第33話 最強ヒーラー、覚悟を決める
「それではこれより、カナデ・アオイとイグナトフ・バートレイの決闘を開始する」
リングの中央に立つ立会人フランベルクの合図とともに、再び沸き上がる決闘場内。対峙するのは重傷した腹を抑えながらなんとか立っているカナデと万全のイグナトフ。
【シャンバラヤ】のルールでは、決闘の火蓋が切られたあとならば白旗を挙げることは可能だそうだ。その場合、大きな声で「降参」あるいは「参った」と言えば宣言者の敗北と見なされ、勝負は終わる。
開始と同時に宣言すればいい。今のカナデはとても戦える状態ではない。ザビ戦のあと特に彼女と話をしたワケではないが、さすがに本人もわかっているはず。
「うぅ……おなか、いたい……」
「顔色が優れないようですね。手当して差し上げましょうか?」
邪気のないキラキラした笑顔をカナデに向けながら、軽く手を宙に差し伸べるイグナトフ。パッと見だけだと、ただの親切な優男だ。とても騎士団のナンバー2をしていた男には見えない。
イグナトフが強敵かどうかは現時点で判断ができない。
原作的には、ヤツがクリストフ家の聖騎士団【テンペスト】の副騎士団長であったということしか僕は知らない。シナリオにはほとんど関わらないキャラだったからね。言ってみればモブ的な立ち位置のハズなんだけど。
だが僕とメアは、その気配を感じることなく完全に背後を取られていた。この事実だけでも、強敵かどうかはさておき、ヤツがタダ者でないことは確かだ。
とにかくカナデにはすぐにリングを降りてもらう必要がある。
「メアちゃんに治してもらうから、いい。私、フワッとした男を見ると、虫唾が走るの……」
「あらら。それは残念」
今度は困ったような、相手を小馬鹿にしたような態度と表情を見せるイグナトフ。行動がイチイチ下手な演出っぽくて癪に触るヤツだ。
「メア。些細なことでもいい。ヤツに関する情報を出せ」
「えっ!? あ、うん……」
次に戦うのは僕だ。事前に敵のことは少しでも知っておいたほうが身のためだ。
メアならよくわかっているハズだ。彼女にとってイグナトフは、これまでとても身近な存在だったのだから。
もちろん、そんな人間がいきなり敵として目の前に現れたことで、心身が動揺していることは認める。メアの態度が先ほどから少しおかしいのはそのためだろう。
だがここでこういう形で対敵してしまった以上、相手が誰であれ勝ちにこだわってもらわなければ困る。メアに戦えなんて言わないから、せめて情報だけは出してほしい。
「いやでも、なにから話せば……」
「なんでも構わん。とにかく早くヤツに関する情報を…‥」
などと問答しているうちに、立会人の合図でカナデとイグナトフの決闘が開始してしまった。この戦いはすぐに終わるから、もう時間がない。
不確定要素は少しでも解消したかったが、しょうがない。
敵の事を知るのはもう諦めよう。
今は、自分に集中して少しでも勝率を……
えっ?
「紳士の申し出は、素直に受け取っておいたほうがいいですよ。お嬢さん」
「かは……は……」
イグナトフが特になにか行動を起こしたワケでもないのに、何故かいきなりカナデが両手で喉を抑え始め、片膝を付いて苦しみ始めた!
なにが起きた!?
「回復は私の好意で言ってあげたのに。とても残念です。お仕置きが必要ですね」
「は……あ……」
どういうことだ。まさか、カナデの喉が潰された? どうやった? いったいなにをしたんだ、イグナトフ!
「立会人! この勝負、カナデの負けだ! いますぐ決闘をやめさせろ!」
もはや嫌な予感しかなかった俺の思考は、無意識にこの戦いを止めるための行動をとった。ダメだ。これ以上は……
「却下だ。本人の敗北宣言がない以上、その判断は私が下す」
アリストの犬が!
そんなところだけ、規律規範を守る生徒会長の威厳を保つなよ!
くっ! もはや強制的にでも止めるべきか?
「そんな怖い顔しなくても大丈夫だよ、白豚アークくん。命までは取らないからさ」
僕の殺気に気が付いたのか、イグナトフは視線を僕に預けてくる。漆黒の大きな瞳。顔は笑っている。だが目はまるで笑っていない。
お仕置きってなにをするつもりだ?
まさか幼気な13歳の少女を嬲るつもりなのか? もう戦う気力も体力も残っていない、満身創痍な女の子を相手に……。
アレは悪だ。それも純粋悪。
人間の皮を被った悍ましいナニか、
自分がどれだけ鬼畜であるかをまったく理解していない者の雰囲気。サイコパス。異常者。すべては自身の欲を満たすためのパーツにすぎないのか。
危険すぎる。
有無は言っていられない!
この戦い、介入しなければ取り返しのつかないことになる!
「アーク、ここは耐えて……」
「メア!」
「大丈夫。たとえどんなに傷つけられたとしても、カナデちゃんは私が必ず治してみせるから……」
命の保証がないと言っても過言じゃないんだぞ! 僕は僕を慕ってくれる仲間たちが死ぬ瞬間なんて、絶対に見たくない!
