第34話 公爵令嬢の名において【メア視点】
~メア視点~
幼き日にアークと初めて出会ったその瞬間から、私は彼のことが大好きになった。
理由? そんなのわからないよ。
人を好きになるのに理由なんてないって、お母様言ってたし。
だから、あれはただの運命だったのよ。
私とアークはお互いが5歳の時、とある貴族の会合だったけど、出会うべくして出会っただけなんだって、今でもときどき思うようにしているんだ。
家同士の距離もすごく近かったし。
それから私たちは、よく一緒に遊ぶようになった。
◇
でもいつも、私の世話役でクリストフ家の聖騎士団長でもあるサリエルが、アークとは話すな遊ぶなと文句ばかり言って来た。私に悪い影響しか与えない男だから、近づいちゃいけないんだって。
お父様も一緒になってそんなこと言ってたな。ただ、お母様だけはお友達は大事にしなさいって言ってくれたけど。
アークの人を見下したような態度がよくないっていうのは、私もわかってはいるつもり。しかもいつも食べてばっかりでほとんど動かないから、まだ私たち7歳だっていうのに、身体だけはすっごく大きくなっちゃてたしね。
あれじゃ皆に嫌われるのもしょうがないよ。人によっては「白豚」なんてひどい言われているのも知ってたし。
私もいままで散々、その態度は良くないよって注意してきたけど、アークは聞く耳なんてぜんぜん持ってくれなかったんだよね。
でも、みんな知らないだけなんだ。
アークってああ見えて、実はすっごく優しいんだよ。
この前、ウチで慣例のパーティーがあったんだけどね。そこにアークも来ていたんだけど、あれだけ大食いの彼がいきなり「食え」とか言って、細切れになったニンジンとかピーマンとかを私にくれたんだ。優しいよね。
あとね、たまたま先日、暗くて狭い通路を一緒に歩く機会があったんだけど、「レディーファーストだ」とかなんとか言って前を歩かせてくれたんだよ。そういうとこ、ホント紳士なんだよね。
他にも数えきれないくらいの魅力がたくさん彼にはあるんだけど。まぁ結局のところ、私はアークと一緒にいられれば別になんでもよかったんだよね。それだけで何故か私の心はいつも、満たされて晴れやかな気分になれたから。
恋? ううん、その時はたぶん違っていたと思う。ただ一緒に居て楽しかった。その程度の感情だったんだよ。きっと。
放っておけないってのもあったのかな。
アークは多くの人たちから邪険にされていたから。だからせめて、私くらい一緒にいてあげなくちゃかわいそうだって気持ちも、どこかしらにあったのかもしれない。
◇
どういう風の吹き回しだったのか、アークが突然、エニグマダンジョンへ行くという話をどこかから聞いて、私は居ても立ってもいられなくなった。
あれほど怠け者だった彼が、なんで急にダンジョンなんかに……。
10歳になった彼の体型は、ぽっちゃりなんてレベルをはるかに超えていた。顔も体もまんまる。外出もほとんどしないから肌もより白くなっていた。
極悪怠惰な白豚貴族――
巷でも彼の悪評はよく聞くようになっていた。でも、そうなってもおかしくないほどに、あの頃の彼の生活態度は本当によくなかったと今でも思っている。
アークを追ってエニグマダンジョンへ行く道すがら、私は彼に会い、そしてその雰囲気の変化をすぐに感じ取った。
なんていうか……
なぜだか急に大人びた印象を持った。話し方や態度なんかはいつもどおりだったけど、なんとなくそんな気がしたんだ。
蜂の魔物から私を守ってくれた後、アークは私のことを真剣に見つめて気を付けろと言った。あの時が初めてだったかもしれない。本当の意味で、私が彼の眼差しをまともに受け入れたのは。
雷に打たれたような感覚だった。それまでの人生で一度も経験したことのなかった感情。胸が高鳴り、顔が熱くなった。同時に、お母様の言っていたある言葉を思い出した。
「恋って、そういうものよ」
