第61話 地上攻撃
巡洋艦の艦橋に座ったダニエマルカムは、地上の王国軍の撤退を注意深く観察していた。
一方、第2チームの操艦には少しイライラしていた。もっとも魔力が少ないのだから、苦労するのは仕方がない。戦闘中の退避行動などは期待しないほうがよさそうだ。
古い友人のダルカルムも慣れない攻撃担当だが普通にこなしてみせた。ああ見えて実は得意は探知魔法なのだが王国軍の頭上から4発の岩石弾をお見舞いすることに成功した。
ハリカムも慣れない防御担当だが落ち着いて見える。さすが年の功だな。まだ防御する必要がないからかもしれないが。
「ブラスター砲より岩石弾のほうがいいな」
「結界は物理が一番ってか。もう一発お見舞いしますかい?」
「今度は発射タイミングを少しずらせ。最初の2発で結界を破壊してから次の2発だ」
「了解」
「操艦手は、今の位置を維持」
ダルカルムが射手席の感応装置に手をかざした。彼の魔力を巡洋艦の砲塔へ伝えて、岩石弾を生成するのだ。
すぐ横には探知手、操艦手、防御手、そして探知手と、全部で5つの椅子が半円を描くように並んでいる。軽巡洋艦の狭い艦橋には、ほかに5つの補助席が備わっている。探知班や通信班の席だ。
「岩石弾、発射」
ダルカルムが叫ぶように報告した。
「相手の被害は?」
「着弾の確認。2発で結界を破壊、残り2発が王国軍に命中」
探知班の成果報告に、ダニエマルカムはにやりと笑いがもれた。
「このまま空から王国軍を削る」
艦長の掛け声で、少し艦橋の緊張感が緩んだとき、探知班の大声が狭い環境に響いた。
「対艦ロケット!」
ダニエマルカム艦長が「結界だ!」と叫んだ。
防御手のハリカムは、最初の探知班の声に反応して結界を張りはじめていた。
艦橋に爆発音が響いた。巡洋艦からは軋むような音が漏れ出ていた。
「どこからだ?」
「この先の丘陵地帯からです」
艦長の問いに探知班が答えた。
王国軍に対空攻撃ができるとは侮りすぎていたか。
「被害は?」
「砲塔への魔力伝達は問題なさそうだな」とダルカルムが、
「結界も無事ですな。三重まで張りなおせました。残念ながら全弾防御はできませんでしたが」とハリカムが、落ち着いた声で報告してきた。
最後に連絡班から「まだ被害の報告はありません」と返事がきた。
一瞬だけ後悔したダニエマルカムだが、巡洋艦には致命傷はないと聞いて気を持ち直した。この船は軽巡洋艦と言えども、対地戦闘用に改造してあるのだ。特に船体の前面と下部は分厚い装甲に守られている。対戦車ロケット程度では傷つかないのだ。
俺は運がいい。そうダニエマルカムは自分に言い聞かせた。いつものおまじないだ。
だが、そのおまじないの効果は短かった。
またも爆音が艦橋に響き渡った。
先ほどより小さな爆音だが、その代わりに
「ぎゃっ!」
と探知手が叫んだ。
「す、すいません。熱光線です。私は大丈夫ですが、船底の探知手の目がつぶれたと思われます」
「砲塔が一つ反応がなくなった」
全ての報告を待つことなく、ダニエマルカム艦長はハリカム防御手に命じた。
「対閃光結界、急げ」
ほどなく、探知班からの視界共有が真っ黒になった。対閃光結界とは、要するに鏡を張るようなものだ。光を全て反射するので、内部は暗闇になる。当然、外の様子も全く分からなくなるのだ。
「攻撃翼、展開」
通信班によりダニエマルカム艦長の命令が巡洋艦後部に伝わると、大きな3枚の翼が船体からせり出した。翼が結界の外に突き出せるように結界には隙間が作られている。翼を展開して結界の外側に砲塔を出すことで攻撃ができる。
ただ砲塔の数が減るので、攻撃力としては大幅に低下してしまう。結界が自分たちの攻撃だけ通せれば楽なのだが…
「次は視界の確保だな。本艦と丘陵地帯との間にだけ対閃光結界を張る。レーザーだけ注意すれば大丈夫だろう」
そうハリカムに命じたが、しばらくしても視界は戻らなかった。
「おい防御手、どうした?」
ハリカムが淡々と答えた。
「すいません無理でした。非定型の結界はアイアルしか作れないかと」
ダニエマルカムは大きく息を吸ってから、ゆっくりと吐き出した。
やはり5人そろわないと…
「仕方ねぇ。探知翼も展開だ」
探知用の細い翼が3つほど船体からせり出した。この翼も攻撃翼と同じ結界の隙間から出ている。砲塔は攻撃手の魔力を攻撃手段に変換するだけなので無人だが、探知翼には探知班、つまり人間の目が必要だ。結界の外に出る非常に危険な役目なのだ。
「ハリカム、対閃光結界は一番内側に張ってる?」
「もちろんですぞ」
普通の結界は視界を遮らない。これなら探知翼は一番内側の対閃光結界の外に出るだけで済む。まだ残りの物理結界が守ってくれるはずだ。
「丘陵地帯に向けて一発お見舞いだ」
「ブラスター砲ぶっ放します」
