第39話 さぁ懺悔の時間だ。全力で謝り倒せッ!
「アーク・ヴィ・シュテリンガーがこの戦いに敗れれば、チームアリストの勝利が確定する」
リング中央で対峙する僕とイグナトフ。
仲立ちする立会人の生徒会長、フランベルクが僕たちの立場を明確にする前口上を述べた。
「なかなか面白い冗談でしたよ。部外者の妄言は」
「……」
「白豚アークくんが魔女より強いってアレですよ。今、思い出しても笑えます」
「……」
「ステータスの差っていうのは残酷でしてね。結局、どう足掻いてみたところで決定的なその部分の差というのは覆らないものです」
「……」
イグナトフは明らかに僕を見下している。
でも、僕は特に気にならない。返す言葉も特にない。
ただ無言で真っすぐに、敵の視線を見つめ返す。
「……腹立たしいですね。なぜ、それほどまでに冷静でいられるのですか? キミ、いま自分の置かれている状況が最悪だってこと、理解してます?」
「……」
「ああ、なるほど。そういうことですか。自分がやられそうになったら、そこの魔女に助けてもらう算段なのですね」
「……」
「それは妙案だ。ま、そうなったら私はすぐにこの場を退散しますけどね。さすがにあそこの魔女とまともに戦っても、勝てる見込みは薄そうですし。それに……」
「おしゃべりはそこまでだ」
立会人の制止でヤツの口が止まる。
「はぁ。なんか釈然としませんが……まあ、いいでしょう」
「イグナトフ・バートレイ」
決闘開始直前に、僕はどうしても一言だけヤツに言っておきたい言葉があった。
一言だけだ。
時間は取らせない。
「やっと口を開きましたね。白豚アーク……」
「10回死ね」
「それでは、始めてくれ!」
僕の宣言と立会人の開始の合図はほぼ同時だった。
だが、どうやらイグナトフの耳には僕の死の宣告が聞こえていたらしい。
「調子に乗るんじゃないですよッ! このクソ豚がぁ!!」
すでにヤツの手には魔剣のように禍々しい長剣が握られていて、僕は間合いを侵略されていた。
凶刃が僕の頭蓋めがけて全力で振り下ろされている。
だが、僕にはその剣筋がスローモーションのように見えている。
そして、落ち着いている。
最初から出し惜しむつもりなんて毛頭ないんだ。
全身全霊を賭してヤツを倒す。
そう、これは冗談ではないんだ……
冗談じゃ、ないんだよッ!!
「脳汁をすべてぶち撒けなさ……」
絶対覇道領域……
展開ッ!!
「なっ!?」
僕は上目づかいで、僕を真っ二つにしたつもりのイグナトフを見上げた。
刃は確かに僕の頭を捉え、命中している。
だが、その刃がそれ以上先へ進むことはなかった。
それ以上でも以下でもない。
ただ、それだけだった。
「くっ!」
無意識で自身の危機を察知したのかはわからないが、僕に一点のダメージも入っていないと認識するや否や、咄嗟にその場から退き、大きく距離を取った。
物凄い形相でこちらを睨みつけながら、最大限の警戒心を張り巡らせている。
「なんかヤバい能力を使ったのはわかったけど……化物すぎるでしょ、それ……」
リング脇で僕を見つめるデュネイの視線と小言に気付きはしたが、僕はそれに反応するつもりはない。そのまま見続けていてくれればいい。
と、そちらへ僅かに気を取られている隙に、間髪を入れないイグナトフの行動が開始されたことに僕は意識を向けた。
どうやらヤツもデュネイと同じく、あの攻撃の刹那だけで色々察知してしまったのかもしれない。
この僕の覚醒スキル、【絶対覇道領域】の真の恐ろしさを。
「なるほど……そういうことですか……」
イグナトフは僕との距離を少し近づけてはまた離してを何度か繰り返し、そして理解したようだ。
この【絶対覇道領域】という僕を中心に形成された特殊な魔力力場。
物理距離が近づけば近づくほどに全体能力値が下がっていく仕組みだ。僕との間合いに応じてその効果は強力になる。
最終的に僕の半径1m以内に入った敵は完全に無力化する。すべての能力値はおそらくゼロになると思われる。
要するに、覚醒スキルを発動させた今の僕には物理的に近づけないということだ。
「確かにやっかいです。やっかいなスキルではありますが……」
勝機が見えたのか、突然フッと笑みをこぼすイグナトフ。
「自動回復を相手にするより簡単です。要するに近づかなければいいだけのことなので」
そうだな。それしかないよな。
今の僕と戦うには、アレを発動するしかないよな。
……舐めるなよ。
お前は大きな勘違いをしている。
僕がただ、メアやカナデの戦いをボケっと見ていただけと思うのか?