私、メアリーベル・アシュ・クリストフが初めて、アーク・ヴィ・シュテリンガーをひとりの男の子として認識した瞬間だった。ただ、そうは言ってもそこはやっぱりアーク。ダンジョンへ到着してからの仕打ちはまぁまぁひどかった。
茶色のフェアラットを倒すのに、私を囮として走り回らせるだけ走り回らせて、結局最後は自分がおいしいところだけ持っていった。中身は全然変わってなくて、逆に少し安心した気もした。他の誰でもない。いつものアークだった。
でもね……
やっぱり毎日ダンジョンで鍛錬をするっていうのを最初に聞いた時は、いいことだと思うと同時に少し寂しくもあったんだ。
なんだか彼が、急に私の元を離れて遠くへ行っちゃうような気がしていて。
アークって痩せたら絶対かっこいいと思うんだよね。目力とかすごい凛々しいしさ、肌とかもめちゃくちゃ綺麗だし。痩せたらきっとモテるんだろうなぁとか考えると、胸がとってもざわついてしまったのを覚えている。
嫌われぽっちゃりアークのままだったら、私だけが彼の唯一の理解者として、ずっとそばにいられるかもしれないと一瞬、思ったりもした。
本当に大切な人ほど他人に渡る可能性を少しでも減らしたい。そう考える私は、自分に自信のない、ただの浅ましい女子のひとりだったんじゃないかと、今でもたまに思ったりもする。
◇
そのあとも色々なことがあった。
基本的にはいい思い出しかない。そういう意味では、私はとても幸せな人生を歩ませてもらっていると思う。
ただ唯一、忘れ去りたい最悪の記憶がひとつある。バンビーノとかいう悪魔に私の貞操が奪われそうになった時のことだ。
その時の記憶だけは心底消し去りたいと今でも願ってやまない。まぁ、無意識に呼び覚まさないようそのことはいつも考えないようにはしているんだけど。
もちろん、アークに助けてもらってことは忘れるつもりはないよ。あの時の恩はいずれ必ず返したいと今でも常々心に誓っている。
そのあと10日間くらい辛くて、しばらく自室で塞ぎ込んでいたこともそうだ。意外かもしれないけど、この時の記憶も私にとっては結構いい思い出なんだ。
悪夢の日からしばらくの間、毎日私の自室へ食事を運び、励まし続けてくれていた優しい騎士がひとりいる。その人はウチの聖騎士団テンペストで副騎士団長を務める人物で、名をイグナトフ・バートレイという。
騎士団長サリエルの命令で仕方なくとか言っていたけど、あの時の彼が私の話を嬉しそうに聞いてくれたことが、確実に私の心を救ってくれたんだ。
「メア様のお話はとてもユニークで面白いですね。もっと聞かせてください」
イグナトフはアークのことをもっとよく知りたいと言ってくれたの。私がアークの話をするとき、私の感情がジェットコースターのようになって楽しいからだって、冗談めかしていたけれど。
それを話すことで、私の心は徐々に落ち着きを取り戻し、思いのほか短い期間で普通の生活が送れるようになったんだから感謝している。それまで接点はあまりなかったけれど、そんなことがあってからはイグナトフとも時折話をするようになった。
まぁ、ほとんどはアークの愚痴を聞いてもらっていただけなんだけどね。悪名高い彼の話なんて誰も聞きたがらなかったから、私としてはそれだけでなんとなく嬉しかったりしたし。
たまに勉強や魔法の鍛錬なんかも付き合ってくれたりしたりなんかして。いつもなんだかんだ優しく付き合ってくれてた。1人っ子だった私は、いつしかイグナトフを兄のように慕うようになっていた。
あの人がいなかったら、今の私はなかったかもしれないし。時々、意味の分からない不思議なことをつぶやく人でちょっと怖いと思ったことはあるけども。
まぁ、そんな小さなことは気にしない主義なんで、私。とにかくいてくれてよかったと、今でも尊敬の念は抱いている。
そんなこんなありながら、慌ただしくも年月は過ぎ……
3年後の今、私はアークと一緒に王立魔法学園グリンガムへ入学し、鬼畜なダンジョンで強制修行をさせられる日々を送っていた。
◇
