第62話 対戦車戦
ロナウスバレーから5㎞ほど離れた地下壕にサルマン国王たちはいた。丘陵地帯の地下深く張り巡らされた地下陣地の一番奥深い場所だ。
今回の作戦はメグたちと作ったものだった。初めて使う自動小銃などの兵器に、初めて敵対する戦車と、知識がないにもかかわらず作戦をたてられたのは、カグヤN105号の持つ豊富な戦闘記録のおかげだった。
「帝国戦車隊が動き出したぞ。巡洋艦は相変わらず浮いてる」
国王に報告がもたらされた。アルミダからの報告だ。
近接戦闘にたけた彼女にとって、結界持ちの戦車は相手が悪い。遠距離からの攻撃に対して、防御も反撃もできない。
それでも親友でもあるテルメール王女に屈辱を与えた帝国への怒りで最前線に出て行ってしまった。
生きて帰ってくれと願う国王には、手はいくらでもあると豪語していたアルミダだった。偵察任務と確かに彼女なら何か秘策があるのかもしれない。
もう一人、帝国に対して居ても立っても居られないのに親衛隊のマリオン隊長がいた。彼女は王女と一緒にさらに後方のロナウス砦へ移動してもらった。そこで負傷兵の治療と介護に当たるのだ。万が一、砦を脱出する場合の王女の護衛でもある。
* * *
アルミダが陣取っているのはロナウスバレーを見下ろす小高い丘にある地下壕だった。そこからは盆地を走る戦車が良く見えた。監視塔としては最適な場所にあった。
帝国の戦車部隊が進む先には、塹壕を掘ってあった。だが案の定というか、予想通りというか、戦車は塹壕や落とし穴を軽々と超えて迫ってきた。
「ま、そうなるよね」
地上から少し浮いているのだから、下に掘っても意味がないのだ。それでも試してみたいと言ったのはアルミダだった。ザイールの部下に頼んで、幅2メートル程の塹壕を丘陵地帯に沿って作ってもらったのだ。
アルミダは気を取り直して…というより期待通りだったことに喜びながら、敵の陣形の報告をした。予想通り、戦車隊は横一列のまま丘陵地帯に入り込もうとしていた。
どうやら戦車にとってアルミダたちがいる岩山は急峻すぎるのか、目の前の戦車は左に向きを変えて少し平らな丘へと向かった。
あの丘には地下要塞がある。あちらが対戦車の主な陣地となっている。ここで戦車隊の前進を阻むのが作戦の第一段階だ。
そこに戦車6台が肉薄した。一方、随伴兵のほうは塹壕を乗り越えるのに時間がかかっていた。戦車との距離が離れ、防御が手薄な状態になっていた。
「帝国戦車隊、陣地から500メートル。炎弾、一斉射!」
アルミダの連絡とほぼ同時に、戦車正面にある丘の陣地から炎弾が降り注いだ。
戦車は結界に守られ無傷だが、随伴兵は炎弾を避けるため窪地などを使って炎弾を防ぐしかなかった。結界生成装置を持っていれば問題ないはずだが、戦車の結界に頼ってるのだろう。
戦車の主砲が火を噴いた。
盆地に重低音が鳴り響いた。
炎弾を放ったあたりに弾着し、一気に丘の側面が崩壊した。戦車4台からの攻撃は苛烈だった。
「結界!」
アルミダがたまらず命令した。
このまま砲撃を受けては、強靭な陣地と言えども崩壊してしまう。
丘の前面に結界が張られた。そこに戦車からの砲撃が着弾し、派手な爆発が起きた。どうやら主砲には結界破壊弾は使ってはいないようだった。
「炎弾!」
主陣地から再び炎弾が発射された。
結界を避けるように上空に向けて撃たれた炎弾が、きれいな放物線を描いて随伴兵に向かって落ちていった。
思わず随伴兵たちは塹壕内に逃げこんだ。王国が作った塹壕なのだが…
だが炎弾は地面まで到達しなかった。戦車の上面結界が広がり、随伴兵を防御したのだ。
「今だ! 対戦車攻撃!」
