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第37話 覚醒のトリガー

 まさかヒーラーであるはずの彼女が、ヤツをぶん殴った刹那せつなに魔力減衰(げんすい)のデバフまで一緒に叩き込んでいたとは思いもしなかった。


 恐れ入ったよ。 

 彼女を侮っていたのはイグナトフだけではなく、僕も同じだった。


「これでしばらく、アナタの魔法は使用が制限される」


「楽には死なせませんよ、メア様……」


 決闘を継続したメアの判断が吉と出るか、大凶と出るか。


 イグナトフはついに、前方のなにもない空間から降臨してきた剣を手に取り、軽く前にかざした。


呪剣じゅけんカオスシール。まずこの見た目とネーミングがよくない」


 現出げんしゅつした武器は、ヤツの言った言葉どおりの禍々《まがまが》しさだった。


 まさに呪いの剣。

 刀身の色は漆黒と濃い紫が折り重なったまだら模様。形は標準よりもやや長めで細身。の端から垂れ下がる二つの装飾が人の眼球を想起させる。


 僕の知識にはない得物えものだ。呪いの武器という設定はグランドテイルズの世界にも確かにあった。だが、あれほどの邪気を放つ剣は見たことがない。


「貴女は“剣技”とおっしゃいましたが、実際凄いのはこの剣自身でしてね」


 見惚れるように、天へかざした自己の装備品を見つめるイグナトフ。よくないと言いつつも、まるでその剣への深い愛着を示しているようだ。


「私はコイツが本来の能力を発揮するための、ただの触媒しょくばいに過ぎません。すべてはこの呪剣の意思が、貴女を刻む」


「ギギ……ギギギ……」


「そう慌てないでください、カオスシール。すぐに公爵家の高潔こうけつなる生き血を吸わせてあげますから」


 の端から垂れ下がったバキバキの瞳がギョロっと動き、メアを凝視ぎょうしする。装飾ではなかった。アレは本当に“目”だった。


「アナタがたまに、独り言を呟いていたのって……」


「おや。いけませんね、メア様。人のプライベートをのぞき見していたのですか? ご令嬢の趣味としては好ましくありませんよ」


 過去のメアが目撃していた光景は、イグナトフと呪剣じゅけんの意思疎通現場だったいう事実が今、判明したようだ。


「今さらそんなことはどうでもいいわ。その呪剣じゅけんがアナタの本当の相棒なのね」


「相棒? なに言ってるんですか。コイツはただの剣ですよ」


 この男に愛着という概念は存在しないらしい。


「そう、安心したわ。それならソイツ、心置きなくバラバラにしちゃっても、問題なさそうね!」


 握りしめたメアの拳に光の粒子が引き寄せられるように集い、おおわれ始める。


 そして……


破呪カースブレイク!」


 なるほど、そうきたか。


 【破呪カースブレイク】はその魔法名のとおり、本来は味方にかけられた呪い効果を打ち破る魔法。だがどうやら彼女、その効果を自身の拳に乗せて、剣に施された呪いと刀身自体を同時に破壊する作戦を決行するようだ。


 僕に託したと言いながら、あくまで勝利を諦めないメアのその覚悟には本当に頭が下がる。


 そして見逃すなよ、アーク・ヴィ・シュテリンガー。


 イグナトフとカオスシール。

 この邪悪コンビが繰り出す、真の剣技とその隙を!


「ところで白豚くん。さっきからなんとか私の手の内を探ろうと必死なご様子ですが、それは無駄な行為ですよ」


 攻撃を仕掛けようとしているメアから視線をはずし、横目で僕をさげすむように見下すイグナトフ。別に隠しているつもりはなかった。敵の戦法を観察して弱点を探る戦略など、戦いを生業なりわいに生きる者なら誰でも普通にやることだ。


 絶対に、無駄ではない。


「いくら私の戦い方をすべて暴いたところで、メア様や白豚くん程度の《《ステータス》》じゃ、今の私は倒せませんから。そこ、勘違いしないでくださいね」


「!?」


「ま、お二人とも。その齢にしてそれだけの能力を獲得してきた努力とポテンシャルだけは、素直に認めますがね」


 馬鹿な!

 今アイツ、なんて言った?


 《《ステータス》》、だと!?


「なにワケわかんないこと言ってんの? いくわよっ!」


「待てッ! メア!!」


 僕の制止の声はもう、メアの耳には届いていなかった。


 なんてことだ。僕は前提を大きく間違えていたのかもしれない。


 イグナトフがステータスについて語ったという事実。この世界の人たちにその概念は存在しないと思っていた。あのデュネイですら、その単語を発したことはこれまで一度もない。転生者である僕やあの古本姉妹だけの特権だと誤認していた。


 もはや原作改変どころの話ではない。


 もしかすると今このグランドテイルズの世界では、僕なんかでは想像も及ばないほどの大きな運命が、すでに少しずつ動き始めているのかもしれない。


「はああああ!」


 ダメだ。そんな大それた妄想は後回しだ。

 どうであれ、とにかく今は目の前の戦いに集中しなければならない。


 メアはすでにイグナトフの間合いに入っている!


