3.2.03
飯を喰い終わり、会計を済ませてから、2人でファミレスを出る。
時計を見ると、19時を少し過ぎたところだった。
夜と言うにはまだ早いが。
まゆは眠そうだ。今日はここで別れることにした。
まともに寝たのは、おそらく24時間以上前だろう。
タクシー代だと言って、5千円渡そうとすると、まゆに突き返された。
なぜだと聞いたら、昨日すでに達郎から3万円受け取っているという。
「それじゃあ……おやすみ」
と言って、まゆは、雑踏に消えた。
3万円は、昨日達郎に渡した情報料の全額だ。
タバコを出して火を付ける。
近いうちに、達郎にメシでも奢ってやろうと考えながらスマホを取り出す。
それから母にコールしたが、電波が届かないと戻された。
未希の様子はどうだと、メッセージしようと考えたがヤメた。
タバコをもみ消してから、通りかかるタクシーを捕まえる。
カネも無いのでオレもアパートに戻ろう。
アパートに戻ると、郵便受けに「A4厚紙封筒」が刺さっていた。
中身は、スマートキーと1枚の地図、それともう1枚の紙。
仕事の依頼だった。
アパートの部屋に入り、書類を確認する。
作業時間は、明日の夕方17時から深夜まで。
紙には1行、「駐車場から、パンダを見物しろ」とある。
車の中から監視して、パトカーが来たら連絡しろということだろうか。
まぁ、明日、行けばわかる。
そのあと部屋で、ぼけっとしていると、母親からメッセージが届いた。
『未希ちゃんは無事です。2~3日で目を覚ますそうです』
未希の無事という連絡。
続けざまに、またメッセージ。
『お医者さんが言うには、脳疲労による意識障害だそうです』
返事はせず、スマホを充電器に差して床に放り投げる。
呑みにでも行こうかと思ったがカネは少ない。
寝るだけの部屋には、暇を潰せるものは、布団以外に何もない。
このアパートの一室は、仕事の雇用主から与えられている部屋だ。
キッチンとトイレは有るが風呂無し。
家賃は4万かそこらだろうが、オレは払っておらず、この部屋の名義も知らない。
借主が実在するのかどうかも怪しい。
……まぁ、知ったところで意味はない。
この部屋は会社の寮みたいなもんだ。
敷きっぱなしの布団に横になる。
ポケットの固い感触を覚え、それを取り出した。
ベンツと交換できるかもしれない価値を持つ、ニフィル・ロードへのログインデバイス。
それも2台。
オレはそれを布団の下に仕舞い込む。
カラダは疲れていないが、今夜も精神が異様に疲れていた。
ふいに、ニフィル・ロードの藁敷きのベッドを思い出す。
ニフィル・ロードの3日間に、1ヶ月くらいの重みを感じる。
妖精に囲まれ、クマと戦い、オレを殺した男と再会した。
おまけに、部屋に中に2日間行方不明だった未希が現れた。
あり得ないことだらけだ。
仕事のほうが、よほど楽だな……
やることが無いので目を閉じる。
……
翌朝。
地図を折り畳み、スマートキーと一緒にポケットに仕舞う。
スマホを充電器から引き抜いて、布団の端に視線を向ける。
ログインデバイスはどうしようか……
仕事場には持っていきたくない。
可能性は低いが、警察に連行されるのもゼロじゃない。
部屋を見渡す。
床に落ちていたコンビニ袋を拾い、そこにデバイスを入れた。
そしてコンビニ袋ごと、冷蔵庫を開けて中に放り込む。
コンビニ袋には、メロンパンも入っている。
念のため、まゆにメッセージを送る。
『冷蔵庫の中』
残りのキーワードは、この部屋の場所だけだ。
オレが留置場に入れられても、まゆなら発見するだろう。
部屋を出て、街へ向かう。
とりあえず、牛丼屋にでも行って、メシでも喰おう。
歩きながら、スマホの時計を見ると、朝の9時だった。
食事を済ませて、街をぶらつく。
まゆは、今日も早起きのようだ。
午前10時すぎにメッセージが届く。
『なんのこと?』
『間違えた。気にしなくていい』
『ふーん、みきさんは?』
母親からのメッセージをなぞり、まゆにコピペする
『脳疲労による意識障害 2~3日で目を覚ます』
少し間をあけて、まゆから返信。
『明日また話せる?』
『ああ。そうしよう』
『じゃあ、明日また連絡する』
スマホをポケットに戻す。
やることが無い。カネも無い。
近くの自動販売機で缶コーヒーを買う。
開けようとしたところで、目の前の停留所に、ガラガラのバスが止まった。
何も考えず、バスに乗り込みそのまま揺られる。
しばらく窓から外を眺めていると、河川敷が見えてくる。
橋を渡るバスの中で、オレは降車ボタンを押した。
バスを降りると、川から吹き上げた風が排気ガスを吹き飛ばした。
土手を下り、その途中で腰を降ろす。
自販機で買った、ぬるいコーヒーを開けてひとクチすする。
なにもする気がおきず、ただ、川を眺める。
ニフィル・ロードでの川辺のことを思い出す。
美しい妖精の宴で夜を過ごし、犬に襲われ、盗賊に叩き殺された。
この川は、平和そのものだった。
ゆっくりと無駄に過ぎていく時間。
遠くの空が灰色の雨雲で覆われている。
もうあと数時間で雨になりそうだ。
しばらくそうしていると、少し遠くの橋の下で高校生がなにやら揉めていた。
見ていると、4人が、独りを取り囲んでいる。
達郎のダチには見えないな。普通に制服を着た高校生だ。
距離があるので、話し声は聞こえないが、独りは地面に正座させられている。
オレはしばらくそれを眺めていた。
思い出して、スマホの時計を見る。
15時30分。
どうやら、5時間近くここにいたらしい。
まだ早いが、ここに居るのもそろそろ飽きた。
オレは腰を上げ、河川敷を後にした。
さて……仕事に向かおう。




