第40話 その選択、後悔するなよ原作主人公
やはりどうあっても、僕の運命というヤツは、あの男と対峙することが決定づけられているようだ。
メルト・ジャンルイジ・セルスフィア。
この決闘の場において、まったく音沙汰がなかったこの男。まさかこの土壇場で、僕の前に立ちはだかるとは思ってもいなかった。
「は……はは……はーはっはっは!」
アリストが笑う。
「これは傑作だ! 治癒科1年メルト・ジャンルイジ・セルスフィア! そこへ立ったからには、貴様は俺のしもべとして戦ってもらうことになるぞ!」
コイツ、どんどん化けの皮が剥がれて小物化していくな。シャンバラヤが始まる前は、割とその戦略性とか買ってたんだけどな。
所詮はバンビーノの息子。
こんなモノか。
いやただ……
そんな、ことより、も……
「はぁ……はぁ……」
「かなり顔色が悪いようだけど、大丈夫かい? アーク……」
まるで心底心配している素振りで、優しく声をかけてくるメルト。
問題ない、と声を大にして言いたいところなのだが。実はありえないほどに、今の僕は体調が思わしくない。
言い換えれば、このグランドテイルズの世界にやってきて最初にオーベルクと模擬戦をやった後みたいな状態になっているんだ。
「はぁはぁ……敵の心配を……している、場合か……」
膝に手をつきながら、こう返すのがやっとだ。
覚醒状態の反動――
実力に比してより大きな力を酷使する場合、その代償としてなんらかの対価を要求されるスキルや魔法というモノが、少なからずこの世界には存在する。
【絶対覇道領域】におけるソレは、おそろしく多大な体力の消耗だったらしい。
使用時間は僅か数分程度。にも関わらず、ここまで激しい動悸や脳内の酸素不足を引き起こすとは思いもしなかった。
「はは……やれる、やれるぞッ! おい、フランベルク! とっととこの決闘を開始しろ!」
アリストの意気が上がる。
さっきまでの態度とはえらい違いだ。
「ああ。両者、準備はいいか」
あれだけ罵られていた生徒会長だったのに、もう普通に勝負の立会人としての職務を全うしようとしている。
ちなみにその準備とやらは全然よろしくない。僕は頭痛と眩暈が酷すぎて、すぐにでも倒れこんでしまいそうなんだ。
だがもう、やるしかないない。
完全に予定が狂った。この展開はまったく予測しなかった。
気合を入れなおせ!
アーク・ヴィ・シュテリンガー!!
ここでヤツを倒せなければ、僕に未来なんてないのだからッ!
「……」
メルトはなにも言わない。
ただ、ふらつく僕の様子を今でも困った顔で真剣に見つめている。
余裕、なんだな。
こんな状態で勝てるのか。本当に……
「この戦いに勝ったほうが、栄えあるシャンバラヤの勝利チームとなる。それでは、最終戦……」
ええい! もう四の五の考えている暇はない! とにかく初手に全力を注ぎこみ、メルトを圧倒するしかない!
行くぞッ!
この戦いで僕の運命が決まる!
「開始!」
「参った!」
「うおおおおおッ!!」
僕は倦怠感を振り払うために大きな声を張り上げ、メルトに向かって……
向かって……
ん?
アイツ……
今、なんて言ったんだ?
「降参だよ、コ・ウ・サ・ン。いやぁ治癒科のボクなんかが、あんなとんでもない化物を退けた、百戦錬磨のアークさんに勝てるワケないでしょ」
「……は?」
「なにを……お前はいったい、何を……言っている??」
僕の足はすでに止まっている。
キョトンとした表情をしているのが自分でもわかる。それはアリストも同様だ。
まぁヤツに至っては完全に混乱状態に陥っているが。
メルトは頭をポリポリと掻きながら困り顔で苦笑を浮かべているだけだ。
コイツ……
戦うつもりがないのなら、なんでワザワザ観客席から降りてリングの上に上がるようなマネなんてしたんだよ!
まったくもって意味がわからない!
どういうことか、説明しやがれ!