「また自動回復オートヒール頼りですか。本当に芸がないですね、メア様」


「くらえっ!!」


 突進してくるメアに対し、正面で軽く呪剣を構えているイグナトフ。


 当然、メアはひるまない。


 時間の経過で魔力量がある程度回復したのだろう。さっきと同じ戦略で、今度は振り下ろされた呪剣に対して【破呪カースブレイク】の乗った拳を叩き込むつもりなのだろう。


 果たして、うまくいくか……


破呪カースブレイクだけで戦局を打破しようなんて考えが甘すぎます。カオスシール」


「くぱぁ……」


「!?」


 もの凄く耳障りの悪い粘着音を発しながら、呪剣カオスシールの刀身はなんと《《巨大な口》》になった!


 隙間すきまがないほど敷き詰められた、歯石にまみれた汚れた牙の数々。糸を引く唾液だえき混じりの口腔こうくう内がここからでも見て取れる。


 いったいなんなんだ、アレは。


 間違いなく剣ではない。

 例えるなら、ただの不衛生な巨大な魔物の口でしかない!


「そのまま食べちゃっていいですよ、カオスシール」


「ぐぱぁああ」


 くっ!

 これではただ、自分から食べられにいってるだけじゃないか!


 すでにメアの勢いに乗った拳はカオスシールの口内に向かっている!



 ヤバい!



「がぷ……」


 あ、腕が食われた。


「しゃらくさいのよッ!」


「!?!? ごぽ、ごぽぽぽ……」


 えっ?

 なんかメアの腕をくわえたカオスシールの口の隙間すきまから光の帯が……


解呪カースブレイク爆散エクスプローージョン!!」



 は?



 いやいやいやいや。

 そんな魔法、ある?


 まさかの小爆発。メアを喰らおうとしたカオスシールは、内側から莫大なエネルギー量の【解呪カオスシール】を解放され、その刀身はバラバラに砕け散り、宙を舞うちりへと成り果てた。


「さぁ! これでアナタの手札はすべて……」


「私の手札が、なんですって?」


「あっ……」


 目を疑った。


 爆煙で一瞬その姿を見失っていたイグナトフは、すでにメアの背後へいつの間にか回り込んでいた。


 新たに携えた細剣を伸ばし、メアの《《真ん中》》を貫いている。


「この剣もなかなか特殊でしてね。魔力の減衰と回復効果の阻害そがいを同時に実現できる、いやらしい業物わざものなんですよ」


 地に膝を付き、傷口を押さえ苦しい表情を見せるメア。


 口元からは赤い血が流れ落ち、呼吸も荒くなっていく。


「殺傷能力は低いんですけどね。まぁ、ジワジワる時、たまに使います」


「メア、ここまでだ! 降参しろ!!」


 さすがにもう無理だ!


「そんな余力すら、メア様には残っていなさそうですよ。白豚アークくん」


 顔の血色がどんどん青白くなっていく!

 力なくうなだれ、生気をもはや感じられない!


 メアの魔力はからっぽだ!

 【自動回復オートヒール】はもう、完全に終わっている!


「さて、と。ずいぶん手間取りましたが……」


 動きが完全に止まったメアの鼻先に、細剣を突きつけるイグナトフ。


 目はうつろ。

 おそらくメアにはもう、意識がない。


「残念ですが、これでようやくチェックメイトに……」


「そこまでだ、イグナトフ」


 メアの顔面を貫くために腕を後ろへ引いたところで、立会人のフランベルクがイグナトフを制止した。



 ……危なかった。



 立会人がこの戦いを止めなければ、僕はイグナトフをなりふり構わず、八つ裂きにするための行動をすでに起こしていただろう。


 ここまで耐えに耐えてきたメアの思いを、すべて無駄にするところだった。


「……邪魔を、しないでください。殺しますよ?」


 イグナトフの凶刃がフランベルクの鼻先へと向けられる。


「私に手を出せば即失格だ。その場合、お前は終生犯罪者として追われる身となる」


 立会人は動じない。

 アリストに傀儡かいらい政権を強いられている生徒会長にしてはきもわっている。


「やれやれ。まぁいいでしょう。どの道、メア様は助からないですし。ルール上、この場でメア様を殺さなければ、私は失格ではないですよね? 生徒会長さん」


「ああ。事後的に命を落とした場合はその限りではない」


 はらわたが煮えくり返る思いだが、そのルールは僕も承知している。


 この決闘は原則、命を奪う行為が禁止されている。ただそれはあくまでリング上の話。そこを降りてしまえば、そのあとのことなど知った事ではないというルールだ。


 そして、イグナトフの言った「助からない」という言葉。

 