貴様の戦い方はすでに熟知している。
それがたとえ、SS級冒険者クラスの次元魔法の使い手だったとしても。
転生前から連なる僕の原作知識と悲しき絶望、そしてメアとカナデから引き継がれた命がけの経験と切なる思いが重なれば!
たとえ神が相手だったとしても!
僕らに倒せないヤツなんて、この世界には存在しないんだよ!!
「本当は直接ぶった斬りたかったのですが、仕方ありません。ブタを遠くから嬲っても面白くもなんともないんですけど、しょうがな……」
「知ってるか? イグナトフ。次元の穴ってのは、開いた瞬間はゼロ距離になるらしいんだぜ」
「!?」
どこから攻撃をしかけてくるのかは読めていた。僕はただ《《そこに》》手を伸ばし、そして《《捕まえた》》だけだ。
イグナトフの、首根っこを!
「僕の声、聞こえているだろう。穴を隠して見えなくしても、思考は読めるんだよ」
「がっ……ぐっ……」
「さあ、懺悔の時間だ。全力で謝り倒せ!」
僕は腕を思いっきり引き寄せ、次元の穴を通してイグナトフの身体を力づくで僕の前へと引っ張り出した。
そして……
「メアと、カナデになッ!!」
まるで10トンハンマーを地面へ思いっきり打ちつけるかのように、僕はイグナトフの首根っこを掴んだ勢いのままその顔面をリングへと強烈にねじ込んだ。
爆音を奏で、リングには蜘蛛の巣を散らしたような亀裂が走る。
そして、同時に――
イグナトフの顔面も頭蓋も、すべて《《1度》》グチャグチャに損壊させたのは言うまでもない話である。
◇
10回命を奪うと宣言をしたのは、なにも比喩で言ったつもりはない。それは現実に行われる断罪行為であり、残り9回はこれから行う。
「あ……あが……」
「謝れよ、外道」
自動回復と過回復は本当に便利な魔法だな。敵にもかけられるし、こういう場面では本当に活きる。
ちなみに僕は通常時、回復魔法を使えない。
ただ覚醒状態に一度入ると、その限りでないことはわかっていた。
補足しておくことがひとつある。
回復魔法は今まで使ったことがないから、僕はメアほどうまく扱えないんだ。
だから瞬時に完全回復ってワケにはいかない。あの世とこの世をギリギリ往復させることぐらいしか、今の僕にはできない。
すまんな、イグナトフ。
「だ、だずげで……ぶぼぉ」
違うな。間違っているぞ、イグナトフ。
命乞いをしてどうする。
2回目だ。
ちなみに決闘用のリングは壊してもすぐに直している。
【自動修復】という、物を自動で瞬時に元の形へ戻せる大変便利な魔法はすでに発動済。
これも覚醒状態限定で操れる、物的修理魔法のひとつだ。
だから何度でも、イグナトフは顔面でリングと激しい接吻をすることが可能、ということになる。
「僕は謝れと言っている」
「ず、ずびまぜんでじ……がふっ」
僕に謝ってどうする?
3回目だ。
頭蓋が割れ、中の柔らかい部分が一度クチャっと潰れる音と感触。
実に不快だ。
何度やっても慣れはしない。
「メ゛、メ゛ア゛さ゛……ぶっ」
4回目だ。
いい加減にしろよ、貴様。
“メア様”、じゃないだろう。
「メアリーベル様と呼べ。愚か者が」
「…………」
反応しろよ。
それとも強制的に起こされたいか?
