第88話 オーレンの悔恨 上
ようやく話せた。
と、オーレンは思った。
――そう、あのときから、オーレンはきっかけがほしかったのだ。
*
数ヶ月前の査問会。それが終わった後、オーレンは自宅謹慎となった。
しかも自室ではなく、監禁用の部屋に閉じ込められた。
実質、貴族牢のようなものだ。
どうして自分だけがこんな目に。
確かに実行犯は自分だが、案を出したのはメデリアで、やろうと決めたのは第一王子だ。
そのことは言えなかったが、だが自分だけが罪を被るのはおかしくないだろうか。
そこまで考えてハッとした。
「……いけない。これは、不敬な考えだ」
命じられて断らなかったのは自分だ。
しかも、それを暗に命じたのは将来の王と王妃だ。
だから、喜んでこの身を差し出すくらいのことはしないといけない。
自分は、宰相になる男なのだから。
そう言い聞かせていたが、監禁生活はオーレンの精神を蝕んだ。
食事は与えられるが、それだけだ。
毎夜悪夢にうなされ眠りは浅く、何度も飛び起きて汗びっしょりになるが着替えなどなく、体を洗うどころか拭くことすらできない。
いつまで続くのか。
何日経ったのかわからなくなってきたころ、ようやく扉が開いた。
「旦那様が、身支度をご自身で整えてから執務室にくるように、とのことです」
家令が冷たくオーレンに告げる。
オーレンは、父の意向でタウンハウスではなく寮に住んでいた。
だから、身支度くらいなら自分でできる。
ひさしぶりに湯に浸かり、全身を洗い、綺麗な服に着替えると安堵で一気に眠気が襲ってきたが、それをこらえて執務室へ向かった。
「父上。お呼びでしょうか」
執務室に入ると、父は仕事をしていた。
いつかはあの席に座って仕事をすることになる――ふと、そんなことを考えた。
なぜそんなふうに考えたのかわからない。
今までそんなことは考えたこともなかったのに。
――ふと、昔を思い出した。
『あなたは、あなたらしくやればいいのよ。きっとできるわ。私が保証する』
高名な父の跡を継ぐ、その重圧に苦しんでいたとき、メデリアに言われた言葉だ。その言葉はまるで呪いから解放する祝詞のようで、オーレンを救った。
そしてメデリアに恋をした。
だから、メデリアの望みはなんでも叶えようと思っていた。……彼女が第一王子の婚約者ということは最初から知っていたし、次期王妃だとも理解していて、陰で支えるつもりだった。
なのに、軟禁されて簡単に心が折れて恨んでしまった。
だけど、もう二度と協力はできない。
家で軟禁されたのだってあれほどつらかったのだ。
もしも犯罪者になって貴族牢へ閉じ込められたら、きっと気が狂う。
そうオーレンは思った。
「オーレン」
父に呼ばれ、ハッとして顔を上げた。
ボーッとしてしまったらしい。
慌てて返事をしようとしたが、その前に父が続けた。
「お前を後継者から外す。幸い、次男のニールは跡を継ぐことに積極的だ。ちゃんと学んできてもいる。お前は今後どうするか深く考えろ。……除籍はしないが、成人後は平民だ。わかっているな」
殴られたような衝撃を受けた。
次期王妃の望みを叶えるべく、第一王子の命に従って動いたら、次期宰相から外された。
……これは、本末転倒では?
「お待ちください父上! これは、私の一存で行ったわけではありません!」
「その弁解を、査問会でするべきだったな。今ここでしたところで、言い逃れ以外の何物でもない」
「ですが!」
続けて弁解をしようとしたが、父に睨まれて言葉を呑み込んだ。
「お前にはお前の理由があるのだろうが、やったことは犯罪だ。ましてや、お前が冤罪で貼り紙をしたリリス・ヴァリアント男爵令嬢は、聖女になる可能性が高い。おまけにだ。彼女は英雄ガレスの娘だぞ? その価値、お前にはわからなかったのか?」
ぐっと詰まった。
「…………ですが父上。国を動かしているのは陛下で、アドリアン様は陛下の子息で第一王子。メデリア様はその婚約者で、次期王妃ではありませんか。その二人の仲を裂き己の欲で第一王子を籠絡しようと企む令嬢は、害ではないのですか?」
すると、父は額に手を当てて深いため息をついた。
「……まず、その認識はどこからきたんだ。リリス・ヴァリアント男爵令嬢は再三、第一王子へ懸想しているという妄言を否定している。彼女は英雄ガレスの娘。偉大な父と比べれば、王子という肩書きだけのヒヨッコなど、目をくれる価値もない男だとなぜわからない?」
父の、あまりの不遜な物言いにオーレンは絶句した。
第一王子は順当にいけば王になる人だ。
それを、ヒヨッコで片づけるとは……。
だが、心のどこかで同意している自分がいる。
アドリアン様は、ほんの少し傲慢すぎるきらいがあり、またほんの少し思い込みが激しく、見栄っ張りなので勉強は頑張っているが魔法を使えはするものの得意ではないし、剣術も嗜んだ程度だ。
英雄と比べれば、そりゃあ見劣りはする。
そんなことをチラリと思ったオーレンに、父は畳みかけた。
「それにな、もしも本当にリリス・ヴァリアント男爵令嬢が第一王子に懸想したとしたら、何も策を用いて籠絡せずとも、それを父である英雄ガレスに告げれば済む話だろう。そうしたら英雄ガレスは娘の望みを叶えるべく、陛下に告げる。何しろ、国を救った英雄だ。その娘が王族と結ばれるというのであれば、しかもその娘が聖女ならば、陛下は喜んで王命でアドリアン様とリリス・ヴァリアント男爵令嬢の婚姻を決めるだろうよ」
オーレンは目を見開いた。
その衝撃は、自分を後継者から外すと言われた以上だった。
……そう、そのとおりだ。
英雄の娘で聖女。
彼女が王族と結ばれ王妃となることを望めば、陛下は叶える。
むしろ願ったりだ。英雄をこの国に縛りつけておけるし、聖女の力は王家や国のためだけに使ってもらえる。
逆に、王家のほうがそれを望むだろう。
だけどそれをしなかった。
リリス・ヴァリアント男爵令嬢は望まなかったから。
なら出ていくと、英雄ガレスは言った。
言いがかりをつけられるのなら、娘を連れてこの国から出ると。
それがどれほどの損害なのかが、今ようやくわかったのだ。
「……私は……」
オーレンの血の気の引いた顔を見て、父が疲れたようにうなずく。
「……ようやく理解したか。やったことは、たかが貼り紙だ。しかも、誰も信じていない。リリス・ヴァリアント男爵令嬢も問題視していないし、実行犯のお前たちに対して罰すら望んでいない」
父が急に強い口調に変える。
「――だがな。英雄の家族と王家に深い溝ができてしまった。我が侯爵家ともだ。それはお前たちの責任だ。もし彼女と英雄ガレスが国を出ていってしまったら、後継者から外す程度の甘い処分ではなかった」
「…………はい」
オーレンは俯き、小さく返事をした。
「もし、本当に理解し反省したのなら彼女に謝罪しなさい。ただし、押しつけるのではなく、謝意だけを示すように。受け取らなかったとしても責めるな。受け取らなかったほうが悪いんじゃない。あくまでも悪いのはお前だ。わかったな?」
「はい」
理解したオーレンはうなずいた。




