4.5.13 - 剣と鞘
夕食は、未希とソフィアが腕を振るう。
ミラーやカイルよりも1センチ以上深い足跡を刻みながら背負った生の野菜。
それと、付近で摂れたベリーと木の実を煮込んだシチュー。
デザートで果物も振る舞った。
肉はないが、美味いし、満足だ。
オレの明日の荷物もだいぶ軽くなる。
食事が終わると、ミラーが、腹をポンポンと叩きながら言った。
「このペースなら、明日の夕方には前哨基地に辿り着けるかもしれねぇ」
普段は2泊3日の距離。
明日着くというのは、かなり早い。
「未希とストームは、疲れてないのか?」
「うん、疲れてるけど、そんなでもないよ」
「わたしはヘトヘト。見張りは1番にして」
見張りは3交代に決まった。
1番手は、ストームと未希。
2番手は、オレとカイル。
3番手は、ソフィアとミラー。
カイルが、眠い時間を買って出た。
オレもそれに付き合う。
カイルといえども、1日やそこらの付き合いじゃ信用できない。
だから、とっとと寝ることにした。
重たい荷物を1日中担いでいたおかげで、泥のように、あっという間に眠りに落ちた。
そして、起こされるのもあっという間だった。
10分も寝てないような気がする。
目を開けると、未希が申し訳なさそうに、オレの顔を覗き込んでいた。
「ああ、未希、おはよう。異常は無いか?」
「うん。キャラメルラテの匂い嗅ぎたいのにね」
いや……甘い匂いは、ほどほどにしてくれ……
カラダを起こして、焚火に近づく。
カイルはすでに起きていた。
剣をベルトから外し、手入れをしている。
鞘から抜かれた刀剣を傍らに立て掛け、カイルは鞘の口を下に向けて、上下に揺すっていた。
「なにをしているんだ?」
カイルが顔を上げた。
「君か。鞘の手入れだ」
「鞘? 刀身の手入れはするが。そうか、鞘もか」
「なんだ、手入れをしたことないのか?」
カイルが、呆れた顔をした。
「今すぐ手入れをしろ。剣がダメになるぞ」
それは困る。
「やり方を教えてくれ」
カイルは嫌な顔ひとつせず、オレの素人じみた願いを受け入れた。
サンダーソニアを腰から外して、剣を引き抜く。
そういえば、最近は、引き抜くと「ジャリッ」っという音がしていた。
「おいおい……これはヒドイぞ。君は嫁さんをなんだと思ってるんだ」
「嫁?」
「君は剣と鞘、どちらが重要だと思う」
「そりゃ剣だろ。殺さなきゃ死ぬ」
「それは違う。剣の価値など、鞘に遠く及ばない」
「……?」
「君はなんの為に剣を抜く?
剣を振るえば、誰かを守り、相手を打ち倒すことができる。
それが叶わず運命が尽きることもあるだろう。
しかし、剣術がいかに優れていても、刀身がどれほど研ぎ澄まされていても、鞘が割れたら、再び戦場に立つことはできない。
例えば、花だ。
土と水が無ければ、花はいずれ枯れてしまう。
鞘とは剣にとっての我が家であり、命を研ぎ澄ます場所だ。
剣も鞘も生きている。それを忘れるな。
生きる、生かすということは、あらゆる可能性を「先」へと繋ぐ、唯一の条件だ。
わかるか?」
……わからない。
だが、わからない理由だけは、なんとなくだがわかる。
だから、それをそのまま、カイルに答えた。
「それを理解するには……オレにはまだ、生きた時間が足りていない」
「ッフフ。君は面白いね。ソウジ。まぁ私も、賢者マーリンの受け売りだがな」
カイルが、苦笑いを見せた。
「マーリン? 聞いたことあるな」
「アーサー王に仕えた、偉大な魔術師であり予言者だ」
なんだか、ストームが喜びそうな話だ。
カイルは構わず、話を続けた。
「まずは、鞘を逆さにして、中のゴミを落とせ」
言われたままに、鞘を逆さまにして、ポンポンと鞘口を手の上で叩く。
鞘の中から、小さなゴミがこぼれ落ちていく。
砂や、カビのようなもの。木くずや、毛玉。
こんなに汚れていたのか。
その後、カイルは腰のポーチから、小瓶を取り出して蓋を開けた。
「鞘の中に垂らしておけ」
小瓶の中は油だ。
整備工場の潤滑油のような匂い。
その油を鞘の中へと垂らしていく。
「中に染み込ませておけば、抜き差しする度に、刀身が油でコーティングされる。抜刀速度も速くなる。抜き差しする際の静寂性も向上する」
鞘の内側には、羊毛が張られている。
刀身を傷つけないためだと思っていたが、それだけではなかった。
油を流し込んだ羊毛は、固定されたオイルブラシに変貌していた。
「次は、鞘の表面だ。これを塗り込んでおけ」
「これは?」
黄ばんだクリーム。
なんだこれは……たまらなく臭い。
酸味を含んだ、胸を掻き乱すような脂の匂い。
「獣脂だ。鞘の表面は女性の肌と同じだ。自分の恋人だと思って、毎日のスキンケアを怠るな」
指の腹にクリームを付着させ、革でできた鞘の表面を撫でていった。
こんなに臭いものを、女性の肌に塗り込むのか。
それでも、大まかに塗り込み終わると、なるほど。
カサカサで老人のようだった革の表面が、若々しく瑞々しい艶を帯びていた。
「剣を納めてみろ」
立ち上がって、左手で鞘、右手でサンダーソニアのグリップを掴む。
そして、ゆっくりと、鞘の中に刀身を滑り込ませた。
サンダーソニアは、音も無く、滑るように鞘へとおさまり、ストンと音を立てた。
腰に構えて、もう一度引き抜いてみる。
なるほど……
まったく違う。
ヒュンと、風を切るような音と共に、摩擦を忘れた切っ先が、閃光のように放たれた。
オイルブラシに触れた刀身は、焚火の灯りを切り裂くように輝いていた。
「どうだ。気分がいいだろう?」
カイルの顔がニヤけているのが、見なくてもわかる。
たぶん、オレの顔もニヤけている。
「ああ、最高だ」
「これからは、毎日だ。鞘の手入れを怠るなよ」
オレはまた腰を下ろして、ズタ袋から乾いた麻布を取り出した。
カイルと2人で、真夜中の焚き火を囲む。
その後も、オレとカイルは、静かに剣の柄を磨き続けた。
手入れを終えたサンダーソニアは、整備工場の食堂のような匂いを放っていた。




