第25話 公爵令嬢と天帝の魔女
生徒会室での一件を終え、それぞれ予定があるということでメルトとはそこで解散した。
まだそれほど遅い時間ではなかったということもあり、あれからカナデとも別れ、僕はメアと一緒に毎日の基本ルーティンであるガストラダンジョンの地上1階へ来ている。
「うーん……」
「きゃああああ」
「カナデは確定だとして、あと1人は誰がいいか……」
「いやあああああ」
叫び声を上げながら、楽しそうにゴブリンやスライムの強化種から逃げ惑うメア。
まだここへは数日しか来ていない。だが意外にも、メアはわーきゃー言いながらも敵の攻撃をうまく避け、
「うおおりゃああ!」
こんな感じで、隙を見て態勢を切り返しながら、一匹ずつ順調に敵を殴り倒せるようになってきている。
もちろん見ていて物凄く危なっかしいんだけど、そもそもここは入口付近とは言え、S級ダンジョンだ。
13歳の女の子がそこそこやれている時点で割と凄いコトではある。
「その調子だ。続けろ」
「もぅ! スライムのネバネバ体液、いっぱい付いちゃったんだけどぉ! この服、結構気に入ってたのになぁ」
「……」
ダンジョンへ周回しに来てるんだから、戦闘用の服くらい持参して来い、と一応は最初に言った。
だが、メアはお気に入りの服を着ないと戦いのテンションが上がらないという謎の思考回路だということが判明したので、あえてそれ以上ツッコむことはしなかった。
汚れて落ち込んでいたら意味がないと思うんだけど。
女の子ってよくわからない。
「回復+」
ノーモーションで自己回復を図るメア。
緑の淡い光が自身を包んでいる。
いくら敵に対応できているからと言って、さすがに無傷ってワケにはいかない。ある程度ダメージは負っているのだが、そこは回復魔法の才能を持つメア。
サクッと自分で自分を治しながら、
「ま、服は洗濯すればいいだけだし別にいいかっ! よし、この調子で次も頑張っちゃうぞー!」
などと案外楽しみながら、ここでの鍛錬ライフを満喫している様子だ。
「(メアが武闘派ヒーラーだってのは原作知識でわかっていた。ここで周回すればかなりの戦力になることも想定していた。だけど……)」
とてもではないが、僕やカナデにはまだ到底及ばない。
決闘の方式が3人同時に戦うチーム戦だったら確実に重宝した。集団戦闘において回復役はマストだからね。メアは必ず必要なピースになる。
だが今回は勝ち抜き方式だ。
チーム戦とは言え、あくまで1:1。
タイマンでの実力が高い参加者を選ばなければいけない。
学園に限定されなければ候補者は多いのだが、学園に限定されるとなるとその対象者はかなり限られる。というより、ほぼいない。
カナデとメア。
あとスネイプは脅せばイケるか。
そのくらいしか思い当たる節がない。
ああいや、実はもうひとりいる。
いるにはいるのだが……
「(一瞬、脳裏をよぎりはした。でもさすがにリスクが高すぎる)」
メルトだ。彼は今のところ僕たちに好意的な側面がある。生徒会室前での別れ際、誘うかどうか一瞬判断に迷ったが、結局声はかけられなかった。
なんせ原作的に彼は、僕の破滅フラグを実行する主犯の人物だからね。
いくらシナリオが改変傾向にあるとはいえ、いきなり仲間にしてともに戦うなんて、僕にはまったく思い描けなかった。
突然裏切って後ろから撃たれるなんてことも全然ありえる話。
そんな状況ではとても決闘に集中できない。
すでに相当の強者であることはわかってはいる。だが、それでは本末転倒になってしまう恐れがある。彼を採用することは基本的にはありえない選択肢だろう。
と、なると……
「きゃあああああ」
「……」
メアをこの二週間でシナリオ以上の実力を発揮できるよう、鍛え上げるしかない。ここでの周回が効果的なのはもちろんわかっている。だが、それだけではおそらく間に合わない。
劇薬が必要だ。
僕の知り合いでひとり、それにうってつけの人物がいる。
◇
翌日の放課後――
「イヤよ」
通信魔法【疎通】を使用して呼んだのは、“天帝の魔女”ことデュネイ・アーカイヴだ。
会いたいからすぐに来てくれないかと伝えたら、本当にすぐにやって来た。
