第63話 罠
戦車4台と20名ほどの帝国軍の随伴兵たちは、アルミダたちとの激戦があった丘を超えて丘陵地帯の奥へと進んだ。
次の丘を越えたところで、小さな窪地に出た。
前方は今までと比べると急な斜面になっていた。あるいは丘の間を流れる小川に沿って進むか。こちらはうっそうと茂る林を抜けていく必要があるうえに戦車が並んで通れるほどの幅がなかった。
どちらにしても随伴兵にも戦車にも厳しい道なのは同じだった。
この窪地こそ、サルマン国王やメルリンたちが考えた罠を張った場所だった。行く手を阻む丘の斜面には強力な地下陣地を作っていた。その反対側の斜面、つまり戦車が越えてきた丘の中腹にも、窪地に向かって陣地を構築していた。
窪地を包囲する罠のように陣地を張り巡らしていたのだ。
この陣地を見下ろせる小高い丘に作られた監視塔にはザイールと彼の部下が配置されていた。部下というより弟子というべきかもしれない。ザイールから魔法を教わった魔法にたけた工兵が多い。
眼下の窪地に戦車4台が入り込み、動きが止まった。随伴兵は4台の戦車に守られるように、戦車の間に集合していた。
『攻撃、開始!』
ザイールの号令とともに、戦車を囲んだ丘から一斉攻撃が始まった。
対物ライフルの斉射により敵の結界を破るが、負けてたまるかとばかりに戦車は結界を張りなおす。その繰り返しだ。4台の戦車が協力して作り出す結界を全て破壊するのは難しかった。
随伴兵たちは4台の戦車に守られながら、必死で塹壕を掘っていた。おそらく魔法の上手な兵士が何名かいるのだろう。結界の隙間を通り抜けた弾丸から身を隠すには地面を掘り下げて隠れるのが一番安全だ。
だが、それこそ王国側の狙いでもある。
一斉に4台の戦車砲が火を噴いた。
轟音が窪地にとどろき、丘の中腹にある陣地が吹き飛んだ。ザイールはアルミダから戦車砲の威力を聞いていたが、それでも破壊力に驚いた。あの商人が持ってきた対戦車ロケットと比べても貫通力が桁違いのようだ。
ザイール達が作れる最強の強化セラミック製のトーチカであっても、中の兵士を守るのは難しいだろう。
再び戦車の一斉射撃。
撃ったら逃げる。これを徹底しているとはいえ、兵士は逃げきれているかどうか。
『突撃!』
戦車4台すべてが窪地に入り込んだのを確認したところでザイールが号令を出した。
すると窪地の底に隠れていた黒鱗騎士たちが立ち上がった。黒鱗騎士3名で一組。それが全部で4組なので12体の黒鱗騎士だ。
それぞれ左手には盾を、右手には長柄の棒のようなものを握っていた。棒の先端は膨らんだ果実のようになっている。これはアルミダがもらった魔導具を参考にしてザイール達が作り上げた新兵器だった。なんでも刺突爆雷と呼ばれる兵器だそうだ。
先端には少しくぼんだ金属板が張られていて、中身は爆薬が詰め込まれている。これを爆発させると、金属板が水のように噴出する。原理としては対戦車ロケット砲や帝国軍が使っている砲弾と同じだそうだ。
見た目はしょぼいが、結界や戦車の装甲を破壊できる。
黒鱗騎士たちの行く手を最初に阻んでいたのは戦車が張り巡らした結界だ。これを破壊しなければ戦車に近づくことができない。
黒燐騎士にあわせて丘の斜面からの対戦車ライフルの一斉射撃が始まった。戦車の結界を完全に割り切るのは無理だが、残る結界は少なくなった。そこに黒鱗騎士の一体が刺突爆雷を突き立てた。
爆発とともに結界はもろくも砕け散った。
ザイールは小さく右手で勝利のポーズをとった。
手作りの刺突爆雷でも戦車と戦える。
結界が破壊されたことで、帝国の随伴兵たちと黒鱗騎士を遮るものはなくなった。小銃が黒鱗騎士たちに向かって火を噴いた。