よし、わかった。
そういうことなら、5回目の顔面粉砕を……
「もう辞めろ、アーク・ヴィ・シュテリンガー。すでに勝負は決している」
ついに立会人が止めに入って来た。だがそれはおかしな話だ。
まだ意識あるだろ、コイツ。止めるなよ。
さっきカナデがコイツに嬲られている時、お前は止めなかったじゃないか。
少なくともあと6回、コレをやらなきゃ僕の気が済まないんだ。
邪魔をするな。
「おい、フランベルク! まだ勝負は終わっていない! 勝手に止めるんじゃないッ!」
そうだぞ。まだソイツは……
ん? ああ、アリストか。今叫んだのは。
後方腕組を解除してあたふたと取り乱すあの様子を見る限り、ヤツの切り札はどうやらここまでのようだ。
「駄目だ。これ以上の戦いは認められない」
「フランベルク貴様ッ! この俺に逆らったらどうなるか! 理解してそう答えているんだろうなッ!」
なかなか言う事を聞かないフランベルクに激昂するアリスト。
どんな弱みを握られているのか知らないが、どんなことがあってもこの場の義務はしっかり果たそうとしている生徒会長の人間性が垣間見える。
「私はこの決闘を預かった立会人だ。一度その立場でリングに上がった以上、ルールに則った戦いのジャッジをする義務が、私にはある」
僕とアリストの板挟みにあってなお、その態度を翻さないこの生徒会長にはどうやら矜持があるらしい。正直、まだまだイグナトフへ断罪したいのは山々だが……
僕は認めることにした。
生徒会長の真の覚悟とその心意気を。
「フランベルクッ!!」
「勝者はアーク・ヴィ・シュテリンガー! これは決定事項だッ!!」
真面目でヒョロっとした風体からは想像もできないほどの大きな声と威圧感で、フランベルクは僕の勝利を半ば強引に確定させた。
アリストは口をパクパクさせてビビり散らかしている様子。観客席も全員一様に静まり返り、誰もが息を呑んでいる。
「救護班ッ! とっととリングに上がって、この痴れ者を連れて行けッ!」
なんかもうヤケクソ気味にも感じるけど、ここは流石の態度だと言っておこう。
王立魔法学園、生徒会長フランベルク。
その名、僕の脳裏にも刻んでおくことにするよ。
さて、救護班によるイグナトフの回収もすでに終わっていたようだ。
残るは……
「アリスト・ルエ・デリシャリス。最後は貴様だ。リングへ上がれ」
「ひ、ひぃぃぃ……」
もう戦うまでもないほどにビビり散らかすアリスト。だがここはしっかりとお互いにケジメをつけておかなければならないだろう。
いくらバンビーノの一件があるとはいえ、ここまでの悪業を重ねてきた事実を看過できるほど、僕も大人じゃない。
最後はキッチリやらせてもらう。
覚悟してもらいたい。
「往生際が悪いぞ、アリスト。早くリングへ上がれ」
フランベルクも後押しする。
「フ、フランベルクゥゥゥ」
『とっとと上がれよッ! 腰抜けが!』
『根回ししかできねぇのかよッ! この弱虫野郎ッ!』
『誰もアンタなんて尊敬してないんだからねッ!』
『アークくん! 頑張って!!』
『白豚とか言ってゴメン!』
あれ? なんか……
静まり返っていた観客席の色が変わり始めた。
罵倒の相手が僕からアリストになり、これまでの理不尽や不満がここぞとばかりに溢れ返る事態になっている。
僕への声援なんかもチラホラ。
この流れは……
「今、暴言を吐いた外野の顔はすべて覚えたからなぁ!! お祖父様にお願いして、フランベルクもろとも、貴様ら全員退学処分にぃぃ……」
……えっ?
ええええええっ!!
「ちょっと、お邪魔させてもらうよ」
荒れる決闘場内。
罵声と怒号が飛び交う中、そのリング中央に、ひとりの治癒科に在籍する1年生の男子がスッと観客席から舞い降りた。
その姿を見た全員が再び静まり返る。
そして僕も目を疑った。
「久しぶりだね。アーク・ヴィ・シュテリンガー」
「メルト・ジャンルイジ・セルスフィア……」
ついに――
原作主人公が、降臨した。




