4.5.12
噴水広場の街を離れ、川沿いを北東に向かって進んでいる。
先頭を歩くのは、ミラー。
その後ろにソフィア。
未希とストームが続き、オレとカイルは最後尾を歩いている。
カイルは左腰に、革の鞘におさまった細身の剣を吊っている。
珍しいのは柄だった。
オレのサンダーソニアのような十字のクロスガードではない。
グリップを覆うような、湾曲したナックルガードで覆われている。
「気になるか?」
ナックルガードを眺めていたオレに、カイルが声をかけた。
「ああ、見たことのない剣だ」
「バックソードと言ってな、イングランドでは普通の剣だ。持ってる者も大勢いるよ」
「それで殴るだけでも痛そうだな」
「フフフ、ヒルトのことかな」
「ヒルト?」
「バスケット・ヒルトと言ってね、盾の代わりだと思ってくれていい」
カイルが左手で、ナックルガードに触れながら、言葉を続けた。
「まぁ……これで殴ることもあるが、ヒルトを血で汚すと手入れが大変なんだよ。そんな使い方はしたくないな」
カイルも剣を大切にしているのだろう。
鞘も、グリップも。そのヒルトとかいうゴツい鉄拳も、日差しをキラキラと反射させている。
片腕とは言え、剣の技術も相当に優れているのかもしれない。
「君は、日本人か?」
「ああ、そうだが」
「そうか。日本人とはさんざん殺し合ったが、こうして会話をするのは始めてだ」
「殺し合った?」
「うん? 戦争していただろう。私はほとんどが東部の戦線だったが、終戦間際では太平洋で戦っていたよ」
「……そうか」
「恐ろしい相手だった。次から次へと命を賭して襲ってくる。あれは悪夢だ」
「オレは、違う時代の人間だ。今は日本もアメリカも、仲良くしているよ」
「そうなのか……それは良かった。本当に良かった。同胞の魂も報われる。私も……」
「そうだな……」
「君を見ていればよくわかる。私達はきっと、いい友達なのだろうな。私もその時代に生まれたかった」
何も言い返せない。
オレは、たぶん、なにも知らない。
知らなすぎる。
カイルとは、そのまま無言で歩いた。
昼頃に、短時間の休息。
軽い昼食を済ませて旅を再開した。
川沿いをひたすら歩き、夕方に差しかかろうとした頃、森の手前で野営の準備を始めた。
薪木を両手に抱えながら、ミラーが未希に言葉をかけた。
「なぁ、ミキの嬢ちゃん。オオカミはもう出ねぇよな?」
「うん? わかんない。どうだろうね?」
「おいおい……リュウタに聞いてみてくれよ。もういやだぜ、オオカミに追いまわされるのは」
「リュウタ。オオカミいる?」
リュウタは、未希の顔を眺めながら、首をかしげた。
「リュウタにもわかんないって」
「……いや、もっとこう、魔法的なやつでお願いしたいんだが」
ミラーが言っているのは、リュウタと未希の意識を同調させる魔法のことだろう。
「やってもいいけど、もう3回目だよ、いいのかな」
いつの間にか、近づいていたストームが、間に割って入った。
「ダメ。温存。でも、オオカミはイヤだから、警戒魔法はかけておきたいね」
「じゃあ、どんなのにする?」
鍋をかき回していたソフィアも、話に混ざる。
「私が砂を撒いて、警報装置にしてもいいわよ?」
「ソフィアもダメ。戦闘用にいつでも温存しといて。ここはわたしがやる」
ストームが、焚火に近づいた。
「ちょっと、みんな、1回焚火にあつまって」
「え?」
ソフィアが、鍋の手を止めて、パンパンと叩いた。
「ちょっと、ストーム隊長の集合命令よ。ほらっ駆け足」
「へいへい」
ミラーがガサガサと抱えている薪木を零しながら、焚火に駆け寄る。
カイルも、立ち上がって焚火に近寄った。
ストームが焚火に向かって、魔法を唱える。
――ストームの魔法。
この野営地に対する敵意の意思を観測する。
その検知をトリガーとする。
焚火から発生する煙の嗅覚情報を、
私の記憶にあるキャラメルラテの香りへと置換する。
焚火の煙が歪みだしたが、数秒でおさまった。
それ以外に、なにも変化はない。
「終わったのか?」
「テストしたいんだけど……ソフィア、ミラーに敵意を向けてみて」
「え、私? いいわよ」
ソフィアが立ち上がって、ミラーを睨む。
左手を腰にあて、右手でミラーを指差した。
「あんた、臭いのよ。ブタ小屋より酷いわ。最後にお風呂入ったのいつ? ねぇ? あんまり近づかないでほしいのだけど?」
「……っ」
ミラーの顔が青ざめていく。
抱えていた薪木を地面にぶちまけながら、両ひざが地面に崩れ落ちた。
「ひでぇ……」
最初にリュウタが、煙の方へ鼻を伸ばし、クンクンと匂いを嗅ぎだした。
「あ……甘い匂い」
未希も煙の匂いを嗅ぎ始めた。
野営地の匂いが変わった。
駅前にあるコーヒー屋のキャラメルラテの匂いで充満していた。
未希は、喜んでいるようだが、オレは甘い匂いは、苦手だ。
「ほんと……甘いけど、都会の匂いだわ。仕事しなきゃって気になるのは私だけ?」
戦場を生き抜いてきたのであろうカイルは、呆れていた。
「いやぁ、面白い魔法だな。且つて、これほど緊張感に欠ける警報は見たことも聞いたこともない」
「あんまり嗅がないほうがいいよ。匂いが違うだけで、成分は煙だからね」
匂いは、すぐに元の煙に戻った。
「ソフィアの敵意がなくなったから、匂いも戻ったね。じゃあもう、ケンカは禁止」
「俺の上等な香水の価値もわからねぇなんて、だから都会のオンナは、軟弱なんだ」
「あらぁ……ごめんなさいねミラー、あれは冗談よ?」
ストームが、いつもの小声で、ボソボソと日本語で呟いた。
(……いや……明確な敵意。だから反応した)
オオカミより先に、キャラメルラテの匂いに襲われるのか。
どちらも来ないでほしい。
まぁ、とにかくこれで、今夜の野営は安心だ。