ダルカルムが答えた。敵の位置を捕捉できていない上に、丘陵地帯には隠れる場所がたくさんある。こういう場合は適当に狙っても広い範囲にダメージが出せる荷電粒子砲が適している。そう判断しての返答であった。
敵が二か所に分散しているので、攻撃手も二人で担当することにした。魔力の豊富なダルカルムが攻撃翼2枚で岩石弾で真下にいる王国軍を、予備の攻撃手がブラスター砲で丘陵地帯へ攻撃する。国王への攻撃が半分になってしまったが、仕方がない。
再びダニエマルカムが地上の王国軍に注意を向けたときには、王国軍は陣地を構築していた。高さ数メートル、直径20メートルほどの岩の丸い建造物が出来上がっていたのだ。その周りには千人以上の兵士が囲んでいた。
立てこもった王国軍と丘陵地帯の間は約5㎞。その間には戦車部隊が展開していた。これで王国軍の撤退は不可能になった。戦車部隊へ砲撃命令を出した。戦車20台による一斉射撃と上空からの岩石弾で王国軍をすりつぶす。
王国軍陣地から戦車の砲撃による噴煙が舞い上がった。
探知班からの視覚共有はまずまずだ。探知翼からなので、少し視界は限られるが陣地の様子は空からよく見えた。
何度目かの一斉斉射のあと、ダニエマルカムは攻撃をやめさせた。
戦車隊に2小隊での敵陣偵察を命じるためだ。
落ち着き始めた噴煙に向かって、4台の戦車が近づいた。
ぐるりと周りを一周すると、少しずつ距離を縮めていくのが、空からよく見えた。
「通信手、地上に向けて拡散放送するぞ。降伏の勧告だ」
「いつでも可能です」
マグザールとは流刑囚が作った賊軍であり、人を殺すのに躊躇はない。だがダニエマルカムをはじめ、仲間も人を殺すのが趣味というわけではなかった。降伏するなら戦いを続けるつもりはない。
「サルマン国王に告ぐ。もう逃げ場はなくなった。これが最後の勧告だ。降伏するなら兵士たちの命と食事の保証をする」
白旗でも揚げてくれるとありがたいがな。そんなダニエマルカムの願いもむなしく、王国陣地から炎弾が発射され戦車に命中した。もちろん戦車は無傷だ。戦車もしっかりと結界で防御している。
さらに王国陣地から十数名の兵士が飛び出すのが見えた。そのまま戦車に突撃したが、戦車からの銃撃で次々と倒れていく。最後の数名が戦車の結界までたどり着くと、短い槍のようなものを結界に突き立てた。
戦車相手に特攻しても無駄なだけなのだが…
意外なことに戦車の装甲で爆発がおきた。
あぁ、あれは見たことがあるな。
成形爆薬弾を自作したのか。
一番簡単に結界を打ち破る方法だ。こちらも使ってるのだが、自作できるとは知らなかった。
だが、せっかく結界を破って何が起こるかと言うと、戦車からの射線が通ってしまう。戦車を守る結界だが、同時に戦車からの攻撃も防いでいたのだから。
戦車の機関銃が火を噴いた。次々に王国兵が地に伏した。結界を破るなら最低2発を使い、一発は結界を、残り1発で相手に当てるのが基本だ。どんなにすごい技術でも単独での効果は限られる。
とにかく王国軍の意志は確認できた。
戦闘、続行だ。
ダニエマルカムは偵察に出ていた戦車を下がらせると、攻撃を再開した。
地上に展開した20台の戦車から一斉射撃だ。さらに上空からは岩石弾を落とす。たとえ4重の結界でも全弾を防ぐことは不可能だ。最低でも数発は陣地で炸裂しているはずだ。成形炸薬弾を受ければ、魔力強化された兵士であっても腕の一つはちぎれるか、内臓は破裂するはずだ。
猛攻撃が10分ほど続いたところで、ダニエマルカムが命令を発した。
「撃ち方止め」
もう結界はなくなり全弾が陣地に着弾していた。
「戦車隊は敵陣地に突撃せよ」
今度は、ダニエマルカムの命令とともに、20台の戦車が一斉に敵陣を目掛けて前進を始めた。一斉砲撃は中止して、各自の判断で発砲を許可した。
反撃も受けることはなく、戦車隊は敵陣地に到着した。すると千を超える兵士が現れ、最後の抵抗とばかりに戦車に襲い掛かったのだ。しかも盾と剣で。
ダニエマルカムは巡洋艦を敵陣地の直上まで降下させ、最後の命令を下した。荷電粒子砲で敵兵士を薙ぎ払えと。
すさまじい閃光と雷のような轟音が収まると、敵兵は動きを止めていた。戦車は結界と分厚い装甲に守られ無傷だ。抵抗は終わった。
* * *
猛攻撃が終わってから30分ほどたった。
今、ダニエマルカムが立っているのは、王国軍が立てこもった陣地の地下室だ。
部屋というよりは半径100メートルの広いホールというべきか。
ホールの中には100体ぐらいの死体が転がっていた。陣地の外と合わせると千体以上はいただろう。
正確には死体ではなく残骸というほうが正しい。王国の黒鱗騎士が破壊され動かなくなった土の塊だった。中には王国兵士の死体もあったが、おそらく数百名と言ったところだろう。一万に近い軍隊の撤退戦だったことを考えると、非常に少ない。
では、残りの兵士はどこに行ったのか?