アルミダの掛け声に合わせて、結界の隅から対物ライフルによる一斉射撃が始まった。結界破壊弾を浴びて、戦車の前面結界が壊れていく。壊れたところを狙って4発の対戦車ロケットが火を噴いた。
するするとロケットからの噴煙が戦車へと伸びると、爆発が起こった。
4台の戦車に1発ずつのお土産だ。
アルミダが目を凝らしてみていると、徐々に煙が収まってきた。
だが煙の中から現れた4台の戦車は無傷だった。結界を破り戦車に直撃したと思ったが、結界が残っていたのか。
戦車の砲塔が対戦車ロケットの発射地点を向いた。
こちらも結界を張り返した。
撃ったら防御する。
それが今回の作戦で何度も念押しをされた点だった。
結界に向かって戦車から機銃が掃射されると、あっという間に結界が壊れていった。負けじと結界を張りなおすが、機銃による破壊には間に合わなかった。
重低音とともに主砲が火を噴いた。
結界が破壊された瞬間を狙って、主砲を撃ったのだ。
これが戦車の怖さだった。機銃により結界を破壊し、結界が壊れたタイミングで主砲を打ち込む。全てが自動で動くという話だった。
「大丈夫か?」
アルミダの問いかけに「全員、退去ずみです」との答えが返ってきた。
ほっと安堵するアルミダだった。
今回の戦闘の鉄則その2は、攻撃したら逃げる。だった。
ヒット&アウェイ、格闘技と同じだな。守り切れないのなら、避ける。避けながら攻撃する。攻撃するのは大好きだが、守りの大切さも身をもって知っているアルミダであった。
対戦車ロケットによる戦車戦はあまり効果がなかった。
それなら、別の対抗策を試す番だ。
アルミダは戦車の前に広がる丘の頂上付近にある陣地に命令した。
「炎弾、撃てぇ!」
アルミダの掛け声とともに、丘の上から炎弾が戦車へと伸びていった。
排煙10本ほどが戦車の結界で断ち切られた。
炎弾で結界は破れない。ちょっとした目くらましのつもりだったが、戦車からの反撃は早かった。炎弾の発射地点に向けて、機銃と砲撃が降り注いだ。
「負けるな、炎弾、撃ち続けろ!」
アルミダの掛け声もむなしく、今度は5本の炎弾しか発射されなかった。
「もう半分しか残ってないのか」
最初の反撃で炎弾陣地の半分が吹っ飛ばされたのだ。それだけ戦車の砲撃の威力があるということだ。そこに、4台の戦車の集中砲火が降り注いだ。
幸いなことに、炎弾は魔装具を遠隔操作しているので人的被害はない。
炎弾で戦車の注意を引いた間に、トーチカには王国兵が戻った。
「トーチカ、行けるか?」
「大丈夫です!」
「よし、黒燐騎士の突撃開始だ。トーチカは援護!」
今度はトーチカから爆炎魔法が放たれた。
もうもうと黒煙が立ち上り、戦車の付近は見通しが悪くなった。
「行け!黒燐騎士」
アルミダの声と同時に地面に隠れていた黒鱗騎士が飛び出した。黒鱗騎士4体は銃の使い方を覚えることができなかったので、今でも剣と盾の武装だ。だが先ほどの一斉射撃で血に伏せていた随伴兵には十分効果的だった。
黒鱗騎士が数百名の随伴兵に襲い掛かった。
切りつけられた随伴兵が悲鳴を上げた。
何人かの随伴兵は銃で反撃したのだが、銃弾は黒鱗騎士を通り抜けてしまう。これでは黒騎士の動きを止められない。
慌てふためいた随伴兵は戦車の脇を逃げ惑った。
そんな黒燐騎士の動きを止めたのは戦車からの銃撃だった。戦車にある大きな機関銃により黒燐騎士の体ごと粉砕されてしまった。
戦車の砲塔が再びトーチカに向いた。砲塔から噴煙が噴き出すと、トーチカの分厚い強化酸化ケイ素壁が爆散した。
『生きてるか、18番トーチカ!?』
アルミダはたまらず、直接念話で確認した。
だが返答がない。
煙が収まると、トーチカのあった場所は無残に破壊され、地下奥へと続く通路がむき出しになっていた。
監視塔から眺めるしかできないアルミダに念話が入ってきた。