「ちょっとアーク! なんで私がこんな色ボケおばさんと一緒に修行しなくちゃいけないのよ!」
シュテリンガー家第二修練場。
僕とデュネイ、そしてメアはいまそこにいる。
メインの修練場はオーベルクとカナデが使っているので、少し狭いが父を説き伏せてここを使わせてもらうことにした。
「口の聞き方に気を付けないと●すわよ、小娘」
「や、やってみなさいよっ!」
メアに眠る才能を劇的に呼び覚ますためには、デュネイに見てもらうのが一番だと僕は考えた。
魔女には回復魔法を女神級に操る技量もあるから適任だろう。
「時間がない。決闘に参戦する以上、ある程度の実力は備えてもらわないと困る」
「っていうか、なんで私がその【シャンバラヤ】ってヤツに出なきゃいけないのよ! 昨日いきなりそんな話されたけど、私は出るなんて一言も……」
「メアしかいないんだ。頼む」
こういう時、相手の目を真剣に見つめて本気度を示すことが、なによりの成果を生むということを、僕は経験上わかっている。
「(トゥンク)も、もう……しょうがないわね……」
まぁ実際、僕の命がかかっていることに違いはないのだから。
本気なことは伝わってほしい。
「で、でも! それと私がこのオバさんと修行するってのは話が違う……」
「デュネイは僕よりはるかに強い。キミの師匠として最適だ」
異論は認めない。
短い時間で実力の底を上げるのに、これ以上の解はないと思う。
「ちょっとナニ勝手に話進めちゃってるのよ。まだ引き受けると決まったワケじゃ……」
「時間単価、金1000枚」
「えっ?」
「夕食は7つ星シェフの超高級フルコースを毎晩用意させよう」
「アークさま、大好きっ!」
僕の師匠をやってもらってた時の3倍以上だ。短期の集中レッスンをお願いしたいからな。この値段設定くらいが適切だろう。
わっ! ちょ!
なんでいきなり抱きつく?
む、胸が……
「ああああっ! なに勝手に抱きついてんのよっ! 離れなさいっ! このヘンタイッ!」
く、苦しい……
「悔しかったら力づくで奪い取ってみなさい。クリストフ家の子猫ちゃん」
「ムキーー!!」
な、なるほどね……。
そうやってメアの直情的な性格を逆手に取り、やる気を出させる戦略だな。
さすがだな、天帝の魔女。
初手から僕が思いつきもしなかった一手を仕掛けてくるとは恐れ入った。
ただ、苦しい……
「ぷはっ! そろそろ離れろ、魔女」
「んもう。せっかく久しぶりに会えたんだから、もう少しいいじゃない」
「ダメェェェェ!!」
メアが何故か鬼の形相なので、そろそろ茶番は終わりにしなきゃだな。
「交渉は成立、ということでいいな」
半ば強制的にデュネイとの距離を取りながら、改めて契約の確認をする僕。イエスと答えるならば、僕は次の行動に早く着手したい。
「オーケーよ。ただ、アークもわかってると思うけど、私の修行は結構厳しいわよ?」
そう言われてみて少しだけ、魔女との修行の日々をいくつか思い出してしまった。胃が震え上がるような、苦い記憶の数々が蘇る。
いやいや。
メアはとても我慢強く、強い子だ。
「問題ない。メアは優秀だ」
「そう。それなら遠慮なくやらせてもらうわね」
切れ長の魔女の瞳が怪しく光る。
若干の不安は覚えるが、さすがに命に重大な危険をもたらすようなことは……
……しない、よね?
「エロBBA、許すまじっ!」
まぁ、これだけ気合が入っていれば大丈夫そうだな。
「メアのことはすべてデュネイに任せる。お前はこれから約2週間、学園の授業が終わったら必ずここへ来るように」
「アークも私の修行、付き合ってくれるんだよね?」
それはあとで言おうと思っていたが、先にメアが問うてきたので答えようと思う。
「いいや」
「えっ?」
「僕はソロで、ガストラダンジョンの最下層に行って修行してくる」
「ええええええっ!!」
そうメアが驚くのも無理はない。
彼女やカナデにだけ、鍛錬の日々を強制するつもりはまったくない。僕は僕で、自身のさらなる超常のレベルアップを目指すつもりだ。
ガストラダンジョンはS級で、その最下層は地下25階。
放課後に行って帰って来るだけでも、相当な能力アップが期待できる。
決戦までは残り13日。
全力で攻略に挑もうと考えている。




