3.1.05
気が付くと藁の上。
そこに、うつ伏せで寝ていた。
ずっとこの体勢だったのか、カラダを起こそうとすると、胸から肩にかけての節々が酷く痛い。
だが最も痛むのは、右の尻だ。
よりによって、尻をケガするとは。
我ながら惨めだ。
痛みを我慢して、体を起こす。
どうやら、これはベッドだ。
木枠に藁を敷いただけの粗末なものだった。
部屋に床板はなく、平らにならされた地面がむき出しになっている。
簡単に言うなら、これは原住民のボロ小屋だ。
窓がひとつあるが、ガラスは付いておらず、木の板がキィキィと音を鳴らして揺れている。
オレは、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
枝を組み合わせただけの戸がある。
それを押して部屋を出た。
戸の先の部屋には木製のテーブルと椅子。
奥にかまどのようなものが並び、その傍らには、キャベツやタマネギが詰め込まれた籠が並んでいた。
「あ、おきた。おきたよー!」
声の主は、12歳前後だろうか。
ところどころが灰色に黒ずんだワンピースを着た少女が、オレを見て外に駆け出していった。
それにしても、この匂いはなんだ。
掃除してない犬小屋のような匂い。
匂いから逃れようと、少女が駆けていったドアに向かうと、そこから先は小屋の外だった。
お昼の少し前くらいだろうか。
陽差しが照り付けている。
周辺には、丸太やら、斧やら、クワやら。
様々な道具がごちゃごちゃと置かれていた。
その先は、広場を挟んで、複数の似たような木造の小屋が立ち並んでいる。
「起きたか。ちょっとまってろ、いま飯もってきてやる」
と、声を掛けてきたのは、昨日の男だ。
たしか、ルボンスだったか。
「もう、もってきとるよ。ホレ」
どこから出てきたのか、いつの間にかオレの背後に、老婆が居た。
この老婆はガロムだ。
手にしているのは底の浅いボウル。
中身はスープか。いやシチューだろうか。
そして、匂いの元は……どうやらコレだ。間違いない。
思えば、ここに来てからまだなにも食べていない。
匂いはともかく、食べよう。
オレはガロムから、ボウルを受け取り、近くの丸太に腰をおろした。
「ほれ。これも」
木のスプーンを手渡された。
「あんたの手柄だ。おかわりも山ほどあるから、好きなだけ喰え」
つまりこれは、クマ肉のシチュー。
その他の具はキャベツと玉ねぎ、それとよくわからないキノコ。
シチューのベースは、豆かな。
仄かなハーブの香りもある。
しかし臭みはまったく抜けていない。
肉を口に含むと、オレの口の中は、掃除したことのない犬小屋になった。
だが、美味かった。
空腹は、最高のスパイスとは、まさにこのことだ。
「口に合うようで、よかったよ」
などと、ガロムが言う。
いや、悪いが、現代人のオレには、まったく合っていない。
死ぬほど腹が減っていただけだ。
今なら、ドッグフードだって、もりもり喰える自信がある。
「で、あんたはどこから来たんだい?」
どこから……
なんと答えればいいんだ。
異世界から?
むしろここが異世界だ。
質問には答えず、逆にオレから質問を返す。
「ガロム。ここはどこだ?」
「ここは、ウガーラ村。昔は盗賊の根城でね。20年くらい前に、その盗賊が野獣の群れに襲われて壊滅して、気が付いたら村になってたよ」
物騒な歴史だな。
「ごっそさん」と言って、ボウルをガロムに手渡した。
今何時だ。と、オレは手を叩いて、デバイスを出す。
『 ELAPSED 00:31 』
え……
もう、オレのアタマじゃ、咄嗟に計算できないが、
どうやら、オレはこの小屋で1日以上寝ていたらしい。
まぁ、あれだけの怪我だ。
ガロム達のおかげだろうか。
病院にも行かずに、よくここまで回復したと思う。
横で、からんと、ガロムがボウルを落とした。
「ん? どうした?」
ガロムが、オレの顔を見て口を開け、ポカンとしている。
なんだ? どうした?
「あんた……わたしびと様……?」
「え?」
呆けてるガロムが落としたボウルを拾い上げる。
すると、こんどは、離れたところから別の男の声がした。
「かあちゃん、その男か! クマ殺ったってのは!」
男が近づいてくる。
その男は、酷く汚れた白っぽい肌着に、毛皮のベストを羽織っていた。
口も顎も全てを覆う、白髪混じりの髭が、無作法に伸びている。
髭でよくわからないが、声や目元の感じから、50代だろうか。
「おう、あんたが、うちのかあちゃん助けてくれたんだってな。礼を言うぜ」
男とオレが、眼を合わせると、男が続ける。
「ん? あれ? おめぇ……どっかで会ったか……?」
男が腰に吊り下げている両刃の西洋剣に視線が止まる。
刃こぼれが目立つボロボロの剣。
拾ったのか……
あるいは、使い込んでいるのか……
この剣は……見たことが……
オレを殺った男。
この男は似ている。
だが、こんな年寄りじゃなかった。
オレを殺したあの男は、声の感じでは、まだ20代だったように思うし、髭は黒かった。
だが、似ている。
あの時オレを殺した男に。
「わたしびと様!」
混乱していると、今度はガロムが、オレの腕を掴んだ。
なぜだかわからないが、両目に涙をため、ボウルも受け取らず、掴んだ腕を揺らしている。
「ちょっとまて……まずおまえだ。なんつったか……えーと」
記憶を探り、思い出す。
「デンゴラバ? だったか?」
オレが殺される前に、最後に聞こえた言葉。
それを聞いた、男の眼の色が変わった。
「テメェ……なにもんだ……」
「それは、オレも聞きたいんだが」
「テメェあの時の……? いや、まさかな……」
「とうちゃーん、ハーブもらってきたよー」
オレたちが睨み合っていると次は、さっきの少女だった。
少女が、男に駆け寄って来る。
「お、おう。さんきゅー」
睨みつけていた男の眼光が、父親の目に変わってしまった。
ああもう……
いったいどうなっている。
どこから整理したらいい。




