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第36話 公爵家に生まれた者の意地と矜持

「はぁ……ふぅ……」


 イグナトフに鉄拳を叩き込んだメアの息が上がっている。膝に手をつき、リングの端で仰向けに倒れる敵の反撃を警戒しながら。


「……」


 ヤツはまだ気を失っていない。想定外の一撃でショック状態なのか。空を見据えたまま、無言のまま大の字に寝転んで動かない。


「イグナトフ。まだ戦意はあるか?」


 戦闘継続が可能かを見極めるため、立会人が声をかける。


「ええ。いや私ね、実は女性に殴られたのは人生で初めての経験なんですよ。ちょっと感傷に浸っているだけなので、お気になさらず」


 気持ちの悪い感想で返しているイグナトフはまだまだ余裕があるようだ。


 メアにはここで一気に畳みかけてほしいところなのだが。


 彼女のあの疲労感……

 まだ決闘は始まったばかりだというのに、すでにえらく消耗している感じがする。


 僕の見立てが正しければ、メアのあの戦い方がおそらく、デュネイから学んだ基本戦闘術とやらなのだろう。


 なにも特別に難しい戦術ではなんだ。ただ【自動回復オートヒール】というヒーラー固有の高位魔法を自身に施して、敵へツッコんだだけというシンプルな戦い方を彼女は実践しただけだった。


 メアが13歳という若さでそれを扱えたという事実は一旦横に置く。もう今さら、僕がその程度の原作改変に驚いたりはしない。考えられないと思ったのはその【自動回復オートヒール】によって発動していた回復魔法の中身に関することだ。


 ダメージ量に応じてその性能を変えていたんだ。魔法弾ショットを連弾で受けていた時と集約して放たれた時。常に自分が万全の状態に戻るよう、まるでヒールが勝手に判断しているかのように発動していた。


 しかも、一瞬で。


 傍目には正直、いわゆる無敵の人になったかのようにも見えた。特に集約式のほうの魔法弾ショットすらも簡単に自動の【過回復オーバーヒール】で瞬間回復したのには本当に驚いた。


 アレ、たぶん肉体の多くの部分が一回蒸発してたと思う。それを無理矢理もとに戻すとか。もはや回復の域すら超えている。


「いやまさか、あの魔法弾ショットを一瞬で回復されるなんて夢にも思いませんでしたよ」


 などと考えている間に、イグナトフがついに起き上がってしまった。


 その間、メアは追撃ができなかった。というより彼女、顔色がめちゃくちゃ悪い。息もまだ整っていない。胸を押さえ、明らかに苦しそうな表情が見てとれる。


「そりゃこの短時間で過回復オーバーヒールを2回も使えば、ねぇ」


 当然と言えば当然だが、イグナトフもメアの戦術には気が付いていた。そしておそらく、そのリスクやデメリットについても理解してしまったのだろう。


 このグランドテイルズの世界では魔法の使用回数に制限がない。本人の精神力と集中力が続く限り、習得した魔法は何度でも使える。


「はぁ……はぁ……」


 だが今のメアを見ての通りだ。高位の魔法であればあるほど、また連発すればするほどその消耗は激しくなり、体力疲労と脳疲労が重なって自身に襲い掛かる。


 ゲームではそれがゲージで管理されていた。魔力量が多い者ほどその幅が広くなり、ゲージの回復速度も速くなり、疲れにくくなる。以前、デュネイとの魔力鑑定の時に話していた内容がまさにこれだ。


 ゲージの大きさが魔力の器。器に満たされた魔力の量が魔力量。人によっては魔素量と呼ぶ者も少なからずいるが。


 ちなみに【自動回復オートヒール】も【過回復オーバーヒール】も、1回の使用で消費する魔力量、ゲージの減少幅は莫大ばくだいだ。


 要するに、メアの今の状態は……


「所詮は13歳の子供。いくら回復の才能に優れた貴女様とはいえ、すでに限界が近いのでしょう」


 イグナトフの言ったとおりだ。


 メアは今、ゲージの回復量と魔法の使用頻度(ひんど)が相対的に釣り合っていない状態におちいりつつある。もともと危険な賭けではあったが、このまま戦い続ければそのリスクはさらに高まる可能性が非常に高いだろう。


 まだ戦いは始まったばかりだけど、さっきの一連の戦闘である程度は敵のギミックが見えた。


 メアは十分に仕事を果たした。よくやってくれたよ、ホント。


 あとは、僕が引き受けよう。


「メア」


「はぁ……ふぅ…‥な、なに? アーク」


「降参しろ。もう下がれ」


 ルール上、僕がこの決闘の敗北を告げても意味がないことはさっき知った。メアが自発的に負けを認めなければ、この戦いは終わらない。


「イヤよ」


 メアからまさかの答えが返って来た。

 今の自分が置かれている状況、わかっていないのか?


「これは命令だ。下がれ」


「なんで私がアナタに命令されなきゃいけないのよ」


 メアのことが心配だから言っているんだよ!


「いいから下がれ! 死にたいのか!」


「イヤだって、言ってるでしょうがっ!」


 な、なんだよいったい!


「おやおや。夫婦げんかは犬も食べませんよ」


 ニヤニヤしながら余裕のあおりを入れてくるイグナトフ。さっきカナデがしゃべれなくされた時のこと、メアは覚えてないのかよ。


 さっさと敗北宣言しなきゃ、また同じことをされてしまう!


「アークはわかってないよ。イグナトフはまだ、実力の半分も出してない」


「そ、そんなことは当然理解して……」


「彼の本懐ほんかいは騎士。魔法はただの遊びなのよ。剣技の真髄しんずいを暴かなきゃ、私がここに立っている意味がない」


 さっきから驚きの連続だ。

 僕はどうやら大きな勘違いをしていたらしい。


 メアはもう、ただのおてんば娘ではなかった。いつの間にか、僕がその実力を計りしれないくらいに成長していた。


 言い換えれば、いま僕が最も頼りにできる優秀な人材は彼女なのかもしれない。


 だがそれでも、この先の戦いを継続するか否かはまた別の話だ。


 どう前向きに捉えたとしても、この決闘を継続すれば自滅的選択をするという事実はくつがえせない。そのくらい、メアとイグナトフとの実力差は明白だ。


「メア様に剣なんて使いませんよ。思い上がりもはなはだしい……」


 そうイグナトフが言いかけて、言葉が途切れる。なにか自身の身体に違和感を感じている仕草が見てとれる。


「思い上がっているのは、アナタのほうよ」


「なんだ……これは……」


 イグナトフの表情がみるみる曇り始める。

 両掌を見つめ、ワナワナと震え始める。


「私を、ただの回復バカ女とあなどったのが運の尽き」


「魔力が、減衰げんすいしているだと? 貴様……私を殴った時、いったいなにをしたぁ!」


「さぁ。なにかしらね」


 呼吸の乱れが落ち着き、メアが再び戦闘態勢に入る。もちろんまだ魔力は戻りきっていないだろうが、身体を動かせるくらいには状態がよくなってしまったようだ。


 メアがなにをイグナトフに仕掛けたのかはわからない。だがその効果でどう状況が好転していたとしても、危険が音もなく過ぎ去っていったという事実は万に一つもない。


「メア!」


「ごめん、アーク。私にも公爵家に生まれた者の意地と矜持きょうじがあるの。彼やサリエルのような不穏因子ふおんいんしをのさばらせてしまった責任が、私や私の家にはある。もう少しだけ、やらせてほしい」



 メアリーベル・アシュ・クリストフ 対 イグナトフ・バートレイ。


 死闘は、第二ラウンドへ突入する。

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