〜事務所への報告 藤田と心音の初めての出会い〜
翌朝、心音が所属している事務所に藤田はいた。
「一体何があったんだ?」
藤田に対して社長と思われる人物が問い掛けた。
藤田は今までの経緯を全てその社長に話した。
「……つまり……心音が電話に出なくてホテルに君が向かった時には、既にホテルにはいなかった……と……」
「そしてその夜街では心音らしい人物が何人も眠らせていた可能性がある……と……」
社長は腕組みをしながら、藤田に問い掛けた。
藤田はその問いに頷いた。
「うーん……後半の話はにわかには信じ固いが……」
「それよりも心音がいなくなったって事実の方が深刻だね……」
「何せうちの稼ぎ頭だったから……」
「うーん困ったねえ……」
社長はしばらくの時間、困った表情を見せた。
だが、少し吹っ切った様な表情を見せると、藤田に話しを切り出した。
「……とりあえず心音を探すことは警察に任せるとして、君には今からうちが売り出す予定のアイドルのマネージャーをしてもらおうかね」
社長はそう言うと、どこかに連絡を始めた。
その態度に困惑している藤田に対して、社長が話し出した。
「君も会ったことあるじゃろ」
「ほら心音と同時期にうちで発掘した三人じゃよ」
「心音の才能があまりにも凄くて、しばらくは活動らしい活動も特にさせていなかったけど、心音がもう歌えないと聞いたもんで急ぎデビューさせることにしたんじゃ」
「三人共歌も中々なもんじゃぞ」
しばらくすると、三人の女性がその部屋に現れた。
「初めまして」
「明日香です」「凪沙です」「乙音です」
「三人合わせてNAOです」
「宜しくお願いします」
その三人は今時のアイドルの様な挨拶を藤田に向けてしてきた。
明日香は茶色のショートボブの今時の可愛い女の子。
凪沙は黒髪のお姉さんっぽい見た目のちょっと落ち着いた女性。
乙音は赤髪のツインテールのちょっと年下の妹キャラ。
藤田から見た三人の印象はそんな感じだった。
「どうじゃ?」
「見た目も申し分無いしこれで歌も三人共上手いと来てる」
「君がマネージングしたら結構いいとこまで行くとは思わないか?」
そう社長が藤田に言った。
藤田は軽く、「はぁ……」とだけ言った。
その様子を見た明日香が藤田に言い放った。
「もう藤田さん、折角私達デビュー出来たんだからそんな顔しないでよね」
「……あぁ……ごめんごめん……」
「まーとりあえず歌聞いてみて決めてよ」
そして社長は曲を流し出した。
三人は、その歌に合わせて踊りながら歌い出した。
歌い終わった後で、社長が得意気に藤田に言った。
「どうじゃ?」
「三人だから出来るこのハーモニーは」
「これは心音では出せなかった音だとは思わんか?」
(確かに三人共歌うの上手いし、踊りもよく練習してるだけあって息もピッタリだし、新人アイドルとしてデビューしたら間違いなく成功すると思う)
(……だけど……心音にはなれない……あの子は……別格だから……)
藤田は心の中でそう思った。
「社長……この子達なら私でなくても他の人でも充分売れます」
「けど……心音を輝かせれるのは私しかいない……」
「だから……申し訳ありませんがこの件は辞退させて下さい」
藤田は、社長に深く頭を下げると、その部屋を後にした。
藤田は心音と初めて出会った時のことを思い出していた。
その日、藤田はとある駅のロータリーで弾き語りをしていた少女に、釘付けとなっていた。
パッと見た感じだと、本当に小さい可愛らしい子が、自分の身体よりも大きなギターを、頑張って弾いている様にしか見えなかった。
でもその少女の歌声は、とても小さい身体から出ているとは思えないぐらいパワフルで、それでいてとても綺麗だった。
そして不思議なことに、その歌を聞いた者は、自然とその少女の周りに引き寄せられていた。
そして気付いたら、少女の周りには大勢の観衆がいて、皆その歌声に酔いしれていた。
藤田もその歌声に吸い寄せられた一人だった。
そして気付いたら、その歌声に涙していた。
少女が歌い終えると、その観衆からは拍手喝采が上がっていた。
その中には、藤田と同じ様に泣いている者もいるぐらいだった。
全ての歌が終わって、藤田は自分の名刺を見せて、その少女に声を掛けた。
「君、もっと大きな舞台で歌ってみないか?」
「僕なら君をもっと大勢の人の前で歌わす事だって出来るよ」
その藤田の声掛けに、その少女はあっけらかんとした顔で答えた。
「はぁ……大きな舞台……うーん……あんま興味はないかな……」
「私は歌えれば場所はどこでもいいから……特に大勢の前で歌う必要は……ないかな……」
その少女の返しに藤田は驚いた。
普通はこういうところでスカウトの声が掛かると、大抵皆んな喜んで食い付いて来る。
もしくはそういう声が掛かる可能性を考えてこういうところで歌っている者もいるぐらいだ。
だが、その少女は違っていた。
純粋に歌える場所がそこしか無かったから、たまたまそこで歌おうと思っただけだった。
そしてそこには売れたいとかそういう感情は一切無かった。
ただ、純粋に誰か一人でも自分の歌を聞いてくれればそれでいい。
その少女は、そういう考えでここで歌っていただけだった。
そしてそんな少女だからこそ、ストレートに自分の思いを歌に込めれる。
だからその歌を聞くと涙が出てしまう。
藤田はそう思っていた。
(この子は……いずれとんでもない存在になる……)
(もしかしたら新世代の歌姫になれるかもしれない……)
そう思った藤田は、とにかく必死に心音を口説いた。
「……うーん……わかりました……」
「別に大きな舞台で歌いたい気持ちは特にないですが……とにかく歌う場所を用意してくれるってことなら……あなたに付いていくことにします……」
その藤田の熱意に押されて、心音は観念した様にそう藤田に言った。
その言葉に藤田は泣いて喜んだ。
そして心音の手を握りしめた。
「僕は君を絶対にもっともーっと大きな舞台で歌わせてみせる……」
「日本中……いや世界中に君の歌声を届けてみせる……」
「そして君の歌声は世界中から賞賛されることになるんだ」
藤田は心音に向けて、高らかに宣言した。
だが心音は、その藤田の熱い思いにピンと来ていなくて、ただ一言戸惑いながら「はぁ……」とだけ言っていた……。




