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悲しきセイレーン  作者: 武虎竜
〜プロローグ 歌姫から怪物へ 〜
17/38

〜須藤組若頭 須藤龍一〜

 その頃、心音はとあるところにいた。いや、連れ去られていた。

 心音は腕を縛られて口に布を詰められ、そして目隠しをされていた。


「若、連れて参りました」

 心音を連れて来た男の内の一人が、とある人物に話し掛けた。

「こんなお嬢ちゃんが本当にそんな力を?」

 その若という人物はとても驚いている様に感じた。



 この時より数分前。

 心音はまたあても無く街を徘徊していた。

 そんな心音の背後から何人かの男の足音がしてきたことに心音は気付いた。

 そしてその足音は、次第に心音に近づいて来た。

 心音は危険を察知し、歌を歌おうとして口を開けようとした。

 だが少し遅かった。

 その刹那、一人の男がクロロホルムを染み込ませた布を、心音の口に押し当てた。

 そしてそのまま心音は眠ってしまい、男達に連れ去られてしまった。

 そして今、心音はその若という人物の前に立たされていたのだった。



「おい! まさかこんな嬢ちゃんに対して乱暴はしていないだろうな?」

 若と言われていた人物は、ドスの効いた声で部下と思われる人物に問い掛けた。


「もちろんです! 言われた通りどこも傷付けずに攫って来ました」

「しかし、目隠しは必要ないだろ?」

「いや……しかし……危険って言われておりまして……」


 その言葉の直後、誰かが誰かを叩く様な音が、心音には聞こえた。


「す……すいませんでした……」


 心音は誰かが誰かに謝っている声を聞いた。

 そしてその声の後、心音の目隠しが外された。


 目隠しを外した心音が見たその場所は、とある大きな部屋だった。

 そして、心音の周りを数人の男達が囲んでいたのが、心音が見た景色だった。

 更に心音の目の前には優しそうな顔をしているが、目つきだけは鋭い男が葉巻を吸いながら座っていた。

 その男は葉巻の火を消すと徐ろに立ち上がり、心音の目の前まで歩いて来た。

 その後、心音の目の前で少し微笑み、そして頭を下げた。


「初めまして。俺は城島組の傘下の須藤組の若頭の須藤龍一という者です」

「まずは部下の無礼をお詫び致します」

 

 心音は、須藤のその紳士的な振る舞いに驚いた。


「ここに来てもらったのには理由があります」

「俺の為に君のその人を眠らせる力を使ってもらえませんか?」

「その代わり君の望みは何でも聞くことを約束します」

 須藤は、丁寧な口調で心音にそう言って来た。


「おい! 縄を解いて、布も外せ!」

「この子は逃げたりはしない!」


 その直後、須藤は部下に縄を外させる様に指示を出した。

 須藤の部下は、その指示の通りに心音の縄を外した。

 心音は、須藤のその行動と言動に驚いた。


「なんで……私が逃げないと思ったんですか?」


「ああ……長年ヤクザやってるとわかるんだよ……」

「そいつが今何を考えているかがね」

「君のその眼は俺……いやこの状況に何も怯えていない」

「それどころかむしろ喜んでいる風にも見える」

「おそらく、ここから逃げることは造作もないことなんだろう」

「だけど君は逃げようとはしていない」

「それに君のその眼は、ここにいる私の部下よりもよっぽど危険な眼をしている」

「まるで飢えている獣の様なそんな眼だ」


「飢えている……確かにそうかもしれません……」

「私は今歌うことに飢えています!」

「だから……私に歌う場所を下さい!」

「それと……ギターを下さい!」

「それが私の願いです」

「……どうでしょうか?……」


「クックック……アッハッハッハ……」

「こいつはたまげた」

「本当に欲の無いお嬢ちゃんだね」

「よし! わかった! これから嬢ちゃんはこの須藤組のヒットマンだ!」

「俺の為に色々働いてもらうからね」

「その代わり、嬢ちゃんの望み通り好きなだけ歌わせてやるよ」


 須藤の言葉を聞いて、心音は喜びを爆発させた。


「本当ですか? ありがとうございます!」

(やった! ここでなら好きなだけ歌えそう!)


「嬢ちゃん、名はなんて言うんだい?」

「浅井心音です」

「それじゃー心音ちゃんだね」「これからよろしくね」


 須藤は掌を前に出し、心音に握手を求めた。

 心音もその求めに応じた。

 正に、利害の一致した関係が誕生した瞬間だった。

 

 心音と握手をした後で、須藤は元の座っていた場所に戻った。


「亮一! 蒼介! 蓮司!」

 須藤のその声と共に、部下達の中から三人の男が出て来て、須藤の前に整列した。


「心音ちゃん。今後何か用があればこいつらに声を掛けてくれ!」

「わかったなお前ら!」

「わかりました! 心音さん! よろしくお願いします!」

 

 三人の男は、心音に頭を下げた。


 その三人の男の内の一人は、須藤組若頭補佐で龍一の腹心でもある不知火亮一だった。

 不知火は見た目は眼鏡を掛けた真面目そうな顔をしているが、龍一と同じく目線だけは鋭い、顔の整った男だった。

 そして残りの二人は、須藤の舎弟の斉藤蒼介と高坂蓮司だった。

 斉藤は、見た目極道という感じの、頬に傷のあるとても強面で屈強な身体をした男だった。

 高坂は、いかにも舎弟といった感じの顔付きで、頑張って怖さを出している様に見える、丸刈りの男だった。


「これからお前達は心音ちゃんの手足となり動け!」

「心音ちゃんの言葉は俺の言葉だと思っとけ!」

「はい! 若!」

 三人の男は、その須藤の言葉にそう答えた。


「それじゃー早急に最高のギターは手に入れるから、とりあえず今日はゆっくり休みなよ」

「お前達! 客人を部屋に案内しな!」


 須藤は三人に部屋の案内を指示した。

 心音はその三人の誘導で、一個の大きな部屋に案内された。

 そこはちょっとしたホテルの様な作りになっていた。


「ここは客間となっています」

「当面はこの部屋をお使い下さい」

「何かご用があれば、外におります斉藤かもしくは高坂に声を掛けて下さい」

「それでは、ごゆっくりとお寛ぎ下さい」


 不知火と他の二人は、心音に軽く挨拶をした後で深く頭を下げると、心音の部屋のドアを閉め、不知火はそのまま廊下を歩いて行き、斉藤と高坂はそのドアの外で立った。

 心音は自分が受けた待遇と、その部屋の豪華さに最初とても驚いたが、疲れていたこともあり、目の前のベッドに倒れ込む様に寝転んだ。


(ここまでして貰ったんだもん……頑張らなきゃ……)

 

 心音はそんなことを思いながら眠りに着いた……。

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