第76話 勝利の宴
ロナウスバレーでの会戦から一か月。
王都リナエルテの宮殿も復興を果たし、戦いの勝利の宴が行われていた。この宴は新しく発足したアルラティア政府の発足を祝う宴でもあった。
戦のあとクロクムス帝国は降伏を宣言し、北大陸諸国は一斉にエルダイズ王国への恭順の意を示した。射手座星間連合保護管理局の導きもあり、南大陸と北大陸の統一国家の設立に合意したのだ。
宴も後半に入り、広い広間に大勢が散らばって、あちこちでグループを作っては話を繰り広げている。そんな中に入り切れず、広間の隅っこのほうで
「はぁ~~」
と情けない声を出していたのはメグである。
メグは派遣の女神として主賓だったのである。
主賓と言えば、スピーチである。演説ではない。お祝いの席なのでスピーチと言うほうが気が楽になる。そう言い聞かせてメグは、何とか宮殿でのスピーチを乗り切ったのである。スピーチが終わって緊張が切れてしまい、まったく力が入らなくなってしまったのである。
「いいスピーチだったじゃない」
そんなメグに近寄ってきたのは田中局長だった。
「そう言ってもらってよかったです。無い知恵絞って何を話すか考えましたから…」
褒めてもらっても嬉しさより疲れのほうが先に出てしまう。
「それに大人気ね。スピーチの盛り上がりはすごかったわよ」
確かにメグは人気だった。広間のあちこちから突き刺さるような視線を感じていた。
「俺たちの救世主だからな。まさに負け戦さをひっくり返してくれた」
そう説明したのはガルドだ。その横ではルミナスとザイールがうなづいている。それとマリオン隊長も一緒にいた。人見知りのメグは、宴の間を守ってもらうよう頼み込んだのだ。
そこに最強の助っ人がやってきた。
広間でも一番大きな人の集まりをかきわけて、男性が一人。そしてうら若き女性が一人、メグたちに向かって歩いてきた。
サルマン国王とメル王女だ。
国王と言う割には若く見える。王女のいる親とは思えない若々しさだ。これも魔力の高さゆえだろう。
「おお、メグ殿。宴は楽しんでいるかな?」
メグはうなづくと「はい、スピーチで緊張しすぎてしまいましたが、何とか頑張ってます」と答えた。国王は気さくなので堅苦しくなくてよかった。
「そうか、そうか。それにしても良いスピーチだったよ。地球政府が解放されたのが最近とは驚いた。これからも良い関係を築いて色々と教わりたいと思ってる。よろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします」
そういってメグはぴょこんと頭を下げた。
「そんな救世主に頭を下げられると困る。それと田中局長には新政府設立にはお世話になった。心からお礼を言わせてもらいたい」
田中局長は慣れた感じで対応していた。
「たいしたことないわよ。地球とかの連邦制を参考にしただけだし」
新政府だが、あくまでアルラティア星を代表する政府ということであり、各大陸の国自体は存続していた。複雑な国家間の交渉や射手座星間連合との条約締結で活躍したのが田中局長だった。
何より局長の対応は公平なものだとメグには思えた。どちらかが圧倒的な不平等条約とならないようにしながら、どうしても認められない点は誠意を持って説明する。
当たり前の対応に聞こえるが、実際に行うのは面倒なことだった。
射手座星間連合との話し合いも大変だった。結局、アルラティア星は完全な開国はせず、通商や人の往来を限る方法になった。ようは出島のような空港を作って、行き来する人や商品を新政府が管理するのである。ちなみに通商はタビ―貿易商会との独占契約となった。
「それより星間通信設備の設置許可ありがとうございました」
今度は田中局長が頭を下げた。
「そんな些細なこと、何の問題もありません。空港と一緒に我々がしっかり管理しますので安心してください」
サルマン国王はさわやかに笑顔で答えた。