だが監視塔から見ている限りでは、あまり効果はなさそうだ。これはアルミダからの報告の通りだった。
黒鱗騎士にとって銃弾は脅威ではない。そもそも痛みを感じないからだ。弾丸が体にのめりこむぐらいでは動きに支障はない。貫通して体の一部ごと破壊されれば動きが鈍るが、盾を貫通した銃弾では威力が足りないのだ。
随伴兵の集中砲火を受けても怯むことなく一心不乱に突撃していく黒鱗騎士たちにザイールは感謝した。彼らがいるから可能になった攻撃だ。このような自殺攻撃は自分の部下にはさせられない。
とうとう後方に位置していた戦車に黒鱗騎士たちが肉薄した。一人の黒鱗騎士が戦車の横腹に爆雷を突き立てると、爆発が起きた。
煙が収まると、黒鱗騎士の姿は見えなくなっていた。爆発に巻き込まれたのだ。
戦車の後方に大きな穴が開いていた。さらに戦車から数名の敵兵士が逃げ出したのも見えた。
「まず一台撃破!」
ザイールの言葉に、監視塔にいる兵士から歓声があがった。
メグの情報では、戦車の弱点は後部にある。装甲が薄いうえに、重要な機材が集中しているらしい。
また別の戦車で爆発が起きた。
こちらは戦車の正面での爆発だった。
残念ながら戦車には大きな損傷はないようだ。兵士が逃げ出す様子はないし、砲塔が動いている。
『投擲開始!』
戦車を囲む丘の中腹にある陣地から対戦車弾が発射された。これもザイール達が作ったお手製の成形爆轟弾だ。これは魔法兵士の念動で飛ばすように作られている。距離も短く狙いも荒いが、この距離であれば戦車にだってあたる。命中すれば十分な破壊力があるのは今の攻撃で証明されたのだ。
残った3台の戦車を目掛けて、次々と対戦車弾が落ちていった。随伴兵は戦車の間に隠れるようにしているが、生きた心地はしないだろう。
『黒鱗騎士、攻撃!』
再びザイールが命じた。
黒鱗騎士4組が窪地の中から立ち上がった。対戦車弾と戦車砲の煙がくすぶる戦場を駆け抜けるのがザイールには見えた。残りの4組も突撃させれば戦車を殲滅できる。
そうザイールが確信した時だった。
なんの前触れもなく、陣地のある丘が潰れたのだ。
そこには岩で出来た巨大な岩石弾が打ち込まれていた。それが二か所。
「攻撃は、どこからだ?!」
ザイールは戦場を見渡したが、敵らしき相手が見当たらない。
そのとき横にいる監視員が叫んだ。
「上です! 帝国の飛行軍艦です!」
ザイールが見上げると、帝国の巡洋艦が上空に浮かんでいた。
地上の戦車に気をとられて、空への注意が足りなかったのだ。
『空に向けて結界を!』
ザイールが号令をかけると、窪地を囲む丘のあちこちに小さな結界が出現した。
だが…
帝国の飛行軍艦からの攻撃に対して結界は非力だった。
先の戦いで分かったことだが、結界一枚だけではあの岩石弾を防ぐことはできない。しかも結界を張るなど、どこに陣地があるかばらしたようなものだ。
そこに戦車からの砲撃が加わった。
陣地が崩壊していく。
ザイールが慌てて結界を消すように指示したがすでに遅い。
こうなったら、次の手段だ。
『サルマン! 聞こえるか?』
ザイールは国王へ念話を飛ばした。
『ああ、そちらの状況は?』
『上空に帝国の戦闘軍艦が現れた。空からの岩石弾と地上の戦車に挟まれた。何とかできないか?』
『こっちから敵船は確認できた。ちょっと待て』
サルマンからの返事が終わるとほぼ同時に、丘陵地帯の奥から何本もの光線が飛行軍艦めがけて伸びた。巡洋艦は表面から、いくつか爆発が起きたが、すぐに光り輝く膜で覆われた。あれは鏡面防御だ。丘から伸びる光線があちこちの方向へと反射した。
飛行軍艦からの攻撃は止まった。
ザイール達は命拾いをしたのだった。