その答えはダニエマルカムの目の前にあった。薄暗い地下ホールから3本のトンネルが丘陵地帯に向かって伸びていた。ここから王国兵士が撤退したのは明らかだった。
数千体の黒鱗騎士が最後まで残っていたため、撤退に気が付かなかったわけだ。
このトンネルの中を追いかけるか?
空から丘陵地帯に攻撃をかけるか?
いったん兵力を整えるか?
「よ! ダニー隊長」
真っ暗なトンネルを一人で見つめていたダニエマルカムに声をかけたのはダルカルムだった。マグザールになる前からの古い親友であり、何度も死線を超えてきた仲間だ。
「まったく忌々しい連中だ」
「こんな見事なトンネルを作ってたとは思いもしなかったぜ。王国にはすごいトンネル掘りいるようだな」
「会戦前から用意してたのだろうがな」
「だよな! あの短い時間で掘ってたら化け物だよな」
トンネルの壁はきれいに切り落とされたように滑らかな表面になっていた。通路は舗装され歩きやすい。そんなトンネルが3本。それでも数千の兵士が通り抜けるには時間がかかるはずだ。会戦が始まる前から撤退方法を計画していたのだろう。
「しかも工事が丁寧ときたものだ」
「で、どうするよ?」
ダルカルムからの質問には、ダニエマルカムは質問で返すことにした
「アッカムとアイアルの調子はどうだ?」
「あー、ありゃ一か月は無理だな。目の再生は遅いんだ」
「バハムはどんな感じだ?」
「ここじゃ魔力濃度が低すぎで、魔力が戻るのに数日はかかるな」
「つまり戦力が回復しても三人に戻るだけ、それも数日かかると」
「そういうこと」
持久戦に持ち込んでも、こちらの戦力が増えないというわけだ。
「待っても仕方ないというわけだな」
「今なら、こっちが有利だぜ」
「だな。あの熱光線はごめんだがな」
「あれを何発も発射されてたらヤバかったよな」
あの威力だ。一発だけで魔力を消費したのだろう。ならばあと数日は撃てないはずだ。その前に決着をつける。国王さえ押さえてしまえば、何とかなる。ゲリラ戦で例の熱光線を使われると厄介だが、手はある。
「王国が回復する前に片付けよう」
やる事は明白だな。そう思うと、少し口元が緩んできたダニエマルカムであった。
その時ヤールイコ将軍から念話で報告が入ってきた。
再編が終わったとのことだった。
「いいタイミングだ。ヤールイコ将軍は戦車隊を任せる。空と地上から丘陵地帯に進撃するぞ。目的は国王の確保だ。生死は問わん」
* * *
ロナウスバレーに20台の戦車が整列した。横に10台、縦に2台ずつだ。縦の2台で一個小隊として行動する。小隊の2台の戦車には帝国の銃兵が30名ずつ随伴していた。
銃兵はマグザールから支給された自動小銃で武装。少し古くさいセラミック装甲の鎧に小銃という、少し不思議な組み合わせだが、遠目にはきらびやかだった。
戦車隊の上空500メートルに位置どった巡洋艦の艦橋から、ダニエマルカムが高らかに命じた。
「出撃!」
幅2㎞程に広がった戦車から一斉に黒い排気ガスが噴き出した。ディーゼルエンジンからの排気煙だ。反重力装置で移動できるが、砲塔の旋回や照準などは古い電装のままだ。このため小さい発電機を積んでいるのだ。
黒い排煙はエンジンの手入れが悪いからだが、ダニエマルカムは気にしなかった。敵への威嚇にちょうど良いぐらいにしか考えていなかった。上から見ても壮観な眺めだ。
戦車が結界を張った。古い結界一枚タイプだが、戦車全体を覆っている。
さらに砲塔の正面だけは3重の結界により真正面からの攻撃を防ぐ。正面結界には隙間があり、そこから110㎜主砲と12.7mm機関銃をいつでも発射可能だ。
ちなみに結界は随伴兵にも及んでいた。戦車の横30メートルほどにも結界が伸びているのだ。何発も防ぐことはできないが、一撃目を防げれるだけでも随伴兵には大きい。伏せてやり過ごせば、戦車の強力な火力で敵をねじ伏せればいいのだから。
このように強力な防御と攻撃力を両立できるのが戦車の特徴だった。
この戦車隊が丘陵地帯へと突入した。
これで終わらせる。
そう自分に言い聞かせたダニエマルカムであった。




