第98話 メデリア・ドラマティカの語るヴィクターの過去
彼はダスクモア子爵家の長男。本当は双子で生まれてきて、一人養子に出された。同じ爵位のボクシー子爵家へ。
ダスクモア子爵家は貧乏だった。
だから、子のいないボクシー子爵家へ売った。
幸いなことに、ダスクモア子爵家とボクシー子爵家は血縁関係にあったからそこまで拗れる話でもなかった。
ヴィクターが残ったのは、先に生まれてきたからと、片方より多少大きかったからだ。
小さく弱々しいほうを売った。
それはすべて当主が決めた。ヴィクターの母親は最後まで反対していたが、聞き入れられなかった。
ボクシー子爵家は「大切に育てる」と約束し、スコールと名付けた。
ヴィクターの母親はずっと嘆き悲しみ、生まれて間もないのにもらわれていった我が子をずっと想っていた。
それは、ヴィクターが育ち物心ついてからもずっとそうだった。
そのことがヴィクターを傷つけるなんて考えてもみないくらいに、自身とスコールを憐れんでいた。
さらにヴィクターを傷つけているのは、養子のスコールは裕福なボクシー子爵家で大切に育てられスクスクと育ち、明るく見目麗しくなっていたからだ。
七歳の時に二人は引き合わされ、ヴィクターはダスクモア子爵家に訪れたスコールを見て絶句したのだ。
ヴィクターとスコールは、似ていなかった。双子だなんて誰にもわからないだろう。
明るくさわやかに挨拶するスコール。
内心、売られたスコールを見下していたヴィクターは打ちのめされた。
しかも母親はスコールを抱きしめ、謝罪し、本当は渡したくなんてなかったと大仰に嘆いたのだ。
ヴィクターのことは抱きしめたことなどなく、安い賃金で雇った乳母に任せっきりだったのに……。
だが、それよりもヴィクターを傷つけたのは、スコールだった。
困った顔で、
「ダスクモア子爵夫人。お気持ちはありがたいですけど……。俺はもうボクシー子爵家の子で、俺は父上と母上から大切に育てられて元気いっぱいです。幸せに暮らしていますので、もう俺に心は残さないでください」
と諭したのだ。
スコールはヴィクターが欲していた母の愛を『いらないもの』と切り捨てた。血のつながらない両親から大切にされていると、そう言い放ったのだ。しかも、ヴィクターが実の親から大切にされてないことを察知してそう言った。
この出来事は、ヴィクターの心の奥深くを傷つけ、そして前回今回の事件を引き起こすきっかけとなった。
ヴィクターは、表面上スコールと仲良く過ごした。
ダスクモア子爵家は、ボクシー子爵家の援助なしではやっていけないからだ。
一度ヴィクターが癇癪を起こしたら、父親に寝込むほどに殴られた。
『恩知らず』『不満があるなら死ね』殴られながら何度も言われる。
だからもう逆らわない。父親は自分の手で我が子を殺してもなんとも思わないだろうし、母親にいたっては自分が死ねばスコールを返してもらえると思っている。
ヴィクターは、死んでたまるかという気持ちでスコールと仲良くした。
スコールは、誰に似たのかというほど明るく素直な性格だった。育ての親に連れられあちこち遊びに行っては友人を増やしている。
ヴィクターは、自分がもらわれていったならよかったのにと数え切れないほど思った。
実の両親がいるのに愛情をもらえず等閑に育てられるより、他人だろうと金と愛情をたっぷり注がれて育てられたほうがいい、そう思っていたのだ。
――実際のところ、これはヴィクターの幼いころのフィルターで見た景色で、父親は双子を養う金がなく、仕方なしに従兄に当たるボクシー子爵家へ養子に出したし、母親だって金がなくて仕方がないのはわかっているが心が追いつかなかっただけ。
スコールが現れたときのアレは、若干パフォーマンスも入っていた。後ろめたさに自分は手放したくて手放したんじゃないというアピールをしたのだった。
貧乏子爵家を立て直すために父親は走り回っていたし、ヴィクターの癇癪があまりにもひどかったから物理で止めただけだし、金をほぼ無利子で貸してくれる従兄の家族に対して無礼をするなと説教したつもりだった。
だが、それぞれの思いは伝わることも交わることもなく、ヴィクターの目に映る景色は常に灰色だった。
そんなヴィクターの人生の転換期は、スコールがもたらした。
ドラマティカ公爵は一人娘が嫁に行ってしまうため、親戚から養子を迎える予定だった。
王家とは話し合いがついていて、メデリアの産んだ子の一人をもらい受けてドラマティカ公爵家を継いでもらうが、自分に何かあったときのために、つなぎがほしい。そのために、一時的に養子になってもらいたかったのだ。
もちろんじゅうぶんな補填はするつもりだったし、一時的にとはいえ公爵家に入れば交友関係に幅ができるし人脈も作れるだろう。
特権をフルに活かしてかまわない。
その条件で打診をかけたのがボクシー子爵家のスコールだった。
ボクシー子爵家は、せっかく養子に迎えた我が子がまた別の家へ養子に行くのを嫌がった。
スコールも、メリットは大きいが責任感も大きい。そして、得たメリットでボクシー子爵家をより発展させることはできるが、これ以上発展させてどうする? という気持ちもある。
今でもじゅうぶん金持ちなのだ。公爵家には負けるだろうが、スコールとしてじゅうぶんだと思う。
だから……。
「俺より最適な人物がいます。……俺の双子の兄です。友人でもあります」
そう言って、ヴィクターを紹介した。
ヴィクターは、この降って湧いた幸運を逃しはしなかったが、それがスコールからもたらされたもの……いやもっとハッキリ言えば、この破格の条件をスコールが『いらない』と捨てたことにますます憎悪を燃やした。
自分を憐れんだことに対しても憤った。
だが、そんなことは思っていないようにスコールに礼を述べ、ドラマティカ公爵家へ向かった。
そこで、運命の恋をする。
メデリアから、
「私のことは本当の姉だと思ってちょうだい」
と言われ、今まで誰からも得られなかった愛情をもらったのだ。
ヴィクターはメデリアに心酔した。
メデリアが第一王子と婚約していることは事前に聞かされていたし、そのことも鼻が高かった。
わが姉はやがて王妃になるのだと、それを自慢に思っていた。
ドラマティカ公爵がメデリアよりも年下を選んだのは、年上の場合はメデリアの貞操に万が一があったらと危ぶんだからだ。
あまり下だと教育できないので同い年近くなったが、成長しきる前に引き離せば大丈夫だと考えていた。それに、心酔してはいるが婚約していることや王妃になることを自慢に思っているようなので安心した。
……それが間違いだったのだが。
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