3.1.01 - 再びあの世界へ
風が頬を撫でていた。
昨日見た夢と同じ感触。
目を開けると、視界の情景も、まったく同じものだった。
オレは草原に立っている。
聞こえるのは風の音と、ヒバリのさえずる声。
草原の先には森が広がり、遙か遠くには山頂に雪をいただく山脈が見える。
空は青々と晴れ渡り、モコモコとした雲が、遠くの空まで浮かんでいる。
夢ではなく現実と異なる世界。
仮想の世界なのだと信じるしかない。
ここはニフィル・ロードだ。
湿度も、温度も、陽の光のあたたかさも。
取り巻くすべてが、最適なところに調整されている。
昨日と同じ不気味なくらいの清涼感。
昨日と違うのは、オレには知識があり、心の準備があるということ。
とはいえ、両手にはなにもなく、着ている服は、粗い亜麻布のチュニック1枚。
靴は履いておらず裸足だ。
まずはコレを試そう。
左手を開いて、右手の人差し指で、手のひらの真ん中を、
トン トン トン
3回弾いた。
まゆから教わった、ログインデバイスの呼び出し儀式。
すると、ぼやっと手のひらの上が光る。
手のひらサイズの灰色に濁った光。
眩しくも無いし、熱くもない。
その光が2~3秒で消えると、開いた手の上に、ログインデバイスが載っていた。
手品か、魔法のようだ。
そして、見た目はログインデバイスのそれだが、これは半透明だった。
表面には、こう書かれている。
『 World Count 24 / CONNECTED / ELAPSED 00:01 』
半透明なので、裏側のシールと「K」の文字が透けて見える。
掴もうと指を曲げてみたが掴めない。
手のひらにデバイスの接触も感じない。
ゆえに、重さが無い。
ニフィル・ロードでは、ログインデバイスは実体として存在していないようだ。
そのまま、軽く上下に動かすと、手に引っ付いたようにデバイスも上下する。
手のひらを下に向けると、デバイスが消えてしまった。
もう一度、手のひらを3回弾くと、再びログインデバイスが出現した。
なるほど……
ここはニフィル・ロードか。
仮想世界なんだと、改めて実感した。
表記されている文字を再確認する。
英語はわからないが、少しなら単語の意味はわかる。
『 World Count 24 / CONNECTED』
ワールドカウント24に接続しているという意味だろう。
『ELAPSED 00:01』
経過。これは、この世界での経過時間だろうか。
手を裏返す。
ログインデバイスが消えた。
次は右手だ。
右手を開き、左手の指で3回弾く。
……出た。
『 World Count 24 / ERROR / ELAPSED 43:06 』
こちらはエラー。
未希がいなくなったのは、おとといの夜8時頃。
『ELAPSED 43:06』は、未希が行方不明となっている43時間と合致する。
現実世界の経過時間と考えていいだろう。
これはもう、確定していいのではないか。
未希は、この世界のどこかにいる。
43時間……ということは、ニフィル・ロードでは、4300時間。
あいつは、この世界に6ヶ月近くも閉じ込められているのか。
人や建物が見えない平原を見渡す。
こんなところに6ヶ月……
行こう。
オレは歩き始めた。
そして、また同じように、無意識にタバコを探す手が空を切る。
まゆからの提案で、昨日と同じ道を辿ることにした。
闇雲に、違う方角に向かうよりも、人がいた場所を辿り、そこに賭ける方が良いだろうと。
人がいるなら、集落もあるはずだ。
大前提として、危険と感じたらすぐに逃げろと何度も忠告された。
森にも入るなと言われた。
森ではなく、林を探し、それからどうのと言っていたが、そこから先は忘れた。
まゆは、オタクのクセに妙にサバイバル知識が豊富だ。
なぜだと聞いたら、すべてゲームで得た知識だという。
ふざけるなと思ったが、オレの知識はここでは、たぶん役に立たない。
ここがゲームだと言うのなら、ゲームで得たあいつの知見に頼ろう。
そして、歩く。
ひたすら歩く。
方角もわからないが、昨日見た景色なら覚えている。
少し違う気もするが、だいたい同じだ。
やがて、森が近づき、葦の茂みが視界に広がった。
ログインデバイスを呼び出す。
『 ELAPSED 00:02 』
2~3時間歩いただけの疲労はあるし、少し喉の渇きもある。
この世界では、この世界としての時間が流れている。
なのに現実世界では、まだ2分以下だ。
どうなっているんだ、ここは……
葦の茂みに入り、そこをかき分け、オレは川に辿り着いた。
対岸には森が広がり、その奥もずっと森。
川の様子は昨日と同じだが、なんだか少し違和感を感じる。
ここから下流へと川を辿る。
羽の生えた人形は見当たらなかった。
まゆが「妖精」ではないかと言っていた。
写真を撮ってきて欲しいと頼まれたが、どこに写真機があるというのか。
そしてオレは、またやってしまった。
足の裏が痛い。
見ると、やはり小石や小さな木くずが食い込み血が滲んでいる。
昨日と同じように、葦を結んで、草履を作った。
そのまま、下流へと、歩き続ける。
煙は見えないが、昨日の光景と同じ場所まで辿り着く。
葦をかき分け、静かに進む。
やがて茂みの中から、犬と3人組に殺された場所を見つけることができた。
犬も男たちもいなかった。
焚火の跡もここからでは確認できない。
茂みから出て近づこうとしたら、ふと足の裏から、小石でも小枝でもない感触に気が付く。
足元を確認してみると、白い破片が散らばっていた。
拾い上げてみる。
軽い。そして、表面がざらついている。
仕事場で1度だけ触れたものに似ている。
これは……
骨片……か?
2章までのお付き合い。
本当にありがとうございます!
読んでいただいた時間が無駄にならないよう、研鑽してまいります。




