4.5.6
おやしろに着くと、オレはベッドに倒れ込んだ。
寝心地が良いかといえば、そうでもない。
柔らかすぎて、朝起きるとカラダが痛くなる。
あと、カビ臭い。
それでも、独りは落ち着く。
辺りは静かで、なんの音も聞こえてこない。
頭を空っぽにして、微かに見える天井の板を見つめる。
酒場にも顔を出したいが、その時間がなかなか作れない。
現実世界では、けっこう暇なのに、ニフィル・ロードでは毎日忙しい。
そういや、ルシアに寿司屋のリストを送ってないな……
気が付くと、翌朝。
ベッドから下りて、コイン袋を掴む。
たまには村に顔を出すかと、工房を抜けて、おやしろの外に出た。
朝陽はまだ昇ったばかりで、薄暗い。
カラダを伸ばしてから、ポーチを出て、酒場の方へと向かう。
村の中心に近づくにつれて、村特有の異臭が漂う。
ずいぶん久しぶりだ。
何日ぶりだろうか。
いや……違うな。
ニフィル・ロードとしては、十数日ぶりだが、記憶の圧縮か。
薄れかけた記憶は、数年前のことのように劣化していた。
酒場に近づくと、ハンマーで何かを叩く音。
マスターがテーブルにハンマーを振り下ろしていた。
オレに気が付いたマスターが、手を止める。
「酔っ払いがな、テーブルぶっこわしやがったんだ」
「……それで、朝っぱらから大工仕事か。精が出るな」
「チッ……」
舌打ちをして、またハンマーでテーブルを叩き始める。
クマがハンマーでテーブルをぶっ叩いている。
見た目にはどこも壊れているように見えないが、テーブルの足の色が違っていた。
「どうした? なんか用か? 暫く顔も見せねぇで」
「腹が減ってな。まだ営業してないのか?」
「こんな時間に店開けてるわけねぇだろが」
マスターがハンマーをテーブルの上に放り投げると、背中を向けて店の中に消えた。
「おい、ヒミコぉ」
店の中から、マスターとヒミコの話し声。
しばらくすると、ヒミコが顔を出した。
「ソウジじゃん。いらっしゃい。久しぶりだね」
手には、ジョッキと、黒パンの乗った木皿。
それを修理途中のテーブルの上に置いた。
「昨日のエールの残りとぉ、昨日のパンの残り」
「ありがとう、いくらだ?」
「最近ちっとも来てくれない常連さんへのサービス。明日もまた来てね」
明日は無理そうだが、何も言わずに、ベンチに腰を下ろす。
珍しくヒミコも、テーブルを挟んで向かいに座った。
「ずいぶん酷い格好ねぇ。ビリビリじゃないその服」
ヒミコは、テーブルに両肘を突き、手のひらに顔を乗せてこちらを向いている。
「今日買うんだよ。この村には、服屋は無いのか?」
ジョッキのエールを喉に流し込む。
常温で放置し続けた食パンの耳のような風味。
温くて、雑味と酸味だけが際立っている。
このエールは、慣れてても不味い。
……にもかかわらず、ホッとする。
「肌着くらいなら雑貨屋に置いてあるかもだけど、旅用の服は無いかな。そういうのみんな自分で作るし」
「そうか」
「あ、でも、うちに少しあるかも? 聞いてみようか」
「ん? マスターの古着か? クマ用の服は、オレには合わないぞ」
「あはは。ちがうよ。飲み代が払えなくて、ツケの代わりに没収したやつ。お金と交換できるなら、お父さんも喜ぶよ」
「ああ、それなら少し興味があるな」
ヒミコが立ち上がりながら言った。
「じゃあ、まってて、お父さんに聞いてくる」
オレの返事も待たずに、店の中へと消えた。
黒パンには、コチコチのベーコンが挟んであった。
パンもベーコンも、ベニヤ板かと思うくらい固いが、何度も噛んでいると、パンの甘みが染み出してくる。
ふと、村の通りに視線を流す。
まだまだ、夜明けの途中で、誰も歩いていない。
黒パンを、ようやく噛み砕いた頃、そのパンと似たような色の毛皮を持ったマスターが店から現れた。
「肌着と、ベストだ。これでいいか?」
袖は無いが、毛皮のついた革のベスト。
ボタンの代わりに、紐が4つ付いている。
触れてみると、毛皮も、革も良い手触りだった。
ホコリくさいが、悪くない。
現実世界のアンティークショップで買ったら、数万円はするだろう。
それと、長袖の肌着。手触りは亜麻だな。
少し硬いが、肌ざわりは悪くなさそうだ。
買おう。
コイン袋から、銀貨を1枚。
それをマスターに見せる。
「これでいいか?」
「ツリは出ねぇぞ」
「次回のツケに回してくれ」
「……まぁいいだろう」
銀貨を受け取ったマスターが、店の中へ消えた。
オレはその場で着替えることにした。
あちこちが破けた、袖なしガウンと、麻布のチュニックを脱ぎ捨てる。
たった今、マスターから買った、肌着とベストに腕を通す。
胸元から腹にかけて、ベストの紐を結んでいく。
少し大きいが、問題ない。
酒場で、服を買うなんて、なかなかできない体験だ。
「やっぱソウジって……」
いつの間にか、ヒミコが店の入り口に立っていた。
「顔は悪党だけど、イケメンだよね。盗賊のおかしらファッションも、似合ってるよ」
「うるせぇ……」
テーブルの上に、脱ぎ散らかされている、破けたガウンと肌着。
「ヒミコ。これ、捨てといてくれ」
「えー、捨てるなんてもったいないよ。これ買ったとき高かったでしょ? 修理しておくよ」
「そうか。なら次来るとき……いや、ヒミコにやるよ。捨てるなり修理するなり、好きにしろ」
「えーっいいの。男物だけど、私でも着れそう。ありがとう、ソウジっ」
そういやこの服は、スピカの街でアルクの奢りで買ったんだったな。
村人からしたら、都会の高級品なのかもな。
アルクとも、暫く会ってないが、どうしてるんだろうな……
別に、どうでもいいか。
まぁしかし。
ストームも、未希も、メモリアの物資をエレメント・ノードに持ち込んでるんだよな。
おそらく、アーネストの酒なんかもそうだろう。
オレも、そういうのを考えたほうがいいのだろうか。
この村じゃ、わざわざエレメント・ノードに持ち込むような特産品は何も無い。
スピカなら武器に食糧、家具でもなんでも、いろいろと揃えられる。
いや……
それも、どうでもいいか。




