4.5.18 - レトルト熟成
歩き続け、陽が沈み始めた頃。
ミラーが設営したと思われる焚火の煙を発見した。
近づくにつれ、眼前のパノラマは森の木々が主体となり、山脈が見えなくなっていた。
焚火に到着すると、枝で組んだ腰の高さほどの物干しのようなものが組まれていた。
そこに、ウサギが3羽、吊るされている。
血抜きをしているようだ。
オレ達が荷物を下ろしていると、ミラーが、薪木を抱えて森の中から姿を現した。
「ようこそ、ホテル・ミラーへ。風呂にするか? 飯にするか?」
「風呂?」
「このまま北に2キロ入ると池があるぞ。行くんならクマに注意しろよ」
いかねーよ……
オレ達は夕食の準備を始めた。
いよいよ、腸詰めのパウチを開封する。
ソフィアとストームが開発した、中世のレトルト食品。
樹脂は軽いが、カチコチになっていて、指で開封できる状態では無かった。
匂いも漏れておらず、完全密閉されている。
ソフィアがナイフを当てて開封を試みようとしたが埒があかない。
見かねたミラーが、パウチの端を斧で斬り落とした。
中から、ドロドロと、酢漬けの玉ねぎとキャベツがこぼれ落ちていく。
玉ねぎもキャベツも、くたくたになっていたが、見た目は美味そうだ。
少し生臭いが、モツ煮独特のコクを帯びた匂いがある。
もしかして、これは、美味いのではないか?
解体した野ウサギの肉と、酢漬けの野菜を煮込んでいく。
ソフィアが味を確認しながら、乾燥豆とハーブを加えていく。
素晴らしくいい匂いだ。
「これ……ヤバイわね」
味を調整しているソフィアが語彙を失っている。
オレ達は、焚火を囲み、固唾を飲んで配膳を待った。
見た目も香りもB級グルメだが、期待値がぐんぐんと上がっていく。
配られたボウルから、まずはキャベツと玉ねぎをスプーンで掬い、口の中へ。
言葉が無い。
しばらく、誰もが沈黙した。
カイルが、オレ達の思いの丈を言語化した。
「コレは……ここまで味わい深い野営料理は、生まれて初めてだ」
煮込む前からくたくたになっていたキャベツの、ザワークラウトのような深いコク。
玉ねぎに染み込んだモツ煮の成分が、ダシとなって分離し、鍋全体に奥行きのある味わいを生み出していた。
どうやら、ソフィアとストームは、とんでもないレトルトパウチを発明したようだ。
数日間、樹脂で密閉された腸詰めの酢漬け。
常温で熟成されたこの保存食は、旨みとコクを封じ込めた、至高の食材へと変貌を遂げていた。
野ウサギの独特の臭みすら、スープのアクセントになっている。
「お口に合うようでよかったけど……足りないわね。もっと食べたいわ」
「おぅ……こりゃ、いくらでも食える」
「んん……食べたい……けどだめだよ、今夜で食糧が無くなっちゃう」
「そうね。美味しすぎる保存食も考え物ね。つぎはもっと不味いものを用意しましょう」
「じゃあ、デザートたべる? 1個くらい、いいでしょ?」
未希が、ストームの信念をぐらつかせた。
「んん。食べたい……じゃなくて、保存状況を確認する……ということで」
まぁ、食べたいよな。オレもだ。
野菜と、果物で分けてあるが、目印を付けているわけでもないので、広げてみないと中身がわからなかった。
未希が掴んで、ミラーが斧で割ったのは、リンゴの蜂蜜漬けだった。
ああ……甘そうだ……オレには無理かもしれない。
パウチの中のリンゴは、キャラメリゼされたような淡い琥珀色に変色していた。
小分けにして、ボウルに乗せていくと、ちょうどヒトクチ分。
鼻に近づけたが、変な匂いはしてこない。
糖分が浮き出た焼きリンゴのような香りだった。
ひとクチ、かじる。
思ったよりも甘くない。
サクッとした歯ごたえ。
そこに溶け込んだ蜂蜜の風味とリンゴの酸味が絶妙だった。
「おいしい!」
未希の満面の笑み。
「もう、どうするのよこれ。余計にもっと食べたくなるじゃない!」
「ダメ……ソフィア、よく考えてみて」
ストームが俯いたまま、ソフィアを制した。
「なによ」
「このパウチの実力はこんなものじゃない。これからもっと美味しくなる」
「え、そ……そうなの?」
「いや、そうかもしれねぇ」
革水筒からワインを煽るミラーが口を挟んだ。
「この旨み、これは熟成だ。だとすると、腐る直前がいちばんうめぇ。いまの段階でコレだぞ。想像もできねぇ……」
ミラーが音をたてて、ワインと一緒に唾を呑み込む。
その後は、誰も言葉を口にしなかった。
今すぐ食べたい欲求。熟成後の味の想像。
おそらく、全員がそれを頭で反芻している。
リュウタだけが、歯が生え始めの口の中で、ウサギの骨をハムハムと転がしていた。
「寝るか」
ミラーが、枝を焚火に投げ込む。
「ん。その前に、明日の予定を組みたいんだけど」
ストームからの隊長らしい発言。
オレも、気になっていたので尋ねた。
「ミラー。森に入ると、山が見えなくなるが、進む方向は大丈夫なのか」
「方角もだいたいわかるし、山の頂上の位置もわかる。問題ねぇよ」
「森の中でもか?」
「逆に聞きてぇんだが、なんで、わかんねぇんだ。山はあんなにでけぇんだぞ」
ソフィアが顔を向ける。
「それって、斜面を登っていけばいいとか? そんな感じかしら?」
「まったく、ほんと都会のお嬢様ってやつぁよ……
まず、風の向き。夜は山から吹いてくる。だからあっちだ」
ミラーが森の奥に顔を振ってから、続けた。
「山の周囲の斜面にも、いろいろある。
足元の斜面が、尾根なのか窪みなのか。
尾根を見つけたら、森だろうがなんだろうが、頂上まで一直線だ。
ほかにも色々あるが……
まぁ、どうしてもわからなかったら、空に向かって叫び声をあげりゃいい。
山がコッチだって教えてくれるよ」
「へぇ、すごいねぇ、ミラーのおじちゃん」
未希が、リュウタに話しかけた。
リュウタはまだ、ウサギの骨に夢中だ。
「リュウタが、もう少し大きけりゃなぁ。山の位置なんて遠吠えで一発だ」
おじちゃんは、ツッコまなくていいのか。
「じゃあ明日は、ある程度見渡せるところまで山に登って、ハンカチの魔法で方角調整。それでいい?」
「いいんじゃない?」
「いいんじゃねぇか?」
「ストームは、まだ若い女性なのに、計画も判断も的確だ。アーネストが、君を指名したのもわかるよ。アメリカ軍に就職しないか?」
「えと……現実世界ではムリ……バーチャルなら考える」
「?」
腹もふくれた。
明日の予定も決まった。
あとは、野営の順番を決めて、寝るだけ。
今夜は、オレとミラーで2番を引き受けた。
森の奥は不気味だが、それにも慣れてしまったな。
さっさと寝よう。




