第20話 王都潜入
通路の中から二人が出てきた。一人は昼間の屋台にいた男で、明かりを持っていた。もう一人は、白髪交じりの少し恰幅の良いおじいさんだった。
「久しぶりだな、ガルド」
「元気そうだな、ヨルク」
そう言うと、二人はがっしと抱擁しあった。
「まずは中に入ろう」
ヨルクが扉の中へと入っていった。
扉の中は、狭い通路になっていた。
「心配したぞ、ガルド。死んだという噂が流れたからな」
「その噂は間違いではないな。ほとんど死にかけたよ」
ガルドは笑うと、メグを紹介した。
「俺を死の淵から救ってくれた、狩人のメグだ」
メグは軽く会釈をした。
「よろしく」
「俺の弟子として扱うことになった」
「お前が弟子か! どういう風の吹き回しなのやら」
ヨルクは軽くメグを一瞥した。
こうして実際に説明すると、不安を感じるメグであった。あまり狩人らしい格好をしていない。この狩人と弟子の話は、ガルドで決めたのだが、ヨルクも信じたわけではないだろう。
要するに、あまり詮索するな、ということなのだろう。
「これは王都の中まで続いている、隠し通路さ」
ガルドがメグに説明した。
「王都の下には地下都市があるんだ。さらに大量の隠し通路と扉があってな。今歩いている隠し通路をドラゴンと呼んでるのさ。左の指輪がさっきの入り口のことだな」
ヨルクが説明を加えてくれた。
「帝国軍には地下都市は見つけたが、このドラゴンの通路群は知らないはず」
「なら王宮に潜入するのは簡単だな」
「王宮には帝国軍があちこちにいるぞ。帝国の司令部があるからな。潜入してもすぐ見つかっちまうのさ」
しばらく歩いたところで、ヨルクの足が止まった。
おもむろに通路の壁をたたくと、壁の一部がばたんと、こちら側に倒れてきた。奥には、上へと続く階段があった。
「宿を用意した」
とだけ言うと、ガルドとメグに上がれという手ぶりをした。
どうやらヨルクの案内は、ここまでのようだった。
「会えて嬉しかったぞ」
「俺もだ」
「生きている間に、また会おう」
「だな」
まるで、これが最後というような挨拶を終えると、ガルドとメグは暗い階段を上がっていった。どのくらい深かったのだろう。少なくとも10階分ぐらいを登ると、ドアに突き当たった。ただし木製のドアだ。
ゆっくりとドアを開けると、小さなクローゼットの中に出た。
部屋には明かりがともっていたが、誰もいないようだった。
「今晩は、この部屋で過ごせということかな」
小さな部屋には、大きめなベッドが二つ。小さなテーブルと椅子。今ほど出てきたクローゼット。そして窓とドアが一つずつ。窓の外には、街並みがぼんやりと見えた。三階ぐらいの高さだろうか。
コンコンとドアをノックする音が聞こえた。
「誰だ」
ガルドが声を抑えながら、少しドスの利いた声で聞いた。
「この宿の主でございます。お疲れのところ恐縮ですが、簡単に説明をさせていただければと」
「分かった。今ドアを開ける」
ガルドが鍵をあけてドアを開けた。
入ってきたのは、痩せた執事のような格好の男だった。
「ようこそいらっしゃいました。イルガディス様ですね」
ガルドはうなづいて返事をした。
「この宿は、イルガディス様のような方が潜伏する場所を提供しております」
主は恭しく頭を下げた。
「このドアを出て、右にある階段を下りますと、一階の食事処に出ます。お名前をおっしゃっていただければ、朝と夕食を召し上がりいただけます。そこから外へと出られます。一方、左へ進むと通路奥には隠し階段がございます。降りると地下の会議室へと繋がっております」
「分かった」
ガルドが返事をした。
