3.2.02
救急車が到着するまでの間、オレ達は未希の傍で待った。
母は、なぜ未希が部屋にいるのか聞きたかっただろうが、それよりも、未希の眠りの深さのほうが異様だった。
遠くから、サイレンの音が近づき、夕方の住宅街に鳴り響く。
救急隊が到着し、部屋に踏み込んだ救急隊員が、未希の様子を伺い肩を揺する。
未希が目覚める様子は無い。
救急隊員は未希をストレッチャーに乗せ、救急車に運んだ。
事情の説明もままならない母親だったが、未希に付き添い、救急車に乗って病院へ行ってしまった。
残ったオレが、家のカギを預かった。
しかたなく戸締りをする。
父親とは顔を会わせたくないので、玄関のドアを閉めて、カギはこのまま持ち帰る。
次に家に戻るのは父親か、あるいは2人揃ってだろう。カギは持っているはずだ。
ログインデバイスは、2台ともオレが預かることにした。
未希は戻ってきたが、未希のデバイスはというと、
『 World Count 24 / Login Error 』
いまだにエラーのままなのだ。
未希は戻ったが、まだ救出は終わっていないということだろうか。
状況を整理したい。
オレは、まゆを伴って、近くのファミレスに向かった。
夕食前だが、混雑はしておらず、待つこともなく座席に案内された。
注文を取りに来た店員に、コーヒーとサーロインステーキを注文する。
よく考えたら、朝からコーヒー1杯しか口にしていなかった。
腹が減っている。
ニフィル・ロードではクマ肉を喰ったが、腹には残っておらず、臭い肉を喰ったという記憶しかない。
まゆにも好きに注文しろと伝えると、あれこれと注文している。
「あ、デザートも一緒に」
まゆが付け加えると、店員は去っていった。
実はもう、財布にあまりカネが入っていないのだが、ここは裏社会人としての矜持だ。
しばらく2人は押し黙っていた。
まゆはノートパソコンを取り出し、カチカチとなにかを始めている。
タバコを吸おうと思ったが、店内は禁煙だろうな。
通りかかった店員に、喫煙できるか尋ねると、喫煙ブースがあちらに、と指さした。
家族連れや、カップルがちらほらと、広々とした店内でまばらに食事をしている。
タバコを吸いに行く前に、まゆに質問をする。
デバイスに関する会話は、あまり大っぴらにするべきではない。
しかし、まゆは声が小さすぎて、真正面にいるオレでも、注視しないと聞き逃すほどだ。
問題は無いだろう。
まず最初に、
「未希が帰ってきたのは何故だ?」
と、まゆに尋ねる。
「たぶんだけど……これから先の未来で助ける……かもしれない」
「どういうことだ?」
「ニフィル・ロードでは……時間軸の強制同期が働く。
みきさんがカウント24を開始した時刻と……ソウジが、カウント24で開始した時刻は、ニフィル・ロードでは同じ時刻」
また、わかりにくい話になってきたが、まゆがさらに続けた。
「中でのデバイスの話だけど……みきさんのデバイスは、エラーのままで43時間だった?」
「そうだな。エラーのままで、あいつは6カ月閉じ込められていた」
「つまり……ソウジが、みきさんを助けるのにも、それだけの時間がかかる……はず」
わからない……
しばらく考えたが、オレのアタマでは、そのからくりが理解できない……
できないが、理解できた範囲で、話を進める。
「未希は帰ってきているのに、未希の救出を続けろということか?」
「うん……でも、みきさんが話せるようになったら……どこで、だれに助けられたかを聞ける」
まゆの説明を、頭の中でかみ砕く。
未希を助けるのはオレ達にとっては、未来の話で……
それがオレだというのであれば、オレは、またあの世界へ行くことになる。
そしてオレは、事前に未希から聞かされる「助けられた場所」へ向かえばいい。
まぁそれなら、あても無く彷徨うより、はるかに効率はいい。
そこでふと、疑問が湧く。
「もし、未希の救出に失敗したらどうなるんだ?」
店員が、チョコレートケーキと、グラタン、それとクリームソーダとコーヒーをお盆にのせてきた。
「あ……わたしです……」
店員は、運んできたものを全て、まゆの前に広げた。
まゆが、グラタンにスプーンを差し込む前に、答えた。
「……それはわからない……けれども……やるべきことは単純」
自分のじゃないと気づいたのか、ズルズルとコーヒーカップをオレの前に押し出す。
「みきさんを……ぜったいに助ける……それだけでしょ」
言い終わると、スプーンに乗せたグラタンに息を吹きかけて、冷まし始めた。
匂いがオレの鼻から胃の中へと侵入し、空っぽの胃を引っかき回していた。
……おれのステーキはまだか。
「ちょっと、タバコ吸ってくる」
オレは席を立ち、喫煙のブースへ向かう。
思えば、今日は、ほとんどタバコを吸っていなかった。
このまま禁煙するのも悪くないな……
などと思いながら、喫煙ブースのドアを開けた。
タバコを取り出し、火を点ける。
煙を吐きながら、これからどうすべきかと考えた。
眠り姫のようだった未希の顔を思い出す。
母親にはどう説明しようか。
やめよう。
ガラじゃない。
まゆは、なんで、オレの名を呼ぶとき、少し口ごもるんだ。
それもどうでもいいか。
まずは、ステーキを喰おう。




