥かに巨大なダンプカーの爪の下で、イチゴかベリーのように砕け散っていた。


 オレ達は、その光景に釘付けだった。


 バキンボキンと骨を噛み砕くような音が聞こえる。

 ハーストイーグルは、まだいたはずだが、すでに影も形も見えない。


 視界に残っているのは、散乱するウィルコープスの死体と、1羽の巨大な鳥。


「ミラー……」


「おう……」

「この場を離れよう」

「おう……賛成だ」



 オレ達は、屈んだ体制のまま、その場を離れた。

 木々に隠れて、鳥の様子が見えなくなったあたりで立ち上がり、早歩きで森を進んだ。


 誰もなにも喋らなかった。

 そのまま数分歩いたところで、横を歩いていたストームが口を開いた。


「あの鳥、ゲームでならみたことある」

「ゲームかよ……伝説の鳥かなんかか」


「実在したと言われてる史上最大の鳥。化石も見つかってる」

「なんて鳥だ」


「アルゲンタヴィス」


「ちょっと……ウソでしょ。もう恐竜の親戚じゃないソレ」

 ソフィアの呆れた顔。


 その時だ。


 ソフィアの真後ろに降りてくる黒い影。

 その先から突き出た、ナイフのような鋭い爪。


「……!」


 言葉を出す暇もない。

 オレは、ソフィアの右肩をすり抜けて、右脚を踏み込む。

 サンダーソニアを右腕で引き抜く。


 音もない。

 音よりも速かったかもしれない。

 サンダーソニアの白刃が、ナイフのような爪の根元を通り抜ける。

 鳥の脚らしき何かを斬り落とした。

 その直後に、風の衝撃波。

 地面の木の葉が、扇状に吹き飛ばされた。


 ソフィアが何事かと、首をひねってオレの横顔を眺めている。

 斬り飛ばした、大きな爪がふたつ。

 慣性のまま横を通り過ぎて行く。


 その瞬間は、すべてがスローモーションだった。


 1つは逸れたが、1つがソフィアの左肩に当たった。

 その衝撃で、ソフィアがつんのめるように倒れ込んでいく。


 オレはソフィアを支えようと、重心を変えた。


 だが、動けなかった。

 耳をつんざく甲高い鳴き声。

 その鳴き声が、オレの右耳を直撃した。


 頭が揺れる。

 殴られたわけでも、絞めつけられたわけでもない。

 にもかかわらず、その鳴き声だけで、オレの脳が揺らされる。

 視界が歪む。

 ぐらぐらと平衡感覚を失い地面に片膝が落ちた。


 歪んだ視界のまま、首を回して後ろを見る。

 耳を塞ぐストームとミラー。そしてカイル。

 うつ伏せで倒れこんでいくソフィア。

 リュウタを抱えたまま、両目をぎゅっと閉じて肩をすぼめている未希。


 その先で、ハーストイーグルが木に激突していた。

 襲ってきたのは、ハーストイーグルだった。


 左手で頭を2度叩く。

 歪んでいた視界が、おさまっていく。


 激突したハーストイーグルは、空中で翼をバタつかせたが、そのまま少し先の地面に落下した。

 まだピクピクと痙攣しているが、徐々にそれも緩慢になっていく。


 立ち上がって、ソフィアに駆け寄る。

 意識はあった。

 左肩が切り裂かれていた。

 衣服が裂け、血が溢れ出ている。


 痛みを堪えているのだろう。

 顔をしかめて、呼吸を荒げながら、うめき声を漏らしている。


 ミラーが駆け寄って来る。

 どこからともなく、麻布を出し、ソフィアの肩に押し付けている。


(出血がひでぇ。ログアウトさせよう)


 なんだ……ミラーの声がよく聞こえない。

 そういや、右耳が変だ。


 滝の音がうるさい。

 滝なんて、この近くにあったか。


(おい、ソウジ、聞いてんのか)


 左は聞こえている。

 右は、滝の音しか聞こえない。

 まぁいい、いまはそれどころじゃない。

 オレは、左耳をミラーに向けながら、言葉を返した。


「ああ、すまん。ログアウトって、こんなところでか」


「背負っていきゃいい。ソフィアは今すぐログアウトだ。じゃなきゃ死ぬぞ」

「わかった。ストーム、手を貸してくれ」


 顔を上げてストームを探す。

 ストームは未希に駆け寄っていた。

 俯いている未希の顔を、膝をまげて覗き込んでいる。


(みきさんっ……だいじょうぶ?)


 ストームの声も、滝の音がうるさくて、よく聞こえない。

 未希がどうかしたのか。


 そのとき、ようやく、オレも未希の異変に気が付いた。


 リュウタを大事そうに胸元に抱えた未希。

 未希が呆けた顔で、ストームの顔を見つめ返している。


 未希の両耳から、赤い紐が頬を伝ってが垂れ下がっていた。



 なんだろう。

 あの赤い紐は。



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