第60話 撤退戦
やっとのことで帝国軍の包囲網を破った王国軍の前には開けた盆地が見えた。その先に見える丘陵地帯まで逃げ込めば何とかなる!
サルマン国王がそう思ったとき、絶望のような光景が国王の目に写った。
先に包囲網を突破した王国軍に向けて、巡洋艦から眩しい光線が降り注いだ。同時に戦車からの砲撃と思われる砲撃が降り注いだ。
いや、10年前のあの事件にくらべれば諦めるのは早い。まだ絶望などではない。単に包囲網を突破する方法を思いつかないだけだ。
先に進んだザイールが心配だ。
『大丈夫か!』
国王の問いかけに、すぐに返事が返ってきた。
『あぁ。生きてるさ。直撃されなかったからな。それと黒鱗騎士が盾になってくれた』
ザイールからの返事に国王はホッとした。
『だが道を作っても狙われるだけだな。幸い例の場所は戦車隊の手前だ』
『散り散りに移動するか?』
『どうかな。やはり結界がないと各個撃破されそうだな。きついが結界を張りなおして各陣形ごとに移動すべきだろう』
サルマン国王は腹を決めた。
『各隊に告ぐ。結界防御を再起動だ。密集陣形を維持しつつ脱出路まで移動せよ』
国王から各陣形の隊長に命令が伝わった。いくつもの結界が張りなおされ、会戦が始まったときの小さな陣形に分裂した。それぞれが撤退場所を目指して移動を開始した。
幸いなことに、先ほどまでは執拗に包囲していた帝国軍はいなくなっていた。空と地上からの砲撃を見て戦意を喪失したようだ。自分たちが戦わなくても、といったところだろう。
その時、またも空一面が光り輝いた。
戦艦からの荷電粒子砲が王国軍に降り注いだのだ。
結界を張りなおした後だったのは幸いだった。どうやら直撃を食らった陣形はなかったが、結界の脇からそれた荷電粒子が地面に降り注ぎ、爆発のような反応を起こした。あたり一面に嫌な匂いが充満した。
荷電粒子砲は結界を破壊する能力は低いが、殺傷能力は高い。そう聞かされていたが、実際に受けてみると恐ろしい攻撃だった。結界の隙間を通り抜けて人体破壊を起こす。
陣形の周囲を固めていた黒鱗騎士が数体ほど動けなくなっていた。黒鱗騎士なら問題ない。最悪ガルドに頼んで、また作ってもらえる。
あの砲撃の直撃を受けたメグは大丈夫だろうか?
国王は心配に思ったが、ガルドからの報告はまだだ。
今は自分たちの心配をするべきときだ。
何発か荷電粒子砲が落とされたが、結界のおかげで被害は最小限にとどまったようだ。
だが今度は巡洋艦は岩石弾を落としてきた。直径1メートル長さ3メートルはありそうな巨大な岩石を落とすだけの単純な攻撃だ。この単純な質量攻撃が結界を壊すのに最適な攻撃方法だった。
サルマン国王は得意の4重の結界を張り巡らしたが、岩石弾4発のうち1発が結界を突き破った。幸いなことに王国兵に被害がでる直前にザイールの岩防御で防ぐことができた。
『ありがとう、ザイール!』
地面から大きな岩が突き出て、岩石弾が先に刺さっていた。
『これが衝撃を吸収する新しい防御だぜ!』
確かにカウンターのように岩石弾を迎撃するより、勢いを吸収するほうがダメージが減りそうだ。そんな誇らしげなザイールの説明を聞いている間でも、サルマンは巡洋艦への注意は忘れていなかった。
『また岩石弾がくるぞ』
巡洋艦の両舷に2発ずつ、計4発の岩石弾が生成されていた。
『マリオン隊長、聞こえれるか?』
『はっ! サルマン国王』
すぐに返事が来た。
テルメール王女の親衛隊隊長は丘陵地帯での待機組だった。今回の会戦に参加できず悔しがっていただけに、今すぐ飛び出してでも駆けつけそうな勢いだった。
『全武装をもって巡洋艦を攻撃せよ。このままだと潰される』
再び岩石弾が投下された。国王が結界を張るが、今度の岩石弾は少しタイミングをずらしたようだった。最初の2発で結界を破ると、残りの2発が王国軍に直撃した。そのうち1発は陣形の中心にいたザイールが防いだが、残りの1発は先頭の陣形を直撃してしまった。岩石弾は爆発しないが、それでも直撃を食らった兵士数名が動けなくなってしまった。
『手前の戦車隊は?』
『今は攻撃してこないので無視だ! 早く』
そのすぐ後、遠くの丘陵から十本ほどの白煙が巡洋艦に向かって伸びていった。対戦車ロケットの一斉射撃だ。巡洋艦が爆発に覆われた。どうやら結界を張っていなかったようだ。空中への攻撃手段がないと王国軍を甘く見ていたのだろう。
王国軍の兵士から歓声があがった。爆発の煙が風によって徐々に薄れてゆくと、巡洋艦が煙の中から姿を現した。
先ほどの兵士の歓声は消えてしまった。巡洋艦は無傷のように見えたからだ。その証拠に、巡洋艦の周りに結界が張られた。これで対戦車ロケットは結界を破壊した上で巡洋艦を直撃する必要がある。
突然、巡洋艦の表面で爆発が起こった。丘陵地帯から巡洋艦まで、真っすぐな白い水蒸気が何本も伸びていた。あれはレーザー銃、ルミナスが放った熱光線と同じ原理の武器だ。強烈な光と先の爆炎が反応したり、空気が熱せられて白く見えるのだ。
レーザー光なら結界を無視する。
今なら攻撃は来ないはずだ!
そう判断したサルマン国王は、王国軍に命令を発した。
避難巡洋艦への攻撃が奏功している間に走り切るしかない。
『全軍、脱出トンネルまで全速で駆け抜けろ!』
サルマン国王の号令とともに王国軍は陣形を崩してばらばらに走り出した。脱出路まであと1㎞。全力で走れば5分もかからないが、数千名が脱出トンネルを通り抜けるには最低でも20分はかかる。
その時間を稼がないといけない。
走り出した王国軍の頭上で閃光が走った。巡洋艦から丘陵地帯に潜む王国後方部隊への攻撃だ。おそらく荷電粒子砲をぶっ放したのだろう。サルマン国王が見上げると、巡洋艦は鏡のような泡に覆われていた。
「光を防ぐなら鏡、ということか」
サルマンが呟いた。
「なんだか不思議な景色だな」
別に国王は返事を期待してたわけではないだろうが、ザイールは律儀に返事した。空に浮かぶ楕円形の巨大な鏡。青い空や地上の緑を反射して、奇妙ながら美しい風景を作り上げていた。
王国の兵士たちも、時々上を見上げては何やら叫んでいた。命からがら走りながらも、見たことのない光景に驚くだけの強い精神を持ち合わせている証だな。そんなことを思いながら国王は、次の撤退の手順を考えていた。
最優先で撤退するのは王国軍兵士たち。国王とザイール、そして親衛隊は脱出口の確保して最後に脱出する。残念だが黒鱗騎士たちには最後には特攻してもらうことになるだろう。




