3_1_2 仄かな光の宴
骨片らしきものを拾い上げ、焚火があった場所へと近づく。
円形に配置されてた石炉が残っていた。
しかし幾つかの石は半ば沈み、隙間にも周囲にも草が根を張り、葉を伸ばしていた。
石炉はその石だけを残し、草が生い茂っている。
これが石炉だと解るのは、昨日、ここで焚火を見たオレだからなのだろう。
これは焚火の跡ではない。
ここにあるのは、どれだけの年月を経たのかもわからない状態の残骸だ。
ワールドカウント23と24との隔たりなのだろうか。
見える景色は、まったく同じだ。
同じように山があり、川が流れ、森が生い茂っている。
だが、焚火の跡は朽ち、自然の節理に戻ろうとしていた。
手にしていた骨片を見る。
もしこれが、あの時の犬の骨だとしたら。
犬の骨が、こうなるほどの時間が経過したということなのか?
オレは、骨に話しかけた。
「おい、まゆ」
ここに人がいたのは、おそらく何十年も前だ。
男たちの足跡を辿ることも不可能だろう。
「オレはここからどこに向かえばいい」
この世界に来て、また途方に暮れてしまった。
しかたなく、歩き始める。
それ以外にやりようがない。
川に戻り、再び、下流を目指す。
あてはないが、陽はまだ高く余裕はあった。
タバコが吸いたい。
しかし空気はうまい。
ひょっとすると、ここは禁煙するのに最高の場所かもしれない。
それからまた、何時間も歩いた。
時計は無いが、ログインデバイスがある。
手を叩いて、それを出すと、『ELAPSED 00:05』
表示は5分。7~8時間経過したということだ。
陽も傾き、夕方に差し掛かってしまった。
下流の先を見ると、こちらの川岸にも森が広がっていた。
ここから先は、右も左も森。
川幅は、40メートル近くあるだろうか。
手詰まりだった。
「森に入るな」の言いつけを破り、見える範囲で、森に入ることにした。
どこかに、洞穴か、樹洞でも無いかと考えた。
腹が減った。喉も乾いた。
まゆから、火の起こしかたを教えてもらったが忘れた。
常にライターを持ち歩いているオレには、火の偉大さが解っていなかった。
念のため、武器のつもりで、先が尖り太さもちょうどよい枝を拾っておく。
森に入って数分。
振り返ると、いまだ川の音は耳に届いている。
しかし、暗すぎた。
森の数メートル先が、もはや暗黒に染まりなにも見えない。
これはダメだ。
陽はさらに傾き、足元も見えにくい。
戻ろう。
今なら間に合う。
オレは、音を頼りに、川に戻ることにした。
途中で足を枝に引っ掛け、何度か転びそうになるが、川岸まで戻ることができた。
森を出ると、周囲はまだ明るい。
森から離れ、上流に戻る。
すこし上流の川岸から近いところに中州があった。
大抵の動物は水に濡れることを嫌がると言う。
川の中州で夜を過ごすなと、どこかで聞いた気がする。
しかし、近くの安全と思える場所が、そこしか見当たらない。
辺りは刻一刻と、闇が深まっていく。
街灯の無い夕闇がこれほど暗いとは。
歩く先に、ぼんやりと中州が見えた。
川面はすでに、大部分が黒く染まり、中州だけがうっすらと浮かび上がっていた。
拾った枝を杖替わりに、川の中に足を踏み入れ、中州へと向かった。
深いところで腰まで浸かったが、辿り着いた中州の幅は、4〜5メートルほどだろうか。
すこし盛り上がったところに、僅かな草が生い茂っている。
オレはそこに腰を下ろした。
甘かった。
ここに来る前の高揚感と期待は、打ち砕かれてしまった。
陽は完全に落ちた。
昇ってくるのは、空腹と渇き、そして疲労。
辺りは暗闇。
自分の手すら見えない。
闇の先から聞こえるのは、川の音だけ。
だが、空を見上げると、そこには星が満ちていた。
満天のプラネタリウム。
手は見えないが、かざすと星が消える。
そこに手があると、星が教えてくれた。
都会では、夜空を汚す染みのようだった天の川。
それが、ここでは、はっきりと自己主張し輝いていた。
しかし腹が減った。喉が渇いた。
どうしても我慢できなかったら川の水を飲めと、まゆが言っていたが、もう少し耐えよう。
闇に誘われ、眠気を覚える。
目を開けようが、閉じていようが、そこにあるのは闇か、星空だ。
そうだと思い出し、オレはデバイスを呼び出した。
光だ。
ログインデバイスは、わずかに光っていた。
文字がかろうじて読める程度の光だ。
『 World Count 24 / CONNECTED / ELAPSED 00:07 』
こちらの時間では、夜の7時か8時くらいだろうか。
再び陽が昇るまで、どれだけこの闇に耐えればよいのだろう。
空腹と渇きと疲労。
水に浸かって少し寒い。
左手のデバイスを閉じて、右手を開く。
『 World Count 24 / ERROR / ELAPSED 43:13 』
ああ……
未希だ……
あいつに何かを頼ったことなんて1度も無いが、いまはこの無機質な英字と数字に、未希の温もりを感じてしまう。
未希が、この世界のどこかで待っている。
目蓋が落ちそうになる。
リン、リンリン……
どこからともなく、鈴の音が聞こえる。
なんだろうと、意識を戻した。
それは、オレが出したデバイスの光に呼応したように。
中州の端に、ぼうっと。
仄かな黄色い光を闇に浮かべ、ゆらゆらと動いていた。
その光からリンリンと鈴の音。
目を凝らすと、浮いていたのは、羽の生えた小さな人形。
小さな体はこちらを向き、その目はオレを観察していた。
……妖精。
まゆは、そう言っていた。
妖精は近づくこともなく、闇の中で羽を動かし、こちらを見ていた。
オレと妖精は、互いに見つめ合った。
すると、妖精は少し高くあがり、背中をそらして、1回転して見せた。
逆上がりをやってみせた子供のように、妖精はそれを見せびらかした。
オレは、たまらずクスっと笑った。
すると、近くにもうひとつ。
やがてもうひとつ、また、もうひとつ……
重なり合う鈴の音と共に、色とりどりの光が浮かび上がる。
赤もあれば、青いのも。
光はすべて羽の生えた小さな人形。
妖精だった。
妖精たちは遠目にオレを見て、指を指して訝しんだり、微笑んだり。
いつの間にか、妖精たちの鈴の音が、オレが座る中州を取り囲んでいた。
見渡すと周囲には、いくつもの仄かな光の粒が浮いていた。
その粒は、徐々に広がり、やがて川一面へと。
それはまるで、色とりどりの蛍の宴。
気が付くと、何百、何千の小さな光が、辺り一面に舞っていた。
妖精達の光が中州から川岸まで、うっすらとしみわたり、陽炎のように川面を照らしていた。
満天の星空の下に舞う無数の妖精たちの宴。
そこらじゅうから、流れる仄かな鈴の音。
ああ……
クソみたいな人生の全てが洗い流されていく。
あんなに小さく無邪気で、そして臆病な妖精達から、祝福されているかのようだった。
そして、なんだか……
なんだか、暖かい……
柔らかな鈴の音も心地良い……
しばらくの間、妖精たちを眺めていたが……
…………