「明日の予定についてです。朝食は朝6時から10時まで、夕食は午後3時から8時までとなっております。夕食が始まる時間に地下室で会合があると伺っておりますので、イルガディス様も出席いただけますと幸いです」
一気に説明を言うと、主は再び頭を下げた。
「この宿は『白とかげの胸当て』といいます。以降、よろしくお願いします」
主は、すっと消えるようにドアから出て行った。
まるでメグとガルドは薄暗い部屋に取り残されたように感じたのだった。
メグは、片方のベッドに腰を下ろした。
「それでイルガディスさん。ちゃんと説明してくれるんでしょうね? いろいろ聞きたかったけど、ずっと我慢してたのよ」
ガルドももう片方のベッドに腰を下ろすと、やれやれと言った体で説明を始めた。
「そうだよな。まずイルガディスというのは、俺のコードネームだ。本名だと目立つからな。だが、この名前でも、かなりの人が分かってくれる」
メグはうなづいた。さすがに、それぐらいはわかった。
「ヨルクは俺の幼馴染さ。50年前に一緒に王国を作った仲だ。俺は国王の直轄になり、やつは商人として陰から王国を支えてきた。王宮お抱えの商人でもあるし、いくつか商店を裏で牛耳っている」
「幼馴染だったんだ」
「あいつは、ずいぶんと老けちまったがな」
ガルドのように魔力が高いと老化が遅くなることが知られている。おそらく3百年ぐらいは生きられるはずだ。だから同じ年でも見た目が違ってくる。
「ちょっと残酷ね」
「魔力の差がでかいからな。だが当たり前の話だと思っていたが」
「地球はね、20年前まで魔力がゼロだったのよ。だから魔力量による寿命の差なんて、まだ経験したことが無いから… 慣れてないのよ」
「なんだか意外だな」
「ま、地球の話はいいわ。ここってどこなの?」
ガルドは、説明を続けた。
次は、王都の構造についてだった。簡単にまとめると、王都の下には地下都市が広がっているとのことだった。今回のように攻められたときは、市民全員が地下に避難できる広さを持っているらしい。
「そこに住めるぐらいに快適だ」
というのがガルドによる説明だった。
その地下迷宮を縫うようにして非常用の通路網が広がっている。一部の人だけが知っている通路で、通称がドラゴンの迷宮。最初の待ち合わせ場所が「ドラゴンの迷宮の左指輪」の位置、ということだったらしい。
「白トカゲの胸当ては、どいういう意味なの?」
「正確には俺も知らない。トカゲはドラゴンの迷宮に通じる施設の暗号、胸当ては体の一部なので城内を表している。手や足だったら城外だな。白は、俺も知らん。というか全貌を知ってる奴はいないと思うぞ。ヨルクも、階段の上がどこなのか知らなかっただろうな」
「ずいぶん秘密が硬いのね」
「宿の主は、俺らが誰なのか、明日の打ち合わせの内容すら知らないだろうな」
そういうとガルドが大きなあくびをした。
元気そうに見えるが、ガルドは10日前は死の淵をさまよってたのだ。この短期間で、ここまで回復したほうが驚きなのだ。
「もういいわ。ありがと、ガルド。明日に備えて寝ましょう」
「賛成だ。俺はこっちで寝かせてもらうぜ」
そうガルドが言うと、ベッドに横たわった。
いびきが聞こえるまで、十秒も無かったかもしれない。
メグは、ベッドに横になると、天井を見た。
木でできた天井だった。この辺の星にしては珍しい。魔力を使うとケイ素化合物を自由に操れる。軽くて強度もある。要するにセラミックのようなものだ。ケイ素化合物でブロックを作り、組み立てて、木の骨組みで形を整えて作るのが多い。
すると、こうしてできた街並みがヨーロッパ風に見えてしまう。メグのような日本人には。
そんなことを考えているうちに、メグも眠ってしまった。初めての現地での仕事に馬車による長旅で疲れがたまっていたのだった。