考えてみれば、通信設備は問題になりかねない案件だった。メグがこの星に来たのは、星間通信設備を作るためだったのだ。たまたま争いに巻き込まれてしまったが、許可も取らずに勝手に設備を作るのは失礼とも言える。
それが空港と一緒に政府が管理してくれるのだ。設備要員の住居や食料などを考えると、この空港がこの付近の星域の中心となるかもしれない。
田中局長はにっこりと笑うと、今度は王女に話しかけた。
「テルメール王女もお疲れさまでした。体力は戻りましたか?」
王女はとびっきりの笑顔でうなづいた。
「えぇ、もうすっかりです。あの装置は素晴らしいですね。あっという間に魔力が復活しましたもの」
この一か月で一番忙しかったのは王女だったかもしれない。
南大陸の主要穀物である小麦には王女の豊穣の祈りが欠かせない。これがないと来年の収穫量が激減してしまうのである。クロクムス帝国の侵略により、今年は豊穣の祈りを執り行うことができなかったのだ。
このままでは10年前の悲劇が起きてしまうかもしれない。それが国王をはじめ、エルダイズ王国の不安だった。
この事態は田中局長も把握しておらず、豊穣の祈りができるスタッフを用意していなかったのだ。何しろ豊穣の祈りは複雑な魔法で、使える人が少ないのだ。また再現できる魔術回路は未だに知られていない。
だが、この10年ほどで豊穣の祈りの解析が進んでいた。
豊穣の祈りとは、窒素やリン酸などの肥料の析出と散布、遺伝子改変による収穫量増加、防虫効果や耐病性の付与、などを一度に行う魔法技術のことだ。これらの効果を一度に付与するので、一人では負担が大きすぎた。
要するに、これを分割して実施することで、一度に必要とする魔力を減らすことができたのだ。
もっとも遺伝子改変だけは解析できなかった。これに関しては、今後は地球の小麦をもとにした新しい品種を導入することが決まった。これで遺伝子改変を行う必要もなくなる。
「ほんとうに来年の収穫に間に合ってよかったです。負担も思ったよりずっと少なかったです。これなら来年から楽になります!」
まだ15歳と若いテルメール王女の言葉に、国王がうなづいた。
「そうだね、来年からは一人ではなく何人かで分担して、豊穣の祈りを捧げられるようにできそうだね」
国王の言葉には安堵と一人で頑張ってきた娘への感謝とが入り混じっていた。
これで10年前の悲劇は繰り返さなくてすむのだ。
ここで田中局長がメグに目で合図を送ってきた。
二人はこっそりと広間を抜け出し、すぐ横のバルコニーに出た。広間の喧騒が少し和らぎ、誰もいないバルコニーは静かに感じられた。いつの間にか夜になり、空には星空が広がっていた。
「やっとゆっくりと話せるタイミングができた」
田中館長が嬉しそうにメグに話しかけた。
「お互い、というか局長は忙しかったですからね」
ふっと田中局長がにやっと笑った。
「それで、あの突撃はどうしたの? 巡洋艦を相手にコルベットで戦いを挑むのも驚きだしな。まさか勝てると思ってたのか?」
局長の顔がニヤニヤしている…
「今さら、その話ですか~」
メグは一瞬考えてから答えた。
「何も考えてなかったです。まさか撤退してくれるなんて運がいいなって。今になって思います。もう一度やれって言われたら絶対に断りますね」
局長は頷いた。
「やはり、そうだったのだな」
単にコルベット級で勝ったという話ではない。これは単独操作艦、つまりメグ一人がコルベットを操作して戦ったのである。しかも途中で操縦手が突撃していなくなっている。
「今回の空戦は貴重な記録だって、軍も注目しているらしいな」
「へー」
メグとしては軍など知ったことではない。
「でもナギは手放したくないな」
メグにとってはカグヤN105号は単なるコルベット級の宇宙船ではない。一人の人格を持った宇宙船としか思えなくなっていた。
「それとマグザールと戦ってどう思った?」
ちょっと意外な質問を田中局長が聞いてきた。
メグはすぐには返答できなかったので少し考えてからゆっくりと答えた。