まさか自分がその【シャンバラヤ】とやらに出なきゃいけないなんて夢にも思っていなかった。昔から突拍子もないことをいきなり言うアークの性分は知ってたけど、さすがにそれはあんまりだと思った。
だって私、治癒科なんだよ? ヒーラーの卵だよ? 1:1の決闘に出ろなんて、お門違いも甚だしいよね。
集団戦の回復役だってんなら喜んで参加したけどさ。直接戦闘は私の役回りじゃないと思うんだよね。
それでも私を駆り立てたのは、アークのクラスメイトの1人、カナデ・アオイがその決闘にアークと一緒に参加すると言っていたからに他ならない。
彼女からは、これまでアークを取り巻いていた年上のお姉さん達とはまた違った危機感を感じていた。同級生で同じ総合科。しかもちょっと古風で綺麗で可愛い女子。
暗めの性格だけど芯は強そうな感じだったし、たぶんアレ、アークが直球で好きなタイプの女性だと思ってるんだよね。勘だけど。
聞いた話だと、剣の腕前も鬼みたいに強いって言うしさ。私が勝てる要素、全然見当たらないじゃない。せいぜいが幼馴染だってことくらいなものだ。
最近、ガストラダンジョンの入口付近で魔物をたくさん倒して、少しずつ強くなっている実感は確かにあるんだけど。それでもまだ、アークやあの東方鬼女には到底及ばないくらいの実力しかまだない。
ただそうは言っても、黙って二人で過ごす時間を増やされることだけは看過できない。アークの隣に、常にいるべき女は私一人で十分なんだからねっ!
3年前の私の予感は的中したのよ。
アークは痩せたら絶対カッコよくなるって言ってた、アレ。
まだ学園内ではアークが魔女の秘法でイケメン化してるって悪評があるから、他の女子たちはたぶん近づいて来ないかもしれないけど、それでも早めに手を打っとかなきゃマズいと思うんだよね。
少なくともカナデちゃんはもう、それがデマだってことはわかってるみたいだし。とにかく、あの二人をこれ以上近づけちゃいけない。私が、色ボケした悪女どもからアークの貞操を必ず守るんだ。それは絶対に死守しなくちゃいけない。
ああ、それと。
アークから見張るように言われていたメルトくん。
とってもいい人そうなんだよね。すでにクラスの人たちから相当好かれてるみたいだし。アークとは正反対な感じ。まぁ、私もあの八方美人な感じは好きになれないから、こっちからあえて近づこうとは考えていないけどね。
おっと、もうこんな時間か。
早くアークの家に行って鍛錬の準備しないと、またデュネイに怒られちゃうな。
こないだなんてね、1分遅刻しただけで瞬間冷凍されちゃったのよ。あー怖い怖い。すごく腹立たしいエロBBAではあるんだけど、実力だけはワケわかんないくらいの化物だからね。
言う事はちゃんと聞いておかないと命がいくつあっても足りないよ。
あの魔女にいま習っているヒーラーの基本戦闘術は目から鱗だった。
そういう使い方もあるんだってちょっと感動した。この戦い方ならたとえ勝てない相手だったとしても爪痕くらいは残せる。素直にそう思った。
決闘の性質上戦わないに越したことはないんだけど。でも少しでも、アークの役に立てるのであれば。いつだって戦いのリングに上がる覚悟はとっくに出来ている。
◇
――そして今、皮肉なことについにその時を迎えてしまった。
「イグナトフ……」
「手加減はしませんよ、メア様。僕はね、あなたのことが昔から、虫唾が走るほど大嫌いなんですよ」
私は嫌いじゃなかった。むしろ好意すらあった。貴方と一緒に過ごしたあの時間。今でも私にとってはかけがえのない宝物よ。
その記憶はたしかだ。
その思いに嘘はない。
だけど!
「クリストフ家が長子、公爵令嬢メアリーベル・アシュ・クリストフの名において……」
私の恋のライバルをめちゃくちゃにした非道。そして、アークの心を弄び、怒りを生んだその蛮行。
たとえ貴方が、今でも私の心の兄妹であったとしても!
その罪を、私は絶対に許すことができないっ!
「咎人、イグナトフ・バートレイ! 貴方はここで私が必ず、裁くッ!」