だけど……
もしかしたら、僕は人生で初めてみたかもしれない。これほどまでに怒りに打ち震える、メアの静かな激情を。
「……わかった。だが命の危険を判断すれば、僕は行く。その時は止めるなよ」
「うん」
確証まではいかなくとも、メアにはこれまでの経験から、イグナトフが命までは奪わない選択をすると判断しているのだろう。
メアとは旧知だ。
その決断をもう少しだけ、僕は信じてみることにした。
◇
立会人がカナデの敗北を告げると同時に、いの一番で僕の隣から走り出したのはメアだった。すでにボロボロで意識のないカナデの元へと駆け寄った。
そしてすぐさま、彼女は自身が持つ回復系の魔力を最大開放した。
「過回復」
カナデの状態は深刻だ。
いつその命の灯が消えてもおかしくないほどに際どい。
【過回復】
あの世へ向かい始めた彷徨う魂を強制的にこの世へ呼び戻す、回復系最高ランクの超高位魔法。原作シナリオなど無関係だ。あの魔法をあの歳で使用すること自体にシナリオ改編のひずみを感じるが、今はそれに助けられているので何も言えない。
アレの自信があったから、メアは最後まで冷静でいられたのだろう。
イグナトフに嬲られ続けるカナデを目の前にして、僕は何度も介入しようとリングに足を掛けた。もうなんならカナデを助けた後、これを喜々として見ていた観客もろともまとめて吹っ飛ばしてやろうとすら思っていた。
だが都度、メアにもう少しと止められた。
カナデは、倒れなかったから。
彼女にはまだ、戦う意思が残っていたからと。
正直、メアにもかなり腹が立っていた。僕の腕を引っ張り続けるメアごと引きづってでも止めに入ろうともしたが、彼女の退学したくないという想いと葛藤し、できなかった。
「大丈夫……。もう、大丈夫だからね……」
「過回復なんて大袈裟ですよ、メア様。そんなに痛めつけたつもりもありませんし」
カナデの回復に専念するメアを、感情のない涼しい笑顔で見下すイグナトフ。
ふざけたことを抜かすな、貴様!
あれだけの魔力を込めた魔法弾を、もう動けないカナデへ立て続けに打ち込み続けていた分際で!
そんなに、だと?
どの口が言っている!
まずはその気持ち悪い薄ら笑いをする顔面と、戯言を吐き散らかす口元から潰してやる! 二度と再生できないほどに刻んでやるから覚悟しとけよッ!
「アーク」
「なんだ」
「カナデちゃん、もう大丈夫だから。リングの外へ、運んであげて……」
メアたちを包んでいた激しい光緑が縮み、カナデは一命をとりとめた。僕はすぐに二人の元へ駆け寄り、カナデを抱き上げる。
「愚物め……」
「アーク」
「なんだッ! 僕は今、激しく怒っている!」
もう感情が抑えられない。まだ勝負が始まる前なのに、イグナトフへすぐにでも強襲してしまいそうな自分が怖い。
少し頭を冷やすため、僕はカナデをリング脇までゆっくりと運んで寝かせた。そんな僕に、ついてきたメアが話の続きを切り出してくる。
「次は、私が戦う」
はぁ?
「馬鹿かお前ッ! カナデの二の舞にでもなりたいのかッ!」
思わず声を荒げてしまう僕。
あの魔力弾の連弾はメアも見ているはずだ。
ノーモーション。しかも視覚的にはなにが起きているのかもわからないほどの速度で、イグナトフはそれを放っていた。
僕の見立てでは、ヤツはザビなんか比較にならないほどに強い。メアが戦って、勝てる見込みは万にひとつもない。
正直、この僕ですら危ういと思っている。
「……冷静になりなさい、アーク・ヴィ・シュテリンガー。今の貴方でも、あの男に勝つのは至難の業だと、自分でもわかっているはずよ」
えっ?
なんか急にメアの温度感が変わったんですが。
二人だけにしか聞こえないほどの小声で僕を諭してくる。
「そ、それは……」
メアの態度の変化に、思わず狼狽えてしまう僕。
「私の大好きなアークは、常に落ち着いて物事を判断できる、とても優秀な男」
しかもそれとなく告白されてますし。
なんなんだよ、もう!
「そんなこと、今はどうでも……」
とにかく、キミが戦うなんて僕は承服できない!
「よく聞いて、アーク。私が次の戦いで、貴方が勝利するための布石になる。よく観察して、勝ち筋を掴んでほしいの」
「なに?」
「耐えるのは私の仕事よ。そのくらいのことができなくちゃ、貴方の隣に立つ資格なんてないもんね」
そんなワケないだろう!
メアはいつだって、どんなことがあったって僕の隣に……
「作戦会議はもう終わりましたか? 仲良しこよしのお二人さん」
煽ってくるイグナトフ。
いちいち癪に触る、腹の立つ男だ!
「ええ。待たせたわね、イグナトフ」
「やはり貴女が出て来ると思っていましたよ、メア様」
待てっ、メア!
「もう、心配性なんだから。大丈夫だって!」
「しかし……」
「アークはカナデちゃんの傍にいてあげて。そして絶対、私の戦いの中から必勝の勝ち筋を見つけなさいよっ!」
「メア!」
シャンバラヤ施行規則、第23条。
一度リングに上がった者は、必ずその戦いに興じる義務がある。