「あー実はね。みんなにコレを見てほしいと思ってさ」
そう言って手を上空に掲げるアーク。
そこに突如、大型の空中映像が現れる。
メルトの魔力残滓の残り方には見覚えがあった。
もしかして、あの魔法って……
「この魔法は聖痕と言ってね。過去の映像を記録して投影できる、とても便利な魔法なんだよ。どうしてボクがそんな魔法を扱えるのかって? それは企業秘密ってことで」
空に360°オールビジョンで映し出された様々な映像群に、学生一同が少しずつ声を上げ始める。
『あの中心にいるの、副会長の親父じゃね?』
『理事長だ』
『お金? ねぇ、アレって賄賂じゃないの?』
『相手は全国魔法協会の公人か』
『あっちは神聖都の教皇じゃん!』
映っていたのは、全員が公職者。
揃いも揃って悪人顔の、金に汚い大人たちの醜態が晒されている。
その中心には、常にアリストの祖父。
すなわち、この学園の理事長が粘着質な作り笑いを振りまいていた。
「この学園、学費高すぎでしょ? 公金も入っているハズなのになんでかなーって以前から色々調べてたんだよ。そしたら、こういうのがいくつも出てきた」
「……止めろ」
「この学園で理事長の地位を維持するのって、大変なコトみたいだね」
「この映像を、今すぐ止めろーーー!!」
アリスト自身も、このことは知っていたのだろう。
思えば彼の父であるバンビーノが死罪ではなく終身刑になったこと。またそのような事実がありながら、アリストがこの学園の副会長という地位に居続けられたということ。いずれも紐づいていたのかもしれない。
金と権力。
いつの時代も、また現実・異世界・ゲーム世界など関係なく、オトナのこの汚さが払しょくされた世界なんて、絶対にあり得ないのかもしれないな。
「ちなみに、この学園で彼に弱みを握られていた人たちの問題も大体は解決しておいたんで。先生方はもう、彼の理不尽な要求には従わなくても大丈夫ですからね」
いやいや。
いつの間にそんな大仕事をやり遂げていたんだよ、メルト。
学園にはちゃんと登校していたはずなんだが……
あのメタ視点を持つミルちゃんやアス姉から、さらには内定のゲッティからも、ヤツがこんなことをしていたという情報はまったく得られていなかった。
あり得ないだろ。
「彼が言っていることは全て真実です。ようやくすべてが繋がりました」
「ゲッティ……」
僕らのサイドから聞き覚えのある声がして、思わず振り返った。
「うっ」
あ、頭がふらついて……
「おっと。アーク様、お怪我はございませんか?」
「オーベルク。お前まで……」
倒れそうになったところで、何故かここに駆けつけてくれていたオーベルクが僕を支えてくれた。
みんな、応援には来ないと言っておきながら、結局なんだかんだどこかで僕らの戦いをコッソリ見ていてくれたんだな。
なんだろう。
なんかちょっと、ホッとした。
「もういい。映像を止めろ、メルト」
「え、もういいんですか? 生徒会長」
「ああ。アリストはすでに抜け殻だ。これ以上みんなを不安にさせる意味はない。それにこの映像、魔法省にはすでに提出しているのだろう?」
「そりゃもう。バッチリですよ」
「ならば……」
メルトとフランベルクの会話はすべて聞こえている。どうやらこの二人はいつの間にか裏で繋がっていたようだ。
僕らはもしかして、うまくダシに使われたのか? シャンバラヤを利用した、この壮大な舞台装置を完成させるための、そのパーツの一部として……
不正の証拠映像はすべて消え去った。
だが、怒号や怨嗟が止まない観客席の教職生徒一同。
もはや暴動一歩寸前だ。
このまま収拾がつかなければ、おそらくこの学園の治安は崩壊する。
「全員、口を慎めッ!」
フランベルクが再び大きな声を発し、場を静粛させた。
今、気づいたんだけど。
彼が威厳を示した時、わずかながらに魔力の流れを感知した。
ただ声を張り上げただけではなかったようだ。
生徒会長にはとうやら、場の空気を一変させる、なんらかの魔法の使い手であることが今の流れの中から推察することが出来た。
「ここにいるメルトが示した通りだッ! 今この瞬間を持って、現理事長の悪逆はすべて暴かれた! そしてアリストの学園支配も現時刻をもって終わりを告げるッ!」
