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妹が消えたあと、世界の数が合わなくなった話  作者: 渡しログ
2章ワールドカウント24
15/20

3.1.04


「あ……あんた……だいじょぶか?」


 日本語だ。

 男は日本語を喋っていた。


 異変にようやく気が付いたのか、牛車のほうで、赤ん坊が泣き出していた。

 老婆も、牛車を降りてオレに近づく。


 腹を見ると、切り裂かれたのは皮1枚。

 腹部の怪我と出血は大した事なさそうだ。


 酷いのは尻だろう。


 尻の右半分から、鈍痛と、酷い出血。

 男は、腰に下げていた水筒のようなものを手に取ると、そこからじゃばじゃばと、オレの尻に琥珀色の液体をかけた。


 液体からは、パンの匂い。それと酒臭い。

 そして、めちゃめちゃしみる。

 歯を食いしばり、悶え苦しみそうなほどの痛みをこらえる。


 老婆が、牛車にもどり、ごそごそと布を手に取ると、オレの尻にそれを押しあてた。


「ルボンス、長い布切れ、もう1枚取っておくれ」

 と、老婆が言う。

「お、おう……」


 男は、牛車から、薄汚れた大き目の生地を取り出す。


「押さえてるから、巻きつけろ。ほれっ」

 男が生地を、オレの尻から腰にかけて巻きつける。


 赤ん坊は、好き勝手に泣き叫んでいる。

 その泣き声すら、傷にしみる。


 めちゃめちゃ痛い。

 やがて、男が、布をきつくしばると、少しだけ痛みが引いた気がした。


「まだ酒のこっとるか、もう少しここ」

 と、老婆が指示し、男は、巻いた布切れの上から、右の尻に酒を垂らした。


 それが終わると男は言った。

「助かったよ。あんたは命の恩人だ」


 笑いが、こみあげてくる。

 命の恩人は、オレじゃなくて、そこで泣いてる赤ん坊だよ。

 口には出さないが、薄笑いを零すと、男も老婆も少し安心したのか、緊張した顔が緩んだ。


「あんた、何もんだ? 言葉はわかるか?」


 言われて気づく。まだ、ひと言も喋っていなかった。


「ああ、わかる。あんた達に頼みがある」

「なんだ? なんでも言ってくれ」


「助けてくれ」


 沈黙のあと、先に噴き出したのは老婆だった。

「ブッ……あははは」


 男も、へらへらと笑顔を見せている。


「あんた、おもしろいねぇ、あはは。

 にしても、あんな棒きれ1本でクマ倒しちゃうなんてねぇ」


「ああ、俺たちだけじゃ、みんな食い殺されてたよ」


 男と老婆は、顔を見合わせて、なにか意思疎通をしたあと、老婆が言葉を続けた。


「構わないよ。あたしらの村は、すぐそこ。

 手当するから、ついておいで。むしろ、そうさせておくれ」


 ひとまず、痛みをこらえて立ち上がる。

 だが痛すぎる。

 脚を動かそうとしたが、激痛がそれを拒む。


「あのクマは……死んだか」

「おぅ、ちょっと待ってろ」


 と、男は斧を抜いて、クマにゆっくりと近づく。


「ほぼ死んでるな。鼻に刺さった枝が、木に激突した拍子に深く喰い込んだみたいだ」


 そのあと、男は太いロープを取り出しクマを縛ると、そのロープを牛車に繋いだ。

 このまま、けん引して持ち帰るようだ。


「今夜はクマ鍋だな」

 と、老婆が言う。

 僅かな差で、オレたちがクマのエサになるところだったというのに。

 呑気なものだ。


 オレは、歩き出そうとしたが、尻が痛すぎてムリだった。

 特に右脚は、少しでも動かそうとすると、引き裂かれた尻が酷く痛む。

 それに気がついた男が、オレを支えて牛車の端に乗せてくれた。


「ほんじゃ、いこうか」

 老婆が、手綱で牛に指示を出すと、牛車は再び動き出した。


 視線を落とすと、いつのまにか無き止んでいた赤ん坊が、オレの顔を見つめていた。


 オレを踏みとどまらせた赤ん坊。

 結果的に、オレはこの世界の住人との繋がりを得ることができそうだ。

 この赤ん坊は、男と老婆だけでなく、オレのことも救った。


「おまえは、凄いやつだ」

 赤ん坊のぷにぷにしたほっぺを指の腹で触れてみる。

 すると、赤ん坊が、ケタケタと笑い返した。

 餅肌というのは、こういうやつなのだろう。

 しっとりとした肌ざわりと、弾力性のある皮膚。


「あんた、名前は?」

 前を歩く男が、聞いてきた。


「ソウジだ」


「おう。よろしくなソウジ。おれはルボンス」

「あたしは、ガロム」


 外国人か。

 覚えにくい名前だな。


「よろしく頼む」


 それにしても出血が多い。

 おまけに牛車の些細な揺れでも痛みが走り回る。


 少し意識が朦朧としてきた。

 気が付くと、牛車の床板に血だまりができていた。

 そこから立ち上る血の匂いと、パンと酒の匂い。

 血だまりは少しずつ拡大している。

 このままだと、赤ん坊を包む毛布についてしまいそうだ。


 少し体を……


 移動しようか……



 ……



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