第四十四話
女の人は、ふわっと顔にかかるショートヘアを揺らして、あたしの顔を覗き込む。
「あ、あなたは、どうしてここに?」
とりあえず、質問してみる。
すると、女の人は、朗らかに笑いながらものすごいことを言った。
「私、死んじゃったのよ。トラックにばーんって、ふっとばされちゃって。ああ、死んだかなあって思ったら、ここに来てて。ここは、天国よね? あなたも死んじゃったの? 若いのに」
お気の毒に、というふうに、顔に手を当てる女の人を見ながら、あたしはぽかんと口を開けていた。
「あの、あたしは、死んでないんです……。間違えて来ちゃって。どうやったら出れるか、わかりますか? どこかに出口とか……」
一縷の望みを託して問いかけたが、女の人は困ったような顔をして「さあ?」と言うだけだった。
がっくりとうなだれる。同時に、本格的に恐怖を感じてきた。足元にぽっかりと穴が空いて、底のない暗闇に落とされるーーそんな想像をしてしまった。
「あの世って、本当にあるのね。でもどうして他に人がいないのかな? ここに来てからだいぶ時間が経ったけど、あなた以外に誰にも会わなかった」
ここは一体、何なのだろうか。
トラックにはねられて死んでしまったという女性に、横山さんの夫らしき人物に突き飛ばされ、飛ばされた自分。
「横山さん……?」
「えっ?」
無意識に、横山さんの名前を口に出してしまった。あわてて「何でもないです」と言ったが、女の人は心底不思議そうな顔をして、
「どうして私の名前を?」
えっ、じゃあこの人、横山さん?
ただの偶然? いや、偶然にしては何か引っかかる。
あたしは、ここにくる前横山さんの魂を天国に送るところだった。
頭の中で、ひとつの推論が組み立てられていく。
もしかしたらこの、今目の前にいる横山さんは、魂が送られてくるのを待っているのではないか。ここが、この世とあの世をつなぐ狭間のような場所であるとすれば、横山さんはいつまでたっても自分の魂が来ないから、こうしてここで待っているのではないか。
ああ、でも、こんなことがわかったって、ここから出られないことには変わりない。
いつもピンチになったとき、ふわりと降ってくる銀髪は、ここにはない。
だから、何とかしないと。
きっと前を向いて、横山さんの目を見て訊く。
「今まで、どこでいたんですか? いきなりあたしの前に来たみたいですけど」
「今まで、ねえ……。もう二日くらい経ったかしら、最初は何が何だかわからなくて。ほら、ここは何にもないし。そうそう、とりあえず歩いてみたの。そしたら、火が灯った。今みたいに」
ずらりと、両端に並んだ数えきれないほどの火。どこから出てきているのかわからない。
「私は、この火が案内してくれてるように思ったの。変かな?」
ふふふ、と横山さんは可愛らしく笑う。この人が死んでいるなんて嘘みたいだ。
「案内……」
この火が、あたしと横山さんを引き合わせた?
「天国にでも連れてかれるのかしら。……ちょっと、心残りがあるんだけどなあ」
はっとした。
横山さんを見ると、さっきまでの上品で可憐な笑みは影を潜め、かわりに切なげな表情が浮かんでいる。
ああ、そういえばあたしがここに迷い込んだ元凶は、横山さんの夫らしき人だった。
「せめて一言残したかったな。私が死んでも元気でねとか。あんまりいいのは思いつかないけれど」
「それを、伝えられてたら……」
横山さんの夫は、あんな凶行に走らなかったかもしれないのに。
この世とあの世の狭間は、真っ白な光であたしたちを照らしている。




