第13話 黒猫亭
黒猫亭は3階建ての10部屋ほどの小さな宿屋だった。一階が受付と食事処。二階と三階が客室になっていた。ガルドとメグは二部屋を予約して、ガルドが先払いでお金を払った。
宿のおかみさんが部屋の鍵を渡しながらも、ちゃんと宿の宣伝も忘れなかった。
「夕方の鐘が鳴るころに、夕食が始まりますので、ぜひご利用ください。味には自信があるんですよ」
「あと二刻ぐらいだな。じゃぁ食事はここにしよう。それまで自由時間としようか」
二人は二階への階段を上がると、それぞれの部屋に入った。ガルドはベッドで一寝入りした。メグはタブレットを取り出して、田中局長への報告書を書き始めた。物証を集めないといけない。鉛の弾が一個と魔法阻害剤を塗った矢が一本だけでは証拠が足りないと言われても仕方がなかった。
気が付くと、一階から美味しそうな香りが上ってきた。
* * *
鐘の音が聞こえるのとほぼ同時にメグとガルドは部屋から出てきた。タイミングを合わせたわけではなく、二人ともお腹がすいていたのだ。
黒猫亭の食事処は、お客は二人だけだった。戦争が始まったからか、利用者がいないのかもしれない。さっきのおかみさんが、今日のメニューを説明してくれた。
「今日のメインは、ホーンラビット、あるいは羊になります。どちらもステーキか煮込みシチューを用意していますので、お選びください。それにパンがついてきます」
「この国の名産と言えば羊だが、秋と言えばホーンラビットだな。というわけで俺はホーンラビットのステーキだ。それとエール」
「ホーンラビットも羊も、どちらも捨てがたいなぁ~ 私は羊のシチューにするわ」
おかみさんが厨房に戻ると、忙しそうに料理を始める音が聞こえてきた。
「もしかして、私にとって初めてのアルラティア料理ね」
「そうだな。だが森での食事もうまかったぞ。特にミソはよかった。あれがあれば、何でも食べられそうな気がする」
みその話は食事後に移動する。
「何だか意外ね」
「何がだ?」
メグの意外な問いかけに、ガルドは思い当たる節がなかった。
「思ったより、王女のこと心配してないみたいだなって」
「あぁ。そのことか」
ガルドは、来たばかりのエールを一口飲んだ。
「心配はしている。だが殺されることはないだろうな。何しろ豊穣の祈りを使えるからな。南大陸を治めたいなら、王女の力が必要だろう」
「豊穣の祈り…」
「秋の収穫前の麦に、祈りをささげるのさ。すると来年の種籾の収穫量が上がる。それに連作ができるようになるのさ。見たことはないか?」
メグは軽く首を横に振った。
「あれは素晴らしいぞ。秋の晴れた日に執り行うんだが、金色の麦畑の真ん中に王女が立ってな、そこから祈りが周りに伝わっていくのが見えるんだ。あれを見るための観光客も多いんだ」
ガルドの顔に笑みが浮かんだ。
思い出しただけで感動したようだった。
メグは豊穣の祈りを見たことはなかったが、知識としてなら知っていた。この辺の星域では文明の根幹をなす魔法だ。ようするに肥料散布、土壌改良、害虫駆除、病気耐性付与、さらには遺伝子改変まですべてを一度に行うとんでもない魔法技法だ。
この魔法があるので、食料供給が安定するのだ。
「それを王女一人で執り行うのって、大変じゃない?」
そう、豊穣の祈りには大きな問題がある。強力な魔力が必要なのだ。
「確かに負担は大きい。牧畜と果樹栽培を始めたので少しは負担が減っているがな。だが今の王女には荷が重いのは確かだ…」
「もしかして、それで羊肉が特産なの?」
ガルドは頷いた。
少し空気が重くなってしまった。
ガルドがメグの顔を真正面から見据えると、質問した。
「なぁ。地球の魔力濃度は高いのか?」
メグは突然の質問に驚いた。
「あまり女神のことを聞いてはいけないが、やはり知りたい。前の女神から聞いたんだが、この星の魔力濃度は低くて文明を維持できないと。悔しくて頑張ってきたんだが、地球の技術を見てしまうとな。やはり地球はすごいのだろうな」
確かに、この星域は魔力濃度が低い。
この濃度だと豊穣の祈りを使える人がいなくなってしまうことが多いのだ。あるいは強い魔力を持っていても世界征服とかに力を使ってしまう場合もある。
なので文明を維持するにはある程度の魔力濃度が必要と言われていたのだ。いわゆる文明の限界領域というやつだ。
「そうね。この星域では文明を維持するのは難しいと言われていたわね」
「やはりそうか……」
ガルドは再び黙ってしまった。
メグは素直に事実を述べることにした。
言ってはいけないとは言われてない!
「あのね。地球の魔力濃度はゼロよ」
その言葉にガルドは絶句した。
「だが、でも、なぜ魔法を使える?」
「実はね、ずっと地球は魔法が一切使えなかったの。でも文明を発展させて、そして20年前に地球が発見されて、魔法技術を学んだわ」
「つまり20年前に女神が降臨したと。それまでは豊穣の祈りなしだったと?」
「そんなところかな。それと今は豊穣の祈りとは違う、もっと簡単な方法があるから。どんな星でも文明を維持できるようになるから安心して」
そこに、宿のおかみさんが料理を運んできた。
少しハーブがかかった兎肉ステーキと、じっくりと煮込んだ柔らかな羊肉がたっぷり入ったシチューだった。森の中では食べられない、文明の香りがする料理だった。
二人は、何も言わず、夢中で食べた。
お腹が膨れたからか、ガルドの気分はすっかり戻っていた。心なしか、少しガルドが涙目になっている気がした。
「いい兎肉だな。柔らかくて脂が載ってる」
「久しぶりの本格的な料理だったわ。それにお肉も臭みがなくて柔らかくて美味しかった。何時間ぐらい煮込んだら、ああなるのかな?」
お腹が膨れたのでメグも気分は上々だった。
「さて、俺はギルドに行ってくるぜ。メグも来るかい?」
「もちろん!」




