4.5.11
翌朝。
というよりも、まだ真夜中だった。
最初に起きたのはオレ。
あとから、未希とソフィアが、会議室に現れた。
未希は、リュウタを抱っこしている。
まだ、綿アメのように小さなオオカミだ。
「おにいちゃん、おはよう」
「ああ。おはよう。リュウタも連れて行くのか」
「うん、もしかしたら、鼻とか役に立つかもしれないじゃん?」
そうかもしれないが……
オレには、扱いに困る荷物が増えたようにしか見えない。
リュウタの首の下。
三日月の形をした木製のアクセサリが揺れている。
「もしかして、これがリュウタの首輪か」
不恰好な三日月。
「う……うん」
「オオカミの形はどうした」
「あのね。途中で、キバに変更したの」
作れなかった。
いや……失敗したのか。
そもそも、未希の手先が器用だなんて話、聞いたことが無い。
大きさは、万年筆のキャップほど。
遠目には、萎びた木片。近づくと不恰好な三日月。
キバと言われれば、キバに見えなくもない。
触れてみると、先端は尖っておらず、丸みがある。
それが、首にぐるぐると巻きつけた革紐の下に、ぶら下がっていた。
首輪と言っても、サイズはオレの腕輪にも満たない。
まぁ……ヘタに意匠を凝らすよりも、頑丈そうだな。
「そうか。いいんじゃないか」
「えへへ……」
しばらくすると、髪がボサボサなストームが階段を下ってくる。
揃ったところで、パンとお茶だけの軽い朝食を済ませ、旅の支度を始めた。
革水筒を腰に提げ、火打石のポーチをベルトに結ぶ。
そのポーチにストームカレンダーも入れておく。
カレンダーの日付は「19」
マントを羽織り、荷物を背負う。
無論、オレの荷物は、最も重い。
コメ袋のような革袋。20キロはあるんじゃなかろうか。
もわっと、酢にまみれた、ヌカ床のような匂いが、背中から漂ってくる。
なるほど。
マントは、こうやって臭くなっていくのか。
最近は、マントの匂いこそが、一流の証明だと思い始めている。
最後に、互いの装備と荷物を確認しあう。
リュウタは未希が抱っこしている。
すべての確認を済ませ、オレ達はストームの家を出た。
いまだ、朝陽は顔を出していなかった。
噴水広場に辿り着くころ、ようやく、東の空が白み始める。
オレ達以外、誰も居ない。
ひとまず荷物を下ろす。
「呼びにいってくるね」
ストームが、アーネストの酒場の方へと歩き出していく。
「私も一緒に行くわ」
それを、ソフィアが追いかける。
オレと未希は、噴水の縁に腰を下ろした。
言葉も交わさず、じりじりと浸食していく、曙の空を眺めた。
風もなく、噴水から流れる水の音しか聞こえない。
目を閉じれば、暗闇に戻る。
すぐ隣に、未希が座っているのに、オレだけが、とり残されていくような空間。
いつもと変わらない、オレだけの静かな時間が流れていた。
オレだけの……違う、これは……
「よう、おふたりさん」
静寂を破ったのは、図太い男の声。
目を開けると、スコットランド人の男。
あいかわらずのヒゲヅラ。
ミラーだった。
からかうような顔のミラー。
「なんだ……邪魔したか?」
未希が、口をすぼめる。
「むぅ……邪魔した」
「ダッハハ。すまねぇ、クセだ」
おまえ、最初に会ったときは、もっと無口だったよな。
ミラーに尋ねた。
「なんだよ、なんの用だ?」
「ひでぇ言いぐさだなぁソウジ。俺が用心棒でついて行ってやろうってのによ」
「……え?」
「どっか行くんだろ? どこだか知らねぇけど。俺も行くんだよ。おまえらだけじゃ心配だからな。しばらくは、おまえら専属のガイドだ」
少し呆けた。
「わぁ! 本当? 隊長さんが頼んでくれたの?」
未希が喜んでいる。
「あぁ、まぁそんなとこだ。よろしくたのむぜ。ミキの嬢ちゃん」
「うん!」
旅の不安と胸のつかえが、カラダの中から抜け出ていった。
正直、オレもありがたい。
ミラーが加われば、旅の憂いはなくなる。
それにしても、ずいぶん軽装だ。
本当に大丈夫なのか。
「あ、ストームとソフィアが戻ってきたよ」
未希の言葉で振り向く。
こちらに向かってくるストームとソフィア。
その後ろに、カイルとアーネスト。
いつも通り、無表情のアーネストが、オレを無視してミラーに歩み寄った。
ブツブツと、ふたりで、なにか会話をしている。
とにかく、旅のメンバーが決まった。
オレと未希、ストーム、ソフィア。
そして、ミラーと依頼主のカイル。
総勢6名。
ああ、それとリュウタもいたな。
小さなオオカミも追加だ。
アーネストは、さすがについてこない。
他にやることが、大量にあるらしい。
カイルが、オレ達に向かって口を開く。
「それでは、皆さん、今日からよろしく頼みます」
未希とソフィアが、大きく頷く。
「んん。出発しよう。まずは前哨基地へ」
ストームが、号令をかけた。
日本社会ではオタクでネクラで、一日中パソコンに齧りついている高校3年生。
「了解っ」
未希やソフィアはもちろん、ミラーもカイルの号令に応えた。
なんとも、奇妙に感じた光景だった。
歩き始めた先で、太陽がようやく顔を出し始めていた。
何の気なし、振り向くと、アーネストは直立し、敬礼をしている。
オレの視線に気が付くと、その手を突き出すように振り下ろし、背中を向けて立ち去っていった。
まずは前哨基地へ。
オレ達の2回目の旅が、始まってしまった。




