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4.5.3


 ギシギシと音を立てて、アーネストが階段を降りる。


 オレ達には目もくれず、ソファーに座る男へと歩み寄る。

 手振りだけで、なにかの合図を交わすと、ソファーの男が立ち上がり、オレ達のテーブルへと歩み寄った。


 男は、オレに左手を差し出して、口を開く。


「左手ですまない。カイル・ロバートだ」


 これは、握手を求められているのか。

 たぶんそうだよな。


 オレも立ち上がって、左手を伸ばす。

 カイルと名乗った男が、オレの手を掴んだ。


 その時、初めて気が付いた。

 軍服の右腕の袖がよれて、フラフラと垂れ下がっていた。


 カイル・ロバートには、右腕が無かった。


 そのまま、次は、ソフィア。

 遅れて、未希とストームも立ち上がり、握手を交わす。

 女性に対しては、強く握らず、指の部分だけを軽く掴んで少し持ち上げる。


 男の仕草から、洗練された雰囲気を感じる。

 そのまま手の甲にキスをするかのような握手。

 もっと昔なら、そうしていたのだろうか。


「まぁ、座ってくれ」


 その言葉で、テーブルを囲んで腰を下ろす。

 座れと言ったアーネストだけが、座らずに、言葉を続けた。


「今回は、私ではなく、カイルからの依頼だ。詳しい話は彼から聞いてくれ」


 アーネストほどではないが、カイルの表情も薄い。

 ヒゲがずいぶん伸びていて、もみあげから口の周りまで、びっしりと黒ずんでいる。

 その口が、もぞもぞと動く。


「報酬は、多くは払えないが、やってくれるか?」


 カイルは、オレに話しかけているようだ。

 隣に座っていた、ストームが指でオレの脇腹を突いた。

 ここの対話は、オレの仕事か。


「内容による。何をしてほしい」


 カイルは下を向いて、テーブルを見つめてから、また顔を上げる。


「妻と、息子を探してほしい」

「この世界でか? どこを探せばいい?」

「分からない」

「分からない? どういうことだ?」


「少し長い話になるが……」


 と、前置きして、カイルは話し始めた。


「ログインする前……私は、飛行機に乗っていてね。

 ダグラスC54という航空機で、アンカレッジから、モンタナへ向かって飛んでいた。

 軍の機密なので、詳しくは話せないが、妻と息子も、同じ飛行機に乗っていた」



 いつの間にかフロアに戻っていた女性が、テーブルに湯気の立つコップを並べていく。

 カイルは気にせず、話を続けた。


「途中で、なにかのトラブルで急降下を始めたんだ。

 座席に押さえつけられたまま、飛ばされそうなくらいの降下だったよ。

 私以外にも30人くらい乗ってたんだが、みんな悲鳴を上げていた。

 頭に浮かんだのは、ああ、墜落するんだ、死ぬのかって、それだけだったよ」



 カイルがコップを手に取り、ひと口含む。


「それでも態勢を立て直したのか、落ちる感覚が少し和らいだんだけどね。

 身動きが取れるほどじゃなかったよ。


 それから大きな衝突音と、強い衝撃。

 機体が折れたのか、裂けたのか。凄い音を立てて水が流れ込んできた。

 勢いが強すぎて、なにもできないまま、水の中に沈んでしまった。

 塩辛かったから、海水だな。

 心臓が止まりそうなほど、冷たい海水だった。


 真っ暗で、呼吸もできない。

 妻と子供を探したかったけど、どこにいるかもわからない。


 間違いなく死ぬと思った。

 絶望的な状況だったけど、なにかできないかと、夢中でもがいた。

 その時、手に触れ掴んだのが、幸運なのか運命か、ログインデバイスだった。


 真っ暗な水の中で、デバイスの文字だけが、緑色に光ってたよ。

 右手で文字に触れようとしたんだけど、さっきまで、椅子か何かを掴んでいたはずの右腕が、どこにも無かった。

 しかたないから、親指で文字に触れて、ログインしたのさ」



 まるで映画のような話。

 想像はできるが、ピンとこない。


 聞いていいのか分からないが、カイルはおそらく、質問を待っている。

 だから尋ねた。


「それで、奥さんと子供は?」


「分からない。

 私だけ、少し離れた場所に座っていたから、どうにもならなかった。

 でも、妻もログインデバイスを持っている。

 もしかしたら……私と同じように、ニフィル・ロードに逃れているんじゃないかと思ってね」



 この男の、僅かな希望に縋るような話。

 整理するのに時間が必要だった。

 どこを、どうしたらいいのか。


 オレはテーブルに視線を落として、コップを掴んだ。

 鼻に近づけると、酒ではないが、どことなく、スコッチのような香り。

 口に含むと、アルコールの入っていない木炭のような風味と、薬のような苦味。

 それでも少し落ち着いたので、質問を続ける。

 聞きたいことは色々あるが、まずはコレだ。


「この世界に存在するのかどうかもわからない人物を、どうやって探すんだ?」


「……そこで、君たちだ」

 アーネストが口を挟む。

 オレ達は一斉にアーネストの顔を見上げた。


「カイル」

 アーネストに促されたカイルが、制服の胸ポケットから1枚のハンカチを取り出した。


 少しくすんだ、白いハンカチ。

 折りたたまれた表面の端に、花柄の刺繍が縫い込まれていた。

 赤と緑でかたどられた、子供が描いたような絵柄。

 その下に青く、文字のような線。

 『Kyle』


「この刺繍は、妻が縫い込んでくれたものでね……

 見ての通り、ただのハンカチだけど、妻の温もりを今でも感じるよ」


「それで、探せと?」


「そうだ。できないか? エレメント・ノードにログインしているのかどうか、それが分かるだけでも構わない」


 オレは、未希に顔を向けた。

 お茶を啜って、苦い顔を作っている。

 ソフィアとストームは、真剣に、ハンカチに視線を向けていた。


「できる? ソフィア」

「うん……私ひとりじゃ無理よ。でもまた3人なら」


「ハンカチにはたぶん、匂いと汗、皮脂も残ってるよね。それをソフィアが分解して、わたしがベクトルを持たせて……」

「そうね。最後は、ミキ」


 ソフィアとストームが、未希の顔を覗き込んだ。

「ん? なぁに?」


「……おい、未希、話聞いてたか」

「えへへ、うん、聞いてるよ。でも……こういう話、苦手」


 そうか。そうだな。


 ストームが、右手を顎にあてて、テーブルに視線を落とした。

「やるだけ、やってみようよ。ログインしてるかどうかくらいなら、解るかもしれない」

「そうね、なんだか……私にとっては、他人事じゃないわ」

「んん?」

「ああ、いいのよ、気にしないで。で、どうする?」


「設計する。ちょっと待って」


 ストームは、そのまま黙り込んだ。

 視線はテーブルだが、たぶんテーブルは見ていない。

 その空間にノートでも浮かべて、何かを書き込んでいるのだろう。



 アーネストが、オレに尋ねた。

「やれそうか?」

「どうだろうな」


「カイルは、私の親友だ。私からもよろしく頼む」


 こいつ……友達いたのか。



 オレには、いないのに。



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