4.5.19
翌朝。
キャンプを片付け、オレ達は、森へと入る。
先頭はミラー。
ミラーは、ときどき立ち止まって、木々や地面の影を眺めている。
森の中では、ミラーもペースを合わせてくれているのか。
と思ったら、どうやら違った。
「あん? 影の動きを見てるんだよ。
しばらく見てると影が動くだろ。動いたほうが東だ。
なんだ? ソウジも、森の歩き方ガイドを勉強したいのか?
いいぞ。俺に弟子入りするなら教えてやる」
弟子入りは、ごめんだが、森の歩き方は知っておきたい。
このあいだも、仕事で森の中を彷徨ったばかりだ。
それからは、枝の伸び方や樹皮の色、草の生え方なんかを、ミラーがときおり説明した。
いくつかは覚えたが、大半は反対の耳から抜けていった。
昼頃になると、登り坂が増えた。先へ進むほど傾斜がきつくなっていく。
気温は暑くも寒くもないが、顔や背中が、じっとりと汗ばんでいた。
先頭のミラーが振り返る。
「そろそろ、ひと休みするか」
休むといっても、完全な森の中。
枝や小石をどけて、座れるだけのスペースを作って腰を下ろす。
未希とソフィアは、まだ平然としているが、ストームの顔からはすでに疲労の色が滲んでいた。
これから、さらに傾斜もきつくなるだろうが、がんばってもらうしかない。
未希が、リュウタを地面に降ろし、果物の腸詰めパウチの匂いを嗅がせていた。
拷問でもしているのかと思ったが、違ったようだ。
いくつか持ち替えて、匂いを嗅がせたあと、ミラーに頼んで斧で腸詰めの端を切り落とした。
中から出てきたのは、ぐずぐずになったレモンだ。
未希は、それを乾パンに乗せて、昼食だと言って全員に配った。
真っ先に口に入れたソフィアが恍惚とした表情に変わった。
「もう、なんなのこれ。美味しすぎるわ」
レモンはモツの成分が染み込んだ蜂蜜漬けだ。
要は蜂蜜レモンだ。
午後のための栄養補給としても最適な昼食だった。
それが塗り込むように乾パンにのせられている。
意外なのは、モツ焼きのコクが、甘さと酸味の絶妙な繋ぎ役になっていたことだ。
どことなく、高級感すら感じる風味を醸し出していた。
だが、ちょっと待て。
「未希、もしかしてまた魔法を使っただろ」
「えへへ……リュウタにレモンがどれか教えてもらっちゃった」
まぁいいか……
以前の、強制行軍魔法に比べたら、遙かにマシで合理的だ。
「ねぇ、おにいちゃん」
「うん?」
「リュウタがね、すごい警戒してるの」
「警戒? オオカミの群れでもいるのか?」
「ちがう……みきにも、リュウタにもわからない。でも、すごく大きくて、風が揺れてる」
「なんだ? 恐竜でもいるのか」
「そこまでじゃないかなぁ。でもね、リュウタはそっちに行っちゃダメだって」
「……待て未希。ミラー、ちょっといいか」
「あん? なんだ、どうした」
「未希、もう一度詳しく話せ」
「うんとね、地面の大きな振動は2本脚。
歩くときも常に2本。
それが地面を蹴ると、木が揺れるくらいの風の振動」
話を聞いていたミラーが、ヒゲを掻きながら言った。
「鳥かなんかか? 大きいって、どのくらいだ?」
「う~ん……鳥かなぁ。
鳥にしては、重すぎると思うけど。
……あ、また振動。ドスンて。
振動は、オオカミよりも重くて強い。
今度は脚が4本? じゃなくて2匹かな。
でも人間よりは軽いね……それとね」
「それと?」
「たぶん、ご飯食べてる」
「そいつらも昼飯の最中なのかよ。ヒトじゃねぇんだよな?」
「人間とは違う。それは間違いない」
「リュウタは、怖がってるのか?」
「怖がってるんじゃなくて警戒してる。そっちには行きたくない」
「どっちだ?」
未希が指を差す。
「山の方角だな。どうする?」
ミラーがストームに視線を送った。
「んん……どうしよう」
ストームが困っている。
まぁ、気持ちは分かる。
不穏な場所へ仲間を率いる。
誰かがケガをするかもしれない。死ぬかもしれない。
迫られているのは、そういうたぐいの決断だ。
そんなの、女子高生にできる仕事とは思えない。
だからまぁ、たまには保護者のオレが背中を押してやろう。
「わからないものにビクついても、しょうがない。
行ってから考えたらどうだ?
リュウタのおかげで、なにも知らずに近づく危険は避けられる。警戒しながら近づいて、ヤバそうだったら迂回すればいい」
「……んん。わかった。そうしよう」
ストームが立ち上がる。
「みきさん、リュウタの警戒がマックスになりかけたらすぐに教えて」
「うん」
「ミラーと総司は地上。他は上空を警戒しながら進もう」
「了解」
「んじゃ、このまま山に向かうでいいんだよな?」
ミラーがストームに確認を取る。
「んん。今はとにかく、山を目指す」
「あいよ」
「オケィ、じゃあ出発しましょう」
オレ達は、旅を再開した。
とんでもなく不穏だ。
いったい何が待ち構えているのか。
オレは進めと言ったが、引き返すのが最良だと思っている。
だが、その選択肢を持つのは、おそらくオレだけだろう。
クマやオオカミの群れだというのなら、迂回するのが最善だ。
しかし、待ち受けているのは鳥かもしれないという。
鳥? それが重くて? でも人間よりは軽い?
なにが最善なのか、さっぱりわからない。
それなら、様子を見てからでもいい……と思う。
反対する者は、いなかった。
行きたくないのは、オレとリュウタだけだ。
だったら進むしかないだろう。
山へ。




