〜ラストライブ〜
翌日ライブ当日。
その場所には何時間も前から、多くの野次馬や警察がごった返していた。
そして上空にはヘリコプターも飛んでいた。
心音がラストライブの場所に選んだのは、この国の中央機関である国会議事堂、その入り口の門の前だった。
ここは、普段はデモでも起こらない限り、人がごった返すなんてことはありえない場所。
ましてや、ライブを行う場所にするなんて歌手は今まで一人としていなかった。
だが心音は、ここをラストライブの場所に選んだ。
その理由はとても簡単で、国家に反逆する意思を見せるとかそういうことではなくて、単純に多くの人が集まってもそこまで危険にはならなくて、それでいて誰もが気軽に来ることが出来て、必ず中継もされるだろうと思ってのことだった。
だがその心音の判断は、国家や警察には到底受け入れられはしなかった。
開催数分前、周辺には多くの警官と多くのバリケードが出来上がっていた。
たとえ心音の歌で眠っても、これ以上は進ませないという決意のバリケードだった。
「総員配置完了しました! 浅井心音はこの中には絶対入れされません!」
捜査員の一人が、新庄に向かってそう伝えて来た。
その様子を、西条圭一警視総監も設置された監視カメラのモニターで見ていた。
その時だった。どこかから歌声が聞こえて来るのが新庄にはわかった。
「来たぞ! 浅井……心……音……だ……」
その歌声は、とても遠くで聞こえているはずなのに、新庄はとても身体が怠く感じているのを感じていた。
そして自分が睡魔に襲われ出していることも自覚していた。
新庄は急ぎ持っていたペンを腕に突き刺した。
その痛みで眠気は少し飛んだ。
新庄が周りを見ると、既に周りに数多いた警察官は全員眠っていた。
新庄は一度心音の歌を聞いていたのもあって、少し耐性が出来ていたのか、ギリギリで踏ん張れた。
新庄は、その周りの状況を見て驚愕した。
その理由は、姿も見えない状態からの歌声なのに、警察官が全員既に眠っていたからだ。
そしてそんな状態なのに、野次馬達は誰一人眠っていなかった。
その異様な状況に恐怖していた。
(……間違いない……浅井心音は……警察官だけ狙って眠らせてる……)
(こんなこと以前は無かった……浅井心音の能力は間違いなく進化している!)
そんなことを新庄が思っていると、どこかからか銃声が聞こえた。
野次馬達は、その射撃音にビビって一斉に地面に伏せた。
だが、その銃声から血が流れる音はしなかった。
「WHAT! SHIT! 」
その銃弾を放ったスナイパーと思われる人物が、そう叫んでいた。
続いて、別の建物から何者かが、同じ方向に向かって銃弾を放った。
今度はロケット弾だった。
野次馬達が伏せた上を通っていったその銃弾はその人物にヒットした。
「YEEEAAA!」
その銃弾を放ったと思われる人物がそう雄叫びを上げた。
だがその刹那、その人物はとてつもない眠気に襲われていることに気付いた。
「……OH……NO……」
そしてその人物は眠りに落ちた。
それと同時に、さっき銃弾を放ったスナイパーも眠りに落ちていた。
その異様な光景に、隠れていたスナイパー達はそれぞれの武器で一斉に銃弾を放った。
だがその直後、同時に全員眠りに落ちた。
そしてその銃弾が被弾したと思われるところから、一人の少女が現れた。心音だ。
心音の姿を見て、野次馬は歓喜と歓声に沸いた。
その中には泣き出す人もいた。
そして何人もがその目の前で起こった奇跡の力を目の当たりにして興奮した。
そんな中、心音がその場所に立って口を開いた。
「えっとー……浅井心音です……」
「ちょっと色々あってお尋ね者? みたいな感じになって、ちょっとした有名人なのかな? なんて自分では思っています」
その辿々しくも初々しい話し方に、野次馬は更に歓声を上げた。
「えっとー……それでまー色々あって……」
「私、次本気で歌ったら死んじゃうかもしれないって言われまして」
「けどまーもう色々経験したし……もうそれでもいいかなって……」
「だから最後に一曲本気で皆んなの前で歌おうと思い、ここまで来ました」
その心音の言葉に、何人かが動揺し叫び出した。
「嫌だーーー! 心音様死んじゃやだー!」
「心音様無しじゃ生きていけない!」
そんな声が飛び交う中、心音は喋り出した。
「皆んな……ありがとう……」
「こんな私のことをそんなに思ってくれて……」
「そんな私から一言だけ伝えさせて下さい」
「この世界はそんな捨てたもんじゃないよ!」
「確かに色々辛いこともあるけど、でもそれでも皆んなこの世界で生きているなら、それは何か意味があることなんじゃないかなって、私は思ってる」
