第100話 メデリア・ドラマティカの処置 下
気を取り直したお父様が、
「お前には、隣国へ留学してもらうつもりだ」
と、告げた。
私は顔を上げてお父様を見る。
「隣国へ?」
「そうだ。……お前が犯人ではないが、お前がリリス・ヴァリアント男爵令嬢に関して敵視しているととられかねない発言をしたせいで周囲が犯行に及んだというのは確かだ。もう学園には行きづらいだろうし、お前もそれほどに怯えるリリス・ヴァリアント男爵令嬢がいる学園に行きたくないだろう。かかわらないようにと考えているのなら、いっそ国を出て、別の学園に通ってしまえばいい。ただし、卒業したら戻ってきなさい。……一応、婚約者の打診もしてある。隣国の、第四王子だ。王位継承権は低いのでまず王位には就かない。だが、なかなかに優秀だそうだ。あちらで交流を深め、帰国後にこちらで式を挙げる」
急な展開に戸惑うと、お父様がさらに告げる。
「残念だが、お前に公爵位は継がせられない。理由はわかるとおり、お前がリリス・ヴァリアント男爵令嬢を敵視しているからだ。……お前が夢の話を自分の中に閉じ込めておき、何事もなく振る舞っていたら、お前は王妃になっていただろう。だが、お前の発言を聞いて幾人もの未来ある少年たちが踊った。そして、お前が敵視していることは陛下にまで知られている。英雄の娘である聖女を敵視する娘に公爵家は継がせられない。わかるな?」
「……はい」
私はうつむき、小さく返事をする。
「お前の息子か娘、どちらでもいい。第一子をもらい受け、その子を公爵家の跡取りとして育てる」
私はお父様の言葉にまた戸惑う。
……先の長い話だわ。何年後になるかわからないのに……。
「第一子に関しては、お前と引き離して育てる。……その頃にはもう、リリス・ヴァリアント男爵令嬢は聖女に認定されているだろう。そんな彼女を敵視するお前が、自分の子に何を吹きこむかわからない。真に受けて聖女を攻撃しようとしたら、今度こそ公爵家は終わる。王族の血縁など意味を成さないだろう。そして、今度こそお前も処刑される」
私はヒュッと息を呑んだ。
……結局のところ、私の処刑フラグは立ったままなのね……。
絶望で泣きそうになったら、お父様が厳しく命令した。
「メデリア。私を見なさい」
お父様を見ると、真剣な顔をしていた。
「死にたくないのなら、もうリリス・ヴァリアント男爵令嬢に関して何も発言するな。リリス嬢はお前を敵視していない。もっと言うならお前のことを知らない」
「でも……私は、アドリアン様の婚約者で……」
「それがどうした? もう婚約は解消されている。そもそもリリス嬢は、アドリアン様のことを好いていない。むしろ毛嫌いしている」
私は言い返せず、黙るしかない。
……確かに一度会ったとき、嫌っているようなことを言っていたわ。
でも……どうして? 本来、二人は惹かれ合うはずなのに……。
「……私、リリスと会ったことがあります。向こうから近づいてきて……」
「何か言われたのか?」
「…………」
そう言えば言われてない。
私を視界に入れていなかったような態度だった。
「お前は意識しているが、あちらは全く意識していないよ。そもそも彼女は男女ともに友人が多く、貴族科にファンクラブがあるほどに人気者だ。常に周囲に人が集まる人間が、わざわざお前に注目するか? 近づいたのは、単なる勘違いだろう」
……確かにあのときはレイヴン様がいた。
だから近づいた。
「レイヴン様に近づいた私を気に入らないと……」
「レイヴン・シルバーウインド辺境伯令嬢に近づく令嬢は、お前だけではない。彼女は中性的な美貌の持ち主で、やはり貴族科にファンクラブがあるという。むしろそちらを敵視するんじゃないか? 少なくともリリス嬢がレイヴン嬢のファンクラブに何かしたという情報は入ってきていない」
「…………」
それ以上言い返せなくなった。
……本当に安心していいの?
「最後に付け加えておく。私はリリス嬢と話したことがある」
驚いてお父様を凝視した。
「非常に個性的で……なんというか、父親に似ていると私は思った。見た目は母親に似ているそうだが中身は父親そっくりで、サッパリしていながらも破天荒、だが父親より常識を知っている、といった感じだ。私は名乗ったし娘の名前も言ったが、まったくピンときていなかった」
お父様のその言葉を聞き、喜んでいいはずなのになぜか違う感情が湧いた。
……私はこんなにもあなたの影に怯え、あなたが私を陥れないよう、必死で未来を変えてきたのに……。
私を認識していないですって?
悪役令嬢の私を?
あなたが断罪するはずの私を?
――この感情を言い表すのは『屈辱』だろうか。
そう考えていたら、お父様が私を見据えた。
「メデリア。……まさか、よけいなことを考えているんじゃあるまいな?」
ハッとして首を横に振る。
「い……いいえ。違います」
「いいか、もう一度言う。次はないぞ。だからお前はリリス嬢から離れろ。あと、ケイラ嬢は顕著だったようだが、お前にも夢と現実を混同して考えることがある。リリス・ヴァリアント男爵令嬢は、父親譲りの気性で、お前を陥れるような性格をしていない。ならば自慢の鎚矛で敵を破壊していくような性格だ。お前など、ひとたまりもなく殴り倒される。だから近づくな。わかったな?」
「あ、はい」
素で返事してしまった。
……そういえば、アドリアン様も自慢の鎚矛で殴ろうとしていたわ。
「そういう性格なんですのね」
そうだわ。
私は悪役令嬢だったけれど、役から降りた。だから主人公であるリリスも役から降りたのよ。きっとそうなんだわ。
「わかりました。もうこだわりませんし、隣国へ留学します」
そうよ。
物理的距離を離せば断罪される機会がなくなるわ。
レイヴンだって、追いかけてきてまで私の息の根を止めようとはしないでしょう。
私は、少しだけ晴れ晴れとした気持ちでお父様の顔を見て返事をした。
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