「そうですねぇ…… 思ってたのと少し違うというか。マグザールって単なる人殺しの犯罪集団だと思ってました。でも実際に戦ってみたらちょっと違うなって」
局長が何も言わないのでメグは話し続けた。
「まさか話が通じる相手とは思ってなかったんですよ。でも文明発展星を相手にいきなり巡洋艦を出さないとか、意外と星間法のような不文律を守っていた気がします。犯罪者集団なのに妙にルールを守るふりをしてる感じですかね~」
「そうね。マグザールが犯罪集団なのは確かだけど、必ずしも人殺しはしないようね」
「私… 先のユーラシア大戦の影響で実家が被災して大変だったんです。だからずっとマグザールは残忍な敵と思い込んでたんです。でも彼らもルールやしがらみに縛られてるんだろうなって。そう思うと、敵は敵だけど消滅しろとまでは思えなくなった気がします」
「ふふ。今回はマグザールたちを見逃したけど、次はちゃんと捕まえてね」
局長の意外な言葉にメグは少しむっとした。
「これでも、かなり頑張ったんですよ。もっとですか~」
「頑張ったのは知ってるわ。それでも逃がしたって突っ込まれるものなのよ。他人の足を引っ張るのが大好きな人がいるから気を付けてね」
田中局長の面白くない話を聞いて、さっきまでの高揚した気分が飛び散ってしまったメグだった。だが局長の話は続いた。
「それとね。派遣の女神って名乗ってたけど、メグの正しい肩書は出向よ」
「そうなんですか! じゃ、出向の女神って名乗らないとだめですか?」
「まさか、大丈夫。名乗りなんてなんでもいいし。派遣の女神もいい響きと思うわ」
メグの肩の力が抜けてきた。
まぁ何でもいいや。
これからしばらくは保護管理局で働くのだから楽しもう。
「あぁ、そうそう。星間通信局は廃局になるって決まったわよ」
「ほんとうなんですか? タビ―貿易の人たちから聞いてたんですが」
「あの人たち、耳が早いわねぇ」
「じゃ、通信局に戻れないんですか?」
「そうね」
「ということは出向ですらなくなると?」
「うーん、転籍になるかな」
「転籍の女神ですか?」
「あまり響きが良くないわねぇ。そもそも、ここで働きたいと思ってる?」
あまり考えてなかった。
今までは目の前の仕事に飛びつくだけだった。
そういう意味では目の前にある仕事は女神、ではなくて、保護管理局になる。でもほかの仕事に何があるかよくわかってないし、断ってしまったら無職になってしまうし。
そこにガルドがやってきた。
「おー、今夜は良い夜だな」
思いっきり手を伸ばして深呼吸をすると
「今晩の主役がいなくなったって、サルマンが悩んでたぜ」
と、やってきた理由を伝えた。
「も、戻ります……」
こんな短い言葉でも、どんどん声が小さくなるメグだった。
「だが、もう少しゆっくりしても罰は当たらねぇとおもうな。俺もああいうかしこまった場所は苦手だしな」
ガルドはメグの性格をおおよそ把握していた。女神とか言われているが、中身は普通であると。いや、かなり極端な恥ずかしがり屋だと。
しばしの沈黙のあと、ガルドは二人に話しかけた。
「俺たちが女神に初めて会ったのは今から50年前だ。そのときに魔法だけでなく国や制度についても教えてもらって、それからずっと国を回してきた。もうダメかと思ったこともあったが、何とか切り抜けてきた。今回のことを経験して、今までの努力が正しかったと証明できた気がするぜ」
そして二人に向くと、右手の拳を差し出した。
「だから二人ともありがとう。これからもよろしく頼むぜ」
ガルドが差し出した手に田中局長は自分の手をこつんとぶつけた。
ちょっとした挨拶替わりだ。
「私みたいな経験不足な女神でもよければ、ぜひ」
メグも、自分の手をガルドの手にぶつけた。
「あら、女神を続ける決心がついたのかな?」
「局長は目ざといですね… ええ、そうですよ、っと」
「うふふ。よろしくね、女神さま。じゃ、宴に戻りましょう」
メグの3人が広間に戻ると大きな歓声が待っていた。
今夜の主役が戻ったのだ。