『こちら18番トーチカ。砲手と狙撃手の二人がやられましたが、残り3名は無事です』
犠牲が出たが全滅ではなかったことに少し安堵したアルミダだった。
『そうか! 無事でよかった。今はどこにいる?』
『第一通路の部隊と合流してます』
王国陣地からの攻撃が収まったので、帝国軍の随伴兵や歩兵が、破壊されたトーチカの中をのぞいていた。
再び戦車隊が動き出したが、どうやら2台の戦車は丘にとどまることにしたようだった。いや、とどまるというよりは動けないと言ったほうが正しいかもしれない。どうやら先の攻撃で駆動装置が故障したようだった。戦車の後方から続いていた歩兵たちも丘の前で進軍を止めた。
アルミダは悔しさでいっぱいだった。再び動き出した戦車4台を見送ることしかできないのだ。ここで飛び出しても戦車や随伴兵から一斉に攻撃をされれば、いくら卓越した反射神経を持っているアルミダでも避けきるのは無理だ。
だが目的は一部達成した。
そもそもアルミダは前哨陣地にいるのだ。敵撃破が目的ではない。
それでも戦車6台のうち2台は足止めした。
いくつか分かったこともある。対戦車ロケット一発では戦車を破壊できない。最低でも2発は当てないと確実に足止めすらできない。一方で帝国兵の使う銃は黒燐騎士には効果が薄い。
ただ、もう一つの目標が残っていた。
戦車と随伴兵の分断だ。できるだけ戦車から随伴兵を切り離したい。
自分がすべきことは何か?
アルミダは、冷静に自分に問いかけた。
目の前には100名ほどの随伴兵が動き出していた。
こいつらを止める。
「後は任せるぞ」
そう一人の監視員に言い残してアルミダは監視塔から飛びだした。そのまま帝国の真正面に出てしまっては監視塔の位置がばれてしまうので、いったん丘の裏に回ってから帝国兵が群がる丘のふもとへと舞い降りた。
「帝国の犬ども! 目にもの見せてくれる」
アルミダが大見えを切った。
* * *
一方の帝国兵と言えば、全員があっけにとられたような表情で固まってしまった。銃を持たない丸腰の女性が現れ何か大声で叫んだと思えば、100人以上いる軍隊とたった一人で戦おうというのである。
どう反応していいのか、分からなかったのである。
だが、そんな悩みも一瞬で吹き飛んだ。
爆音が響いたと思うと、その女性の姿が消えたのである。そして一人の帝国兵が叫び声をあげると10メートルほど吹き飛んだ。
あの女はふざけているのではない。これだけの部隊と戦うだけの実力があるのだ。
また別の歩兵が吹っ飛ばされた。慌てて帝国の随伴兵が銃を構え辺りを見回し、歩兵は剣と盾を構えた。また一人が叫んだ。これで3人目だ。だが女性の姿は見つからない。
「透明化する魔法か?」
「王国に、そんな使い手がいたのか?!」
「そんな馬鹿なはずがあるか!」
帝国兵が口々に叫びながら辺りを見回していると、一人の随伴兵が叫んだ。
「いたぞ!」
そこには、確かに先ほどの女性がいた。
あわてて兵が銃の狙いを定めた。
「おい、撃つな!」
味方だらけの中で銃を撃てば同士討ちにしかならない。
帝国兵の悲鳴が響き渡った。
そして、また爆音。
帝国兵はパニックになった。
アルミダの高い身体能力は、音速を超えて移動することを可能にする。もう一つの能力は風を制御し、音速を超えると発生する衝撃波を抑えることができるのだ。
最初の動きは、わざと衝撃波を発生させて注意を惹いたのだ。そのあと敵軍内を移動するときは無音で移動しながら攻撃する。それがトリックだった。
さらに言えば移動するのにも風の力を利用して体全体を一気に加速させている。筋力だけでは加速度に耐えられない。まさに風の賢者という称号は伊達ではないのだ。彼女の高い身体能力は、風の能力と反射神経を使いこなしてこそであった。
