3.2.04
今夜の職場は、街外れの薄暗い駐車場だ。
コンビニで、菓子パンとコーヒー牛乳も買っておいた。
時計を見ると、16時50分。
指定時刻の10分前。
ポケットから、スマートキーを取り出して、ボタンを押す。
駐車場の隅から、キュッキュッという音。
見ると、ヘッドライトが点滅し、ここだと合図している。
後部座席のドアを開け、シートに身を潜めた。
趣味の悪そうな、芳香剤の匂いが鼻につく。
スマホを取り出し、雇用主にメッセージを投げる。
『現場に着きました』
数分で返信。
『クルマの中から正面のビルの出入りを監視』
『帽子を被らず入る者、および警察が近づくようなら連絡』
メッセージを消す。
そのまま後部座席の中央に座り、ビルの入り口の監視を始める。
念のためドアロックを全て確認。
おそらく、このクルマの保全も、業務に含まれている。
気付かれにくいように、ギリギリ見える高さまでカラダを沈め、フロントガラスの先を眺める。
しばらく眺めていると、黒いスーツを着た男がコンビニ袋をさげて、ビルに近づいた。
およそ似つかわしくない野球帽を袋から取り出した。
それを被りビルに入っていく。
中でなにが行われているかは、オレの知るところではない。
むしろ、知らない方がいい。
まぁ、あえて予想するとしたら、拉致監禁。
ビルの監視を続ける。
暇だ。
何も考えなくて済むが暇だ。
オレは、通行人の数を数える。
飽きたら、ビルのガラスに映る信号機の色が変わる回数を数える。
別の男が、入り口で野球帽を被って入っていく。
スマホが震えた。
メッセージの着信。
時計は、21時15分。
仕事の終わりを期待して、画面を見た。
『あした何時?』
まゆだった。
入り口から眼を逸らさないように、ビルの横にスマホをかざして、タイプする。
『11時くらいでいいか? 前と同じ駅前で』
『わかった。みきさんが倒れた理由わかったかも』
『どうしてだ?』
『あした、はなす』
スマホをしまう。
仕事はまだまだ終わらない。
0時を少し過ぎた頃。
男が4人。
いずれも黒いスーツを着て早足で、ビルに近づく。
手には何も持っていない。
帽子も被っていない。
スマホを取り出して、メッセージを準備した。
『スーツの男が4人』
男たちが、そのままビルに入る。
オレは送信ボタンを押した。
それから十数分。
『撤収だ。カギはいつもの住所にA4で。ごくろうさん』
雇用主からのメッセージだった。
メッセージを消して、腰をかがめたままクルマから降りる。
ドアのカギを確認し、触れた箇所を拭き取ってから、クルマから離れた。
帰り道。
コンビニで、A4厚紙封筒とボールペンを買う。
宛先は、指定されているいつもの住所。品名は「文具」でいいか。
クルマのスマートキーと、文具であるボールペンを放り込み、ポストに投函。
今夜の仕事が終わった。
アパートへ帰ろう。
まだギリギリ電車は動いている。
オレは、駅に向かって駆け出していた。
翌日。
目が覚めると、外は雨だった。
タバコを吸ってから、キッチンで、顔を洗う。
冷蔵庫から、コンビニ袋をとりだし、2台のログインデバイスをポケットに入れる。
時計を見ると、10時20分。
傘はと、玄関を探すと、黒い傘が1本。
オレは部屋を出て、傘をさして駅へと向かった。
ふいに、子供の頃のことを思い出した。
あれは12月の頃。
未希は小学3年生。
オレは中学2年だった。
あの日も雨が降っていて、オレは傘もささずにずぶ濡れの学ランを着て、商店街を歩いていた。
すると、学校帰りの赤い傘を差した未希が、ひとりでオモチャ屋のショーウインドウを眺めていた。
未希が見ていたのは、ピンク色のクマのぬいぐるみ。
しばらく眺めていたが、店から出てきた子連れに驚いて、その場を離れていった。
未希は家で、何かを欲しいと言ったことがほとんどない。
稀に遠慮がちにねだるのは、学校で使うエンピツやノートだった。
未希が立ち去ったあと、ショーウインドウに近づいて、クマのぬいぐるみを見る。
値段は、それほど高くない。
サイフを広げると、ぎりぎり買える金額だった。
オレはずぶ濡れのまま店に入り、迷惑そうな顔をしている店員に、あのぬいぐるみを買いたいと告げた。
家に帰り、雨に濡れたままのビニールを被ったぬいぐるみを母親に渡した。
未希のクリスマスプレゼントにしてくれと。
クリスマスが過ぎると、ぬいぐるみは、未希の枕元に置かれ、未希は名前で呼んでいた。
「ランタポンタ」
未希がつけた、くまのぬいぐるみの名前だった。