 メアはあの細剣に貫かれたことで、いわゆる“呪い状態”に陥っている。


 非常に強力だ。アレは並のヒーラーでは破れない。手を施せなければ徐々に生気と体力が奪われ、そのまま命を落とすだろう。


「宣言していいですよ、生徒会長さん」


「勝者、イグナトフ・バートレイ」


 メアの敗北が確定しても、観客席からは歓声がほぼ上がらなかった。


 どよめきとざわめき。

 さすがの生徒たちも、今のメアとイグナトフ決闘を目の当たりにし、違和感と嫌悪感を抱いてきたのだろう。

 

「後がなくなったな、白豚」


 相変わらずの後方腕組こうほううでぐみ状態でクククとほくそ笑むアリスト。だがもう、そんな挑発など今の僕には無意味だった。


 メアは、負けたんだ。


 僕はすぐにリングへ上がり、すでに意識を失っていたメアにゆっくりと近づき、優しく抱き上げた。体温が急激に下がり始めているが、呼吸はまだある。


「虫の息ってやつですかね。メア様、ここを降りたらすぐに死んじゃうかも」


「……」


「次は白豚アークくんの番ですよ。覚悟しておいてくださいね」


「……」


「あはは。もう反論もできないほど意気消沈いきしょうちんですか? 情けない。極悪と名高い白豚貴族のアーク・ヴィ・シュテリンガー様ともあろうお方が、無様ぶざまなものですね!」


 僕の脳内にはもう、イグナトフの腐った妄言もうげんなど受け入れる隙は微塵みじんもない。もはや“怒り”などという生温い感情はとうに超えている。


 至って冷静だ。

 自分でも、怖いくらいに……


 そして僕には、メアを救うたったひとつの方法を、実はまだ残している。


疎通リンク


 メアをリング脇まで運び、カナデの横に寝かせる。同時に【疎通リンク】の回線を開き、とある人物に助力を要請ようせいした。


 すると……


「まったく……なんでこんなしょうもない呪式じゅしきで死にそうなってるのかしらね。途中までなかなかよかったのに。ホント、我が弟子ながら軟弱なんじゃくすぎるわ」


 深くため息をつきながら、なにもない空間から即座に魔女があらわれた。


ていたのか?」


「あー……いや、ほら。私って、優しいじゃない? そりゃやっぱり、ヒヨッコたちは頑張ってるかなぁって、気にはなるわよ。一応ね」


 もちろん呼んだのはデュネイだ。

 この魔女が優しいかどうかは議論の余地が残るが、今はそんなことどうでもいい。


 どこかで見ていたのかのような口ぶりで安心した。前日の夜に興味なしとか言っていたことは忘れよう。


 みなまで説明する必要がないのであれば、手間がはぶける。


「すぐに治してくれ。金はいくらでも払う」


「お金なんていらないわよ。逆行リバース


 魔女がただそう一言つぶやいただけで、メアの顔色はみるみる生気を取り戻していった。途切れかかっていた呼吸が一定のリズムとなり、表情に安堵あんどが浮かぶ。



 【逆行リバース



 身体の状態だけを、状態異常がかけられる前へと強制的に巻き戻すことができる、規格外の時空魔法だ。


 超高位魔法に類する。

 これを操れる人間は、このグランドテイルズの世界では指折りしか存在しない。


「これでもう大丈夫でしょ。ま、相当疲れてるでしょうからすぐには起きられないとは思うけど」


「本当に助かった。礼を言う」


「あら、素直じゃない。でもそういうしおらしいのは、あの金髪イケメンふう男子を倒してからにしなさいよ」


 そう言って、デュネイがイグナトフを一瞥いちべつする。


「部外者、にしては大物が出てきましたね。いやはやまさか、いきなりやって来て逆行リバースを見せつけられるとは。恐れ入りました」


 ヤツはデュネイを知っている様子だった。


「私の可愛いちんちくりんをいたぶってくれた罰として、本当は私がアンタを塵芥ちりあくたにして宇宙の彼方へ捨て去ってやりたいところなんだけど……」


 冗談にしてはスケールが大きすぎるが、この魔女ならもしかしたらそれすらも可能なのかもしれない。


 だが、その役目をデュネイが果たすことはない。


 何故なら……


「それは《《この私よりも遥かに強い》》、アーク・ヴィ・シュテリンガー伯爵令息にお願いすることとしたわ」


 お世辞にもほどがある、とは言わないよ。 

 それを自覚している節が、実はもうすでに自分の中にあるんだ。


 怒りを超えた先で脳裏を焼いていた、黒く沈み込むような過去の記憶。


 それは転生前から連綿れんめんと続く、不条理への反逆と重なって辿り着いた境地。


 激しい感情の起伏を経たことで、僕自身が蓋をしていて思い出せなかった、転生前のすべての記憶を思い出してしまったんだ。


「ああ」


 覚醒スキルを発動するための真のトリガーは、実はそこにあった。


 今の僕はもう、それをいつでも引くことができる状態にある。

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