第四十五話
横山さんとあたしは、しばらくその場でただ立っていた。できることもなく。真っ白で、あるのは奇妙な炎だけだ。
やがてそんな状況に気まずくなったのか、横山さんが口を開いた。
「なんというか、暇ねえ。散歩しようにも、こう殺風景じゃ面白味も何もないし」
こんな状況で、散歩なんてことを思いつくこの人はなかなか大物かもしれない。散歩か。確かに、動いてみるのは大事だ。ここでぼーっと突っ立っていても何も変わらないのは目に見えている。
「あの、散歩……してみましょうか。面白くはなさそうですけど、とりあえず」
「そうね。もしかしたら何か解決するかも」
あたしたちは歩き出した。無音の空間に、横山さんのハイヒールの音がこだまする。
そういえば、なぜ赤いハイヒールなんだろう。
横山さんの服装は、白いワンピースだ。飾り気は一切なく、白装束のようにも見える。直感的にそれは死人の服だと思った。この空間にいるから、そんな格好になる。そんな気がする。もちろん、自分はまだ生きているからこの世の服のままだ。
じゃあなんで、ハイヒールだけこの世のものなんだろう。
前を歩く横山さんのハイヒールをまじまじと見つめていると、まるでハイヒールが視線にたじろいだようにかくりと傾き、横山さんがよろめいた。
「おっとっと……っと」
「大丈夫ですか?」
「うん。これ、歩きにくいわねー、こんなんで歩いてたから、はねられたのかしら」
やっぱり、ハイヒールはこの世から履いてきたものなの? どうしてハイヒールだけ?
……ああ、忘れてた。横山さんの魂はまだ完全に送れていないんだった。そうか、だから中途半端なことになってるのか。
ふと、ひらめくことがあった。
「あの、そのハイヒール、ちょっと貸してもらえませんか?」
「? いいけど。もう脱ごうと思ってたし」
横山さんの了承を得て、ハイヒールを受け取る。
「でも、どうするの?」
ああ、人の持ち物をこんなふうに扱おうとするなんて、初めてだ。しかもさっき出会ったばかりの人の物を。
「ほんとうに、ごめんなさい。でも、こうすれば多分出られる気がして……」
そう言って、ヒールの部分をつかみ、やって来た方向に向かって思いっきり放り投げた。重いハイヒールは回転しながら、遠くまで飛んでいく。
「えっ……」
呆気にとられる横山さんの声を聞いて、申し訳なくなると同時に、何をやってるんだろうと思った。
ただの思いつきだ。解決策を見つけたような気がして、何も考えずにやってみた。ハイヒールを現世に返せば、横山さんが天国に行けるように思ったのだ。
「そんなわけ、ないか……」
というか、とんでもないことをしでかした。人の靴を勝手に放り投げたのだ。怒らないはずがない。
「え」
なんだ、なんだこれ。
炎が一斉に揺れ出した。
そして、ぐにゃりと歪んで、複雑な模様を作る空間。
「あっ……!」
歪んだ空間に飲まれ、一瞬、意識がとんだ。




