第35話 魔女直伝の戦闘術
~アーク視点へ戻る~
完全に不本意だった
メアを戦場のリングに上げてしまったのは、僕の迷いが原因だ。
「それでは、始めてくれ」
立会人の力ない号令とともに、戦いの火蓋は再び切って落とされてしまった。
この戦いが始まってしまった以上、僕も覚悟を決めなければいけない。
見届けなければならない。
そして、必ず掴む必要がある。
メアの命を天秤に賭けた、この囮作戦を成功させるために。
「聞きたいことが、山ほどあるんだけど?」
カナデvsザビ戦と同様、すでに決闘は始まっているのにどちらもその場から動こうとしない。
互いに視線を合わせるだけの中、まずはメアが問いかけた。
「私は特に話したいことはありませんけどね」
イグナトフは応じない。
首を左右に軽く振り、両手を広げてため息を付く。
フワッとしたことをいくら聞いてもあまり意味はないだろう。
なぜここにいる? なぜ聖騎士団を辞めた?
こういった質問では、はぐらかされるかウソをつかれるのがオチ。
敵の真意を知りたいのであれば、その態度になんらかの変化をもたらす、クリティカルな言葉を投げる必要がある。
メアにそれができるか?
「そうね。それじゃあ質問を絞らせてもらうわ」
「くどいですよ、メア様。なにを聞かれたとしても、私は答えるつもりなど……」
「《《サリエル》》は、いったいなにを企んでいるの?」
イグナトフの回答へ被せるように、メアがまさかの問いを投げた。
そして僕は見逃さなかった。
ほんの一瞬ではあったが、イグナトフの眉がピクリと上下に微動したのを。
「……」
「狙いはアーク? それとも私の実家?」
「……」
「アナタ、聖騎士団は本当に辞めたのかもしれないけど、サリエルとはまだ繋がっているんじゃないの?」
素直に驚いた。
メアのヤツ、いつの間にそんな核心的なことを調べ上げていたんだ?
僕がミルちゃんやアス姉に聞いてもまったくわからなかったことを、自身の調査能力だけで真意に近づいていたというのか。
たしかに、彼女にとってサリエルやイグナトフは近い存在ではあったから、そういう意味で僕らよりも色々と見てきているモノも多いのだろうけど。
「不思議なことを聞くのですね、メア様。この場でそれを問う意味が?」
イグナトフは余裕の態度を崩していないように見えるが、アレは明らかに動揺しているのがわかる。問う意味はあるだろう。
答えないと言いながら、質問を質問で返している。この話題をはぐらかそうとしたい魂胆が見え見えだ。
「さぁね。でももう私、今の貴方の雰囲気で全部わかっちゃったから。それ以上しゃべらなくていいわよ、イグナトフ。さようなら」
そう言って、メアが軽く腰を落として戦闘態勢に入った。
このやり取りは非常に上手い。
あえて深いところまで踏み入らず、途中で話題をこちらから切って含みを持たせた。
狙ってやっているようには見えないが、これは相当に効いたはずだ。
「やはり、私の懸念は正しかったようですね」
「……」
「メアリーベル・アシュ・クリストフ。貴女のその直観力は相当に危険だ。ずっと近くで見てきた私が言うのですから間違いない。サリエル様の悲願を成就するためです。白豚もろとも、今日ここで貴女も一緒に処分します」
来るぞ、メア。
イグナトフから魔力の揺らぎは感じとれないが、あの雰囲気はカナデを嬲った連弾式の魔法弾を放つときのそれと同じだ。
そう、ここが最も重要なんだ。
イグナトフの魔法攻撃は基本、なぜか《《目に映らない》》。そのギミックを見破らない限り、僕らの勝機は極めて薄い。
カナデ戦の時から色々と僕の方でも試してはいるんだけど、未だ答えには辿り着けていない。とにかく冷静に見なくてはいけない。
あの時は怒りで我を忘れそうになったから、見ていたようで実はまったく見えていなかったかのかもしれないし。
それと……
疑惑のサリエルについて、イグナトフは重要なワードを残してしまった。
ミルちゃんの推察は当たっていたようだ。
具体的になにを企んでいるのかまではわからない。ただ、警戒レベルが飛躍的に上がったことだけは確かだ。
「いくわよっ!」
えっ?