怒気が渦巻いていた観客席に、チラホラと前向きな熱狂の火種が生まれる。
その火はすぐに燃え上がり、生徒会長への賛美に変わった。
「私は、無力だった。この学園の最高位にいながらにして、副会長であるアリストの度重なる暴挙を止められなかった……」
もはや独演会場になりつつある決闘場内。
なおもフランベルクの演説は続く。
「そんな折、ここにいるメルトから入学早々に提案があった。一緒にこの学園に巣くう悪を振り払い、正しい学園の未来を共に作りたいとね」
メルトを大きな手ぶりで皆の前で紹介したところで軽く拍手と歓声が起こる。
「彼はとても優秀だった。あらゆる手を使い、秘密裏にそれを成し遂げるための土壌を整えてくれた。私自身はなにもしていない。すべて、彼の功績だ」
歓声が、大歓声へと変わる。
「そしてアーク・ヴィ・シュテリンガー。近くで彼の戦いを見た私は確信した。学園に蔓延る噂はまったくの出鱈目。嘘八百。彼の実力は紛れもなく本物だ。決して白豚などと揶揄していい男ではない」
その熱狂は僕や僕の仲間たちへも向けられた。
僕たちの悪評は、今ここですべてが覆ったのだと改めて自覚した。
「そこで私からみなに議案をひとつ提案したい。このふたりにはこれから、生徒会役員としてその両翼を各々担ってもらいたいんだ。私と彼らで力を合わせれば、必ずやこの学園に新たな秩序と風紀を築けると、私は信じてやまない」
「なっ!?」
「賛成の者は拍手願いたい」
突然なんてことを言い出すんだ、生徒会長!
まだ入学したばかりの僕、それにメルトまで一緒に生徒会役員に入れだと!?
バカげている。
メルトはともかく、今さっきまで極悪だった僕が、いきなりこの学園のカーストトップへ躍り出るなんて。
そんな都合の提案、みなが飲むわけ……
って、ウソ……だろ?
「そういうことだ、ふたりとも。これは学園の総意だ。異論は認めない」
拍手と歓声は、今日一番の喝采となっていた。
「改めてよろしくね。アーク・ヴィ・シュテリンガー」
服の裾で手を拭い、ゆっくりとした動作で握手を求め差し出してくるメルト。
「……」
ああ、そういうことだったんだな。
メルト。
僕はお前のその目を、今後一切信用しないこととする。
仕組まれていたんだな。なにもかも。
コイツはここまで視えていた。
学園内の地位を飛躍的に向上させ、自身への信頼を一気に揺るぎないものにするための謀略。
僕の地位まで上げた意図はまだ見えない。
だがそれも、ヤツにとっては想定内なのだろう。
改めて、気を引き締めなおさなければならない。
「……ああ」
場が最高潮に盛り上がっている時に、この申し出を断るのは悪手だろう。
僕は作り笑いを浮かべ、差し出されたその手を握り返す。
メルトの手の内。
掌で転がされているのかもしれない。
だが、僕にとってもこの学園の覇権を握る上で、序盤からとてもいい位置に着けたという自覚はある。
『頑張れよ! おふたりさん!』
『みんなでいい学園、作ろうね!』
『メルトくん素敵ー!』
『アークくんってよく見るとめちゃめちゃイケメンじゃん!』
なにも知らない、学園生徒や教職員たちには屈託がない。ただ、この場の空気に染まった感情に任せて騒ぎ、色めき立つ。
「一緒に頑張ろうね」
邪気のないメルトの笑顔。
だがその目の奥は僕と同じで、まったく笑っていない。
いいだろう。
受けて立とう。
これからが、僕の破滅フラグをぶっ壊すための真の戦いだ。
僕は僕が背負った絶望の過去と、そして今の仲間たちを守るため、絶対にお前には負けないとここで改めて誓わせてもらう。
「その選択。後悔するなよ、原作主人公……」
僕が最後に小声でそう付け加えると、メルトが一瞬、奈落よりも昏い視線を僕に刺した。そして同時に、握る手の内にドス黑い深淵の魔力を僅かに込めたことを、僕は決して忘れはしないだろう。
第一章 完
こちらで第一章完結となります。
よかったらブクマ、作品評価いただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




