最終話
ぐにゃりと歪んだ白い空間は、次第に黒っぽく渦を巻き、あたしと横山さんを引き離した。
なにか言いながら、横山さんがこちらに向かって手を伸ばす。何を言っているのかは聞き取れない。
伸ばされた手は、青白い。
血など、一滴たりとも通ってはいない。
その手を取ってしまえば、もう自分の生きる世には帰れなくなると感じた。
だから、目をぎゅっと瞑って、伸ばされた手を拒絶した。
気がつくと、あたしはもとの墓地に戻ってきていた。
「頭、ふらふらする……」
こちらは真夜中。真っ白で時間の感覚もなかったあの空間との明るさの差に、目眩を覚える。
だらりと首を垂らす。ものすごく疲れたし、何より生きた心地がしなかった。ついさっきまで、あの世とこの世の境目の、かなり危なっかしい空間にいたのだ。こうして帰って来られたのは奇跡かもしれない。
「……戻ってこれたんだね」
死神さん、だ。
安心して涙が溢れそうになる。あわてて拭おうとすると、横でのびている、体格のいい男の人が目に入った。
「あれは……死神さんが?」
聞くまでもなかった、と口に出してから後悔する。
死神さんはゆっくりと頷いて、そして見たこともない切なげな表情で話し出した。
「君を危険な目に遭わせるのは、もう何度目かな」
どきりとする。
何を言おうとしているのか、雰囲気で察した。
彼のまとう、心が凍えそうに冷たい空気が肌を刺す。
規則正しく鼓動し、温かい血液を送り出し続ける自分の心臓。
人間と、死神。
生きている世界が違う。
なぜか今はそれを、自然に受け入れることができる。
「……わかった、お別れ、なんだよね」
死神さんは返事をしない。夜風がさあっと吹き、彼のさらさらした髪をなびかせる。
月明かりに照らされて青白く光る、大きな骨張った手を、握ってみようかなと思った。冷たい冷たい、その手を。
そして手を動かしかけて、ぴたりと止め、ゆっくり下ろした。
あたしは、生者の世界を、生者として、生者たちと生きている。
時折無性に恋しくなる、夜空を切り取った窓には背を向けて。
でもたまには、ちらっと見るくらい許されるかな。
黒いローブがはためいて、大好きな人がやって来たりするかもしれない。
夜風が頬を撫でる。
冷たい手が、髪を梳く。
「……また、助手がいなくなったりしたの?」
くすりと笑って、黒いローブの死神の手を取った。