「だから……皆んなもそれぞれ意味を見つけて生きていって欲しい!」
「私は心から皆んなの幸せを願っています」
「……でも今だけ……そう今だけは……何もかも忘れて一緒に眠りましょう……」
「そしてその後で……貴方の人生が輝きます様に……」
「それでは聞いて下さい……⦅この世界で生きる意味⦆」
心音の最後のライブが始まった。
ただ今回の心音の歌は今までとは違っていた。
誰も心音の歌を聞いて眠っていなかったのだ。
ただ野次馬達は観客と化していた。
その様子は、心音の歌に心底から心酔している様に見えた。
そしてその様はまるで何者かに操られているかの様にも見えた。
その異様な光景に、その場にいた新庄は震えが止まらなくなっていた。
そんな新庄の後ろの方から声が聞こえた。
「おい! 新庄! しっかりしろ!」
その声に新庄は我を取り戻した。
そして、その声の方を見た。そこには立花がいた。
「まったく……最後まで見届けるんだろ? しっかりしろよ!」
立花は、新庄に近づいて発破を掛けた。
「わ……わかってますよ……貴方に言われなくても!」
新庄は立花に向かって大声で叫んだ。
「シーーーッ! 声が大きい! アイツの邪魔はするなよ!」
「アイツって?」
新庄は、そう言って立花の視線の先に目を向けた。
すると物陰で藤田が、心音の歌を聞きながら涙を流しているのが見えた。
「アイツにとっちゃ浅井心音は犯罪者の前に自分が育てた歌手だ」
「そいつのラストライブってんだから、これは俺達は邪魔しちゃいけねえ」
立花は新庄にそう話した。
すると新庄は、少し不思議な顔をして周りを見てあることに気付いた。
「まさか……今起きているのは私達三人と野次馬だけですか!?」
「だってそうじゃなきゃ……誰かが必ず邪魔をしているはず……」
「ああ……おそらくな……」
立花は新庄の問いにそう答えた。
この二人の予想は当たっていた。
その場にいた者、そしてその様子を見ていた者は、全員眠っていた。
その場で起きていたのは立花と新庄と藤田、そして野次馬達と遥か上空より生中継をしていたヘリコプターだけだった。
「しかし……これは本当の奇跡か……それともいつの間にか眠らされて、今が夢の中なのか……」
「俺にはもうわからん」
「ただわかっていることは、この歌が終わったら、俺達で最後に浅井心音に手錠を掛けにいく。それだけだ。たとえこれが夢の中だとしてもな」
「ええもちろん……その為にここまできたんですから……」
そうこうしている内に、心音の最後の歌が終わった。
その直後だった。
まるでそれが合図かの様に、その場にいた観客は全員一斉にその場に倒れ出した。
そして眠り出した。
心音は歌い終わった後、身体が自分のものではなくなっていく感覚に襲われた。
そして次の瞬間、心音は大量に口から血を吐き出し、その場に倒れた。
その様子を見て立花と新庄も動き出したが、その動きよりも早く、近くで見ていた藤田が心音の元に駆け寄って、血まみれの心音を抱き寄せた。
そして、心音に向かって大粒の涙を流しながら何度も呼び掛けた。
「心音! 心音ーーー!」
その呼び掛けに今にも死にそうな声で、心音が答えた。
「ふ……じ……た……さ……ん……み……て……た……」
「ああ見てたよ! 見てた!」
「最高のステージだったぞ心音」
「やっぱり心音は最高の歌手だ!」
「だから……死ぬな! 心音!」
「ご……め……あ……り……が……」
心音は、それだけ言うと涙を流しながら、藤田の腕で生き絶えた。
「心音! こんなところで死んじゃダメだ!」
「まだ死んじゃダメなんだ! 心音! 心音!」
藤田が何度呼び掛けても、もう心音は反応しなかった。
その様子を最後まで見ていた立花と新庄は、涙を堪えながら心音の元に近づき、脈や心臓の停止を確認すると、腕時計を見ながら言った。
「午後十二時三十二分。浅井心音。殺人容疑で容疑者死亡にて逮捕」
そして、心音に手錠を掛けた。
心音が死んだタイミングで、今まで心音によって眠らされて昏睡状態となっていた人達は、次々に目を覚ました。
そして目を覚ました野次馬達は、まるで操られていた糸が切れたかの様に、心音には目もくれずに散り散りに散って行ったのだった。
この日行われた心音のライブは、全局のトップニュースとして取り上げられた。
【浅井心音 前代未聞の国会議事堂前でのライブ 彼女は何者だったのか? 歌姫だったのか? それとも神だったのか? それとも悪魔の化身だったのか?】
心音のこれまでの事件を、色々な人の証言と共に紹介する特番が、この日放送された。
藤田が思い描いていた景色とは違ったが、心音はまさしくこの日伝説となったのだった……。




