4.5.4
ストームは、テーブルに視線を落として、黙り込んだままだ。
未希も、ソフィアも、その様子を静かに眺めている。
だれも何も言わず、ただ時間だけが過ぎていた。
「ソウジ。ちょっといいか」
いつの間にか、店の入り口に立っていたアーネストがオレを呼んだ。
立ち上がって、アーネストに近寄る。
アーネストは、そのまま店の外に出た。
オレも、その後をついていく。
外は、すっかり夜だった。
ニフィル・ロードの夜は、不思議なほど無臭だ。
強いていえば、アーネストの体臭。
エンピツの芯の先のような匂いが、アーネストが歩いた後ろに漂っている。
入り口から離れたところで、アーネストが振り向いた。
「見つかるか、見つからないかはどうでもいい」
「ん? どういうことだ?」
「もし魔法が失敗して、なにも情報が得られなくても、『このエレメント・ノードにはいない』と、そう答えてくれればいい」
「なぜ?」
「カイルは、1950年。私より2年早くログインしている。事故のことは、大きく報道されていたから、私もよく知っている」
「それは……どういう」
「墜落した飛行機は、まだ発見されていない。
カイルだけでなく、全ての乗員が、いまだに行方不明だ。
なにも見つかっていないのだから、生きている可能性もゼロではない。
だが、墜落したのは極寒のアラスカだ。可能性は、ほぼゼロだ」
アーネストが、オレに背中を向けて、短いため息を吐いた。
「ログアウトしたら、カイルも死ぬ。おそらく妻と息子も死んでいる」
「……そうか」
「カイルに、心残りを持たせたくない。何も情報が得られないとしても、ウソで構わない。可能性を残すより、終わりを与えてやってほしい」
「どうかな……それは無理かもしれない」
「そうか。ウソはつけないか? おまえなら簡単だろう?」
「そうじゃない。未希もストームも、見つけ出すまで、何でも、何度でもやるさ。ここで見つからなきゃ、ログアウトして飛行機を探しにアラスカまで行くだろうよ」
「フフッ……そうか」
「話はそれだけか」
「ああ……以上だ」
振り向いて、酒場の入り口に向かって歩く。
背後で、アーネストが振り向く気配がした。
「ソウジ、頼んだぞ」
オレは、右手をあげて後ろのアーネストに軽く手を振っただけ。
そのまま店の中へ。
テーブルに戻り、椅子に座る。
目の前に、カイルが座っている。
この男の残りの寿命なんて、知ったことかと、心の中で呟いてみたが、収まりが悪い。
胸の奥が、重たい毛布で押さえつけられているような、そんな胸苦しさが滞留している。
なんだろうな……これは。
深呼吸をひとつして、肺の空気を軽くしてから、話し合いをしているストーム達の方へ顔を向けた。
「作戦はできたか?」
「んん、だいたい決まった」
「どうするんだ?」
「いまからやってみる。ちなみに今回は、わたしの出番無し」
言い終わると、ストームが、立ち上がる。
「カイルさん、ハンカチ借りていい?」
「ああ、よろしく頼むよ」
ストームが、カイルからハンカチを受け取る。
「ありがとう。破いたり、汚したりしないから、安心して」
カイルが、ゆっくりと頷く。
「ソフィア」
「オーケイ」
ストームが折りたたまれていたハンカチを広げた。
ソフィアが手を広げ、ストームがその手にハンカチを被せる。
ソフィアが目を閉じた。
まずは、ソフィアの魔法。
『ハンカチに付着した、人体を起源とする粒子だけを切り離す』
……ハンカチが歪む。
布地の数センチ上に、うっすらと光の粒が舞い上がった。
砂よりも、埃よりも小さな粒。
それが無数に浮かび上がると、音も無く中央に集まり渦を形成した。
それはさながら、銀河のように光り輝いていた。
ソフィアは、その状態のままのハンカチを、ゆっくりと自分の手からテーブルの上に移し広げた。
テーブルのハンカチに、ホログラムで投影されたかのような、光の銀河が渦を巻いていた。
「みきさん、いい?」
「うん」
未希が、ハンカチに向かって姿勢を整える。
両手を胸の前で結び、祈るような姿勢で、目を閉じた。
『家族が再び出会える道を示して』
未希は今、どんな思いでその魔法を唱えているんだろう。
その道を、だれよりも欲しているのは、未希本人だ。
未希の思いが、ハンカチの上の小さな銀河に流し込まれて行く。
光の渦が歪んで見える。
渦のあちこちから音も無く、光の流れが起こり始めた。
その流れは、ふたつ。
ひとつは、カイルの方へ。
もうひとつは誰もいない方へ……いや、これは……
渦の裾を掴むように、ゆらゆらと後を追いかける、ほんの小さな渦。
目を逸らせば、見失ってしまいそうなほどの、小さな渦だった。
分離したそれぞれの光の渦は、ハンカチの端に辿り着くと、そこに留まった。
カイルは、震えながら手を伸ばそうとした。
伸ばす先は、寄り添うように連なった、ひと組みの渦。
しかしその手は、躊躇い、動きをとめ、そのまま自分の顔を覆ってしまった。
「エマ……ああ……リアムも…………ママと一緒にいるんだね」
ストームがカイルの後ろに回り込み、そっと背中に手を添えた。
「ログインしてたね。奥さんも……息子さんも」
「ああ……ああっ……そうだな。また逢えるんだな」
嗚咽を漏らしながら、鼻をすするカイル。
口元には笑み。目には涙。
ソフィアと未希が生み出した、小さな銀河は、絶望の先にあった希望の光となって、瞬いていた。
「じゃあ、行きましょうか探しに。ねぇ、ミキ。この方角にいるんでしょ?」
「うん……グスっ」
「ミキ?」
未希は、魔法をかけた祈りの態勢のまま、両目から大粒の涙を零していた。
「ごめん……なんでもない」
「みきさん……」
「ちがうの、悲しいんじゃなくて、嬉しいの。今の魔法はね……未希のママが手伝ってくれたの」
未希の涙が止まらない。
「いまね、未希のママがね。すぐ近くに、ママがいた気がした」
未希の声が、震えながら萎んでいく。
震えたままの唇で、また何かを言おうと開きかけると、噴き出したのは、悲鳴のような泣き声だった。
ソフィアが、崩れ落ちそうな未希に両腕を伸ばし、抱き寄せた。
「よかったね。よかったねぇ、ミキ」
ソフィアも目に涙をためながら、未希を強く抱きしめている。
なんだか、不思議な光景だった。
全然違うジグソーパズルが、右側と左側で綺麗に嵌ってしまったかのような。
未希も、ソフィアも違う絵なのに、ズレも無く、ピタリと融合している。
ふたりの姿は、姉と妹というより。
母と娘のようだった。