アルミダが移動を止めて姿を現しては消える動きを繰り返し、時たま爆音を混ぜる。また別の帝国兵が「いたぞ!」と叫ぶと、そのあとに銃声が響いた。自軍の銃により帝国兵が何人も倒れた。
味方の銃弾を避けるため、帝国軍は次々と地面に伏せた。残ったのは数名の銃を構えた随伴兵だけになった。
突然開けた戦場で、アルミダの目線に戦車が入った。砲塔がこっちを狙っていた。さらに戦車を中心に帝国軍を分割するように結界が出現した。
風の賢者にとっての苦手なのは結界だった。せっかくのスピードが結界によって阻まれてしまうからだ。さらに自分の得意技では結界を破壊できない。アルミダにとってサルマン国王は天敵ともいえる相手だった。
だが、それも数日前までの話だ。メルリンと仲間がもたらした知識と道具が苦手を克服した。
アルミダの両手にはめているのは、ナックルガードと呼ばれる魔導具。あのゼレン号の艦長ネクライスからもらった道具だった。小さなタコの吸盤のような凹みが4個ついている。この凹みに金属膜を作り出し、それを爆炎魔法で金属を水鉄砲のように打ち出す…というのが説明だった。
何でも古くからある魔導具を改良したとのこと。この凹みの形が難しくて…などと楽しそうにネクライスが話していた。要するに、これで殴れば対戦車砲と同じように結界を破壊できるのだ。
行く手をふさいでいる結界に向けて、大きく振りかぶるとゆっくりと拳を突き出した。
強く殴りすぎて魔導具を壊したら大変だ。ちゃんと魔力を込めた上で、狙った方向に金属を飛ばすのが大事だ。何度も練習したので問題はない。
ナックルガードの4発を受けた結界はばらばらに砕けた。だが結界を破壊したということは、つまりアルミダは戦車から丸見えになっていた。
しかも殴る時に動きが止まってしまうのだ。まだ使いこなしていないということだ。
いかに高い身体強化能力を持つアルミダと言えども、機関銃の弾に当たれば腕の一本ぐらいか、当たり所によっては体の半分近くを持っていかれる。
だが、命中すればの話だ。
弾丸の速度は1000m/sほど。それが毎秒5発ぐらい。つまり弾丸と弾丸の間には200メートルぐらいある。そう考えると弾を避けるのは簡単そうに感じられる。
一方で、アルミダと戦車の間は40メートルぐらいか。銃口から弾が出てから、0.04秒で到達する。弾丸を見て避けるのは、かなり厳しい。だが銃口の方向から弾の軌道を見極めることなど武術に秀でたアルミダにとって簡単なことであった。最初の一発さえ避けることができれば、次の一発まで0.2秒も余裕がある。
アルミダは銃弾を避けながら、少しずつ破壊されたトーチカへと近づいた。
今のところ戦車と相対したことは問題ではない。帝国兵はアルミダの華麗な動きに見とれるだけで何もしてこないからだ。
だが集中攻撃されてはまずい。背後から撃たれれば避けようがないのだから。それに敵の注意は十分に引いたはずだ。このまま、トーチカの通路まで敵を連れていく。迷路のような地下通路に帝国軍を引きずり込んで歩兵と戦車を引き離す。
トーチカに入り込む前に、アルミダはちらりと丘の上を見た。
先に進んだ4台の戦車と一緒に20名ほどの随伴兵が見えた。
残りは全員がアルミダの後を追いかけている。随伴兵と戦車を完全に引き離せたとは言えないが、十分だろう。
アルミダは破壊されたトーチカから薄暗い地下トンネルへと逃げ込んだ。この地下壕、入り口は狭いが、いったん中に入ると意外と広い。横幅3メートルはある通路が奥へと続いていた。
このまま兵士たちを地下通路に引きずり込んで足止めをする。それがアルミダの考えた作戦だった。残りの戦車はザイールとサルマンに任せた!




