第87話 お漏らしの人から情報をもらったのである
レイヴンに諭されたわけではないけれど、私も試験勉強から冒険者用の勉強へシフトしたほうがいいかなあ……。
この国の歴史くらいは知っておいたほうがいいけど、もっと重要なのは魔物の生態とかでしょ。なんなら『図解入り 魔物の解体のしかた』とかのほうが役立つかも? とにかく、そっちの勉強もしないといけないと理解した。
「あぁ~! 勉強することが多すぎる~」
試験を落とすか……? いや、それは前世の記憶が駄目だと叫んでいる。試験前には試験勉強をするもの!
「よし、冬期休暇明けは心を入れ替えて冒険者用の勉強に切り替えよう」
と、決意をして、図書室へ入った。
家でも勉強できるけど、参考書がないのよ。
レイヴンのあの話じゃ、満点は無理だ。付け焼き刃の試験勉強じゃ太刀打ちできないのは理解した。
でも、参考書に載っている部分はクリアしておきたい。
恐らく、ケイラお嬢様はそこも家庭教師に習っていたんだろうな、私が出ていったあとで。
ま、彼女は跡継ぎだからね。しょうがないか。
そんなことを考えながら参考書を探していたら、
「リリス・ヴァリアント男爵令嬢」
と、男子が声をかけてきた。
そちらを見たら……ん? どっかで見たような?
「はい、なんでしょう?」
と返したら、ちょっと呆気にとられている。
「……私をお忘れですか?」
「はい。申し訳ありませんけど、クラスメイトと魔法科の先輩以外は覚えていません」
全校生徒は無理だからね!
貴族科だと全校生徒の顔と名前を覚えるとかやらされるらしいけど、私には必要ない。
だって私、冒険者になるんだもん!
「……そうですか。では改めて自己紹介します。私は、オーレン・レグナード。……以前、あなたにあらぬ疑いをかけ、貼り紙をした者です」
…………。
「あっ! お漏らしの人!」
ついそう言ったら真っ赤になった。
お漏らしの人は咳払いをしてから話しだす。
「……その節も、大変失礼しました。間違った事前情報を聞きまして……視野狭窄に陥っていました。父に諭され、次期宰相の重圧から解放され……そして失恋しまして、ようやく客観的に見ることができるようになりました」
「はぁ」
失恋かぁ。
そうだね、『恋は盲目』とか言うもんね。それと私に冤罪をふっかけるのがどう関係あるのかわからないけどさ。
「とある筋から、あなたが私たち――特にアドリアン様に興味を持ち、アドリアン様を籠絡させると聞きましたので、交代であなたに警告しました。ですが、あなたは英雄ガレスのご令嬢……そんなことはあり得ないし、逆にもし望まれるのなら王家こそぜひとも縁を結びたいと願うと、父から諭されました。籠絡の必要はなく、娘がねだっていると英雄ガレスが王家に伝えるだけでいい。そうすれば王家はメデリア様との婚約を解消し、アドリアン様とあなたを婚約させる」
「キモッ! 冗談でもやめてよね!」
と私が怒ると、お漏らしの人は目を瞬き、そして苦笑した。
「ましてやあなたは聖属性の魔法使いで、最も聖女に近い。むしろ王家があなたとアドリアン様の婚姻を望むほうでしょう」
「お断り! 父様だって許さないよ!」
「わかっています。父も、陛下も。……そして、いまさらながら私も」
ホントかなー?
ジロッと睨むと頭を下げてきた。
「不快な思いをさせ、申しわけありません。諸々のお詫びと言ってはなんですが……。あなたに情報をお伝えします」
「情報?」
習ってない部分の試験範囲かな?
ソレ、聞いて大丈夫?
試験問題の横流しになるんじゃない?
……とか思っていたら、ぜんぜん違った。
「私オーレン・レグナード、騎士科のバルトス・ブレイブハウンド、そしてアドリアン・リーフル元第一王子。この三名が事前情報に踊らされ、あなたにからみ、断罪されました。あなたの潔白は晴れましたので、もうあなたにその件でからむことはないでしょう」
…………。
騎士科のバルトス何某君って、あのワンパン男だよね?
からんできてる……けど、そういえば『好敵手』って言ってたっけ。
つまり、私が第一王子とやらを好きだって勘違いはしていない、ってことか。
そう考えていたら、さらに続けた。
「……ですが、もう一名います。ドラマティカ公爵家に養子に入り、メデリア様の義弟となったヴィクター・ドラマティカ公爵令息。彼はメデリア様に心酔しています。彼女が王妃となるにふさわしいと常日頃から言っていたのに、それがなくなったことで、ますますあなたを敵視しているかと思われます。ですので、気をつけてください」
私は口を開けて呆ける。
「……え、ソレ、逆恨みじゃね?」
「そうですね」
そうですね、って……。
でも、彼は関係ないのか。
「……情報ありがとう。これからはもう、事前情報はしっかりと裏をとるようにね。勘違いで暴走すると、他人に迷惑をかけるから」
「心します。……そして、今までの態度と貼り紙の件、心からお詫びを申し上げます」
深く一礼すると去っていった。
いらない情報をありがとう……。
なら、横流しになってもいいから試験に出そうな部分を教えてくれるほうがよかったかなー。
私は彼の後ろ姿を見送った後、斜め横を見る。
「そんな心配しなくても、あんなへなちょこには簡単に勝てるよ、私」
レイヴンが本棚の影、お漏らしの人の後ろに隠れていて、いつでも攻撃できるように構えていたのだ。
レイヴンがこちらにきて、彼の去ったほうを見る。
「彼が闇ギルドを手引きしたならいっそ楽だなと思って聞き耳を立てていた」
「残念だよね。でも違うよ」
恋は盲目視野狭窄。
私にインネンつけてきたときは宗教にハマった人みたいな取り憑かれた目をしていたけど、さっき見たときは穏やかになっていた。
「確かに違うな。……だが、ちょっとした情報をくれたのはありがたい」
「そお~? 私としては『今度の試験、習ってない部分はこの辺りが出るよ!』ってほうがありがたかったかなー」
そう言ったら、
「リリス。その情報の対価は、君の試験結果が0点になることだ。そして罰として冬期休暇中、補習を受けさせられるだろう」
って返されたよ。確かに。