ちょっ! おい、メア!
なに直線的に真っすぐ突っ込んでんだよっ!
あれだけ戦略的な会話をした後なのに、なんで戦い方は猪突猛進なんだ!
魔法弾の的にしてくれっていっているようなモノじゃないか!
「やはり、戦闘面はまだまだ素人だったようですね!」
くっ! いやとにかく、目を凝らせ!
少なくともヤツが仕掛けていることは間違いないんだ!
イグナトフの攻撃ギミックを白日の下に晒して……
……えっ?
「なにっ!?」
「うおおおおお!!」
いや待て。
アレ絶対、当たってるよね?
被弾の音《《だけ》》は聞こえる。
しかし、メアが防御結界を展開している様子はない。
確実にもらっている。イグナトフが放つ魔法弾の威力は十二分で、メアの魔法防御力を考えたら、1発でもかなりのダメージなハズなのに……
彼女の推進力は止まらない。
むしろより加速し、目標との間合いをグイグイ詰める!
メアの勢いに怯んだのか、思わず側方へ回避行動をとるイグナトフ。だが魔法弾の手数は減っていない。むしろさらに増えている!
「待ちなさいっ!」
全弾被弾しているにも関わらず、メアの突進は止まらない。敵の回避方向に進路を変え、再び一直線に全力で走り出す!
「くっ! 公爵令嬢の分際で、泥臭い戦い方を……」
ラチが明かないと察したのか、毒づくイグナトフが攻撃手段を変えた。態勢を整え直し、右腕を掲げ、今度は《《目に映る》》本気の魔力を練りだした。
拡散的に放っていた魔法弾をひとつに集約しているんだ。
イグナトフの掌に煌々《こうこう》と輝く一点集中されたあのとんでもない魔力量。あんなモノ、当たったらさすがの僕でも確実に蒸発してあの世逝きだ。
だが目に見える分、軌道は予測できる。
絶対に避けろよ、メア。
アレは当たったら間違いなく死ぬ。
「(もう少し楽しみたかったのですが、しょうがないですね。この魔法弾なら問題なく消せるでしょう。ただ、避けられたら意味がない……)」
ボソッとつぶやいたイグナトフの意味深な一言が僕の耳に届く。
そして……
「(まだ距離はある。やはりもう“ひと手間”加えておきましょうか)」
な、なんだとっ!?
あれほど練りに練り上げた魔力の塊が一瞬で消え……
いや、違う!
アレは消失したんじゃない。《《転移》》させたんだ!
そうか、そういうことか。イグナトフ!
ようやく視えたよ。貴様の手品のタネが!
「はあああああ!」
だが、今さらそれに気がついてももう遅かった!
メアはすでに攻撃態勢に入っていて前しか見えていない。
イグナトフの手元から魔力反応が消失していることにも、まだ気が付いていない!
《《次元の壁を越えて》》死角から放たれる、破壊的な魔法弾を回避する手立てが、メアにはもうない!
ヤバい!!
「メアーー!!」
僕の必死の叫びも虚しく、直撃だった。
メアの背後に突如発生した、宇宙のような渦から放たれた魔法弾。
もはやアレは、ビーム兵器に匹敵する威力だったのだろう。
彼女の肉体は粒子となって宙を漂い、魂は天へと召されて尊い存在に……
「うおおおおお!!」
……なってはいなかった。
「そ、そんなバカなッ!?」
「くらえぇぇぇぇ!!」
メアはまるで何事もなかったようにイグナトフとの間合いを詰め、侵略し、加速の勢いに乗った渾身の右ストレートを、その顔面にめり込ませていた。